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<日本でも人気の韓国人イラストエッセイストのダンシングスネイルさん。その最新刊『今日の心の天気 気持ちをやさしく整える366日の言葉』の魅力を、日本語訳者・生田美保さんに聞いた>

ここ数年、どの書店にも専用コーナーが設置されるほど大人気の韓国発の小説やエッセイだが、特に女性向けのイラストエッセイが大ベストセラーとなっている。

中でも『死にたいけどトッポッキは食べたい』のカバーイラストは、誰もが見かけたことがあるはず。

そのイラストを手がけているのはイラストレーターであり、自らもエッセイストのダンシングスネイルさんだ。

そのダンシングスネイルさんの作品の邦訳を手がける、生田美保さんに最新刊『今日の心の天気 気持ちをやさしく整える366日の言葉』(CCCメディアハウス)と韓国発女性エッセイ流行の背景、そして韓国語と翻訳の魅力について聞く。

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──ダンシングスネイルさんの最新刊『今日の心の天気 気持ちをやさしく整える366日の言葉』について教えてください

まえがきに「一日の始めと終わりにちょこっと息を整えられるように。大切な日々が意味をもって記憶されることを願ってこの本を作りました」というダンシングスネイルさんの言葉があります。

あわただしい毎日のたった数分でもこの本を開いて、自分と向き合う。そんな「二度と来ない今日という日」を「意味ある1日」に変えることができる本です。

1日につき1ページずつ、かわいらしいイラストとメッセージ、自分自身を見つめ直す短い質問で構成されています。実は韓国では卓上日めくりカレンダーとして販売された本です。

──ダンシングスネイルさんの韓国での人気はどんな感じでしょうか?

韓国は超競争社会・超ストレス社会で、みんな生き残りに必死です。そんな中で走り続けて疲れきってしまった人たちが書いたヒーリング本が数年前から、たくさん出版されるようになりました。

「頑張れ!」「あきらめるな!」と尻をたたくのではなく、「今のままで大丈夫」「休んでもいいよ」とそっと手をつないでくれる友だちのような本が増えたわけです。

ダンシングスネイルさんはそういったブームの先駆け的な存在で、新刊が出るたびにベストセラーになっています。

『今日の心の天気 気持ちをやさしく整える366日の言葉』より


──ダンシングスネイルさんの作品の魅力はどんなところでしょうか?

イラストだけでなく、人間関係や人生について私たちがふだん感じているモヤモヤをうまく言語化し、肯定してくれるところです。ちょっとシニカルで、ときどきチクリとトゲのあることを言うところもポイントです。

日本だけでなく、台湾やインドネシア、タイ、フィリピンなどでも次々と翻訳出版されています。どの国でもみんな似たような生きづらさを抱えているのかもしれません。
 
──そもそもダンシングスネイルさんの作品とはどうやって出合ったのですか?
 
『怠けてるのではなく、充電中です。』の試訳を日本の出版社から依頼いただいたのがきっかけです。

『死にたいけどトッポッキは食べたい』でダンシングスネイルさんのイラストは目にしていましたが、単独の作品はこれがはじめてでした。読んですぐにファンになりました。

「大人になり切れていない自分」「誰かと一緒にいても孤独を感じてしまう自分」「何をしてもむなしさを感じてしまう自分」など、カッコつけずに素直な言葉に共感できるところが多く......。

読んでみたら「わたしたち、今日も生きててえらいよね」と、友だち同士で励まし合っているような気分になりました。

──翻訳者に憧れている人は多いと思いますが、そもそもどうやってなるのでしょうか? 生田さんご自身のご経歴も含めて教えてください

2004年にソウルにある法律事務所で現地採用されて翻訳者になりました。主に日本企業が韓国企業と取引をする際の契約書や、取引関係がこじれて紛争になったときに裁判所に提出する文書などを翻訳する仕事です。

韓国に住んで10年目を迎えた頃、「記念になにかしたい」と思いました。当時、会社勤めと並行して韓国の放送通信大学で韓国文学を学んでおり、韓国の小説にはまっていました。

「これを一人だけで楽しむのはもったいない!」と思っていたのもありましたが、日本の人気小説は韓国ですぐに翻訳出版されてベストセラーになるのに、その反対のケースがほとんどないということにも違和感がありました。

そんなときに「新しい韓国の文学シリーズ」を出している日本の出版社クオンに、それまでに私が読んで面白いと思った本の試訳と自己紹介を郵送したのです。持ち込み営業のマナーもよく知らないし、返事は当然ないだろうと思っていました。

しかし、ちょうどその頃、クオンが中心となって立ち上げたK-BOOK振興会が日本の出版社を対象に「日本語で読みたい韓国の本」を紹介するイベントを行うことになりました。その冊子づくりのお手伝いしたのがご縁で、ファン・インスク著『野良猫姫』(クオン)を翻訳する機会をいただきました。

それからイ・ミョンエ『いろのかけらのしま』(ポプラ社)、キム・ヘジン『中央駅』(彩流社)、チョン・アウン『主婦である私がマルクスの「資本論」を読んだら』(DU BOOKS)を翻訳する機会も得ました。

ダンシングスネイルさんの『怠けてるのではなく、充電中です。』『ほっといて欲しいけど、ひとりはいや。』(ともにCCCメディアハウス)、『幸せになりたいけど、頑張るのはいや。』(SBクリエイティブ)などは、そのご縁が広がったものです。

──韓国語にそもそも興味を持った理由や経験について教えてください

はじめて韓国語に出会ったのは大学1年生のとき(27年前!)です。入学して、第2外国語として選択しました。

フランス語のような人気言語を申し込んで抽選で落ちるくらいなら、最初からあまり人気のなさそうなところへ行こうと思った記憶があります(笑)。

当時はヨン様の韓流ブーム前で、韓国語はそれほど人気もなく、私自身も「アンニョンハセヨ」も知らなければ、韓国へ行ったこともありませんでした。

とても面白い先生に出会って授業は楽しかったのですが、1年間だけ履修してやめてしまいました。その後、就職後に勉強を再開して、今に至ります。

──今、日本では音楽、文学、ドラマや映画などKカルチャーが大人気ですが、当時との違いについてはどうでしょうか?

いちばん大きな違いは、コンテンツの供給量です。私が韓国語を始めたのは「冬のソナタ」より前で、BoA、東方神起、SHINHWAなどが日本で活動していました。しかし、「韓流」という言葉はまだ定着していませんでした。

当時はYouTubeもNetflixもない時代です。たまに韓国旅行に行ってDVDを買ったものの、リージョンコードの違いで再生できなかったということもよくありました。

今は自宅にいながら韓国文化にリアルタイムで触れたり、ファン同士や韓国語学習者同士がSNSで簡単につながれるようになったのも大きな違いです。

当時、今の環境があれば、私の韓国語ももっとはやく上達したのかな、なんて思います。

──翻訳の話に戻りますが、1つの作品をどのくらいのスピードで訳されているのでしょうか? 

1文字も訳さない日もあれば、10ページ近く訳す日もあります。数年前までは1日単位でノルマを決めていましたが、予定通りに進まないことがほとんどです。ですから、「月末までにどこまで」とざっくりした目安だけを決めて訳すスタイルになりました。

──翻訳中は頭の中は日本語でしょうか? それとも韓国語でしょうか?
 
日本語のつもりでいますが、実際には韓国語と混じっています。韓国語には漢字由来の単語が多く、たとえば「写真」は韓国語読みでは「サジン」となります。

翻訳中に無意識のうちに「サジン」と入力していて、「あれ? どうして漢字変換がでないの?」と慌てていたら「あっ、韓国語だった......」といったことはよくあります。

──韓国語にあっても日本語にはない。またはその逆もあると思います。そういうときのご苦労などを教えてください

諺やダジャレの翻訳にはいつも苦労します。または、単語自体は初級レベルにもかかわらず、直訳すると不自然になるときも苦労します。

たとえば、日本語で「愛する顧客のみなさま、たくさんのご関心をお願いします」と言われても違和感がありますよね。

言語そのものがもつ思考回路の違いが原因で直訳が難しいことが理由です。日本語らしい表現に置き換えますが、編集者に助けられることも多いですね。

また、韓国語は一人称や語尾における、いわゆる「男言葉」「女言葉」がありません。ですから、セリフから性別を判断することが難しいこともあります。特に最近ではあえて性別を特定できないような中性的な名前をつける作家も多いので、それも苦労する点です。

──翻訳の仕事で苦労や大変なことは何でしょうか

つねに日本語を磨き続けなければならないところです。

長く韓国に住んでいるため、今の日本で使われている日本語に触れる機会が必然的に少なくなっています。ですから「死語」を使っている事態にならないように気をつけています。

また、小説の舞台となった街へ行ったり、料理やスポーツでも経験が翻訳のバックボーンになり、クオリティにもつながります。とは言え、実際にはいつも納期に追われているため、なかなかその時間がとれずにもどかしいのですが......。

──逆に楽しいことややりがいは何ですか?

翻訳者に共通していると思いますが、ひとつの単語とがっつり組み合って、「ああでもない、こうでもない」と頭をひねること自体が楽しいです。そして「これだ!」という訳語が浮かんだときの快感は病みつきです(笑)。 

──翻訳の仕事からの気分転換は何ですか?

煮詰まったときは、ラジオ体操をしています。3分でだいぶ頭も体もスッキリします。しかし、1時間に何度も体操をするようになったら、思い切ってその日の作業は切り上げています。

──翻訳の魅力について教えてください。また、今後のお仕事についても教えてください

翻訳の魅力は、ひとつの作品ととことん向き合って深い読書ができることです。ひとつの単語と何日も格闘するのはしんどいのですが、とてもぜいたくな時間です。特に美しい原文にひたっていると、それだけで癒されます。

また、調べものをする中で、自分のアンテナだけでは引っかからなかったであろう本に出合える幸せもあります。今後は韓国の本を邦訳するだけでなく、日本の本を韓国語に訳す仕事もしてみたいと思っています。

──最後に改めて、『今日の心の天気 気持ちをやさしく整える366日の言葉』の魅力を教えてください

訳していて、「これは名言だなぁ」と思うページがたくさんありました。一文一文が短いだけに、そこに光るダンシングスネイルさんの語彙センスをどうすれば日本語で再現できるかで何度も頭を悩ませました。

1年はあっという間で、変わり映えのしない毎日だったと感じることもあります。しかし、この本をめくると季節の移ろいや、その中で少しずつ変化してきた自分がいること、あるいは変化しない自分の軸があることに気づきます。

どのページにも、心をほぐすおまじないのような言葉が詰まっています。ですから日付どおりに読んでも、ぱっと適当に開いたページから読んでもいいと思います。

贈り物にもぴったりの本です。いつでもすぐに手に取れるところにおいて、心の癒しにしていただければ、訳者としてこれほど嬉しいことはありません。

生田美保(Miho Ikuta)
1977年、栃木県生まれ。東京女子大学現代文化学部、 韓国放送通信大学国語国文学科卒。 訳書に、ファン・インスク 『野良猫姫』 (クオン)、キム・ヘジン『中央駅』(彩流社)、イ・ミョンエ『いろのかけらのしま』 (ポプラ社)、ダンシングスネイル『怠けてるのではなく、充電中です。』 、『ほっといて欲しいけど、ひとりはいや。』(ともにCCCメディアハウス)、『幸せになりたいけど、頑張るのはいや。』(SBクリエイティブ)などがある。


 『今日の心の天気 気持ちをやさしく整える366日の言葉
  ダンシングスネイル[著]/生田美保[訳]
  CCCメディアハウス[刊]


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