源氏物語を彷彿とさせる廃邸のセット。水面に映るまひろと道長の姿も印象的だ=NHK提供

世界最古の長編小説「源氏物語」を書いた紫式部が主人公のNHK大河ドラマ「光る君へ」。物語を盛り上げるのが、色鮮やかな平安絵巻の世界だ。白木が美しい清涼殿、まひろと道長が逢瀬に使った廃邸は、幻想的で源氏物語を彷彿とさせた。主演の吉高由里子もXで絶賛したスタジオセットを作るのが美術チーム。その舞台裏について、NHK映像デザイン部チーフ・ディレクターの山内浩幹さんに聞いた。

台本の世界を分かりやすく

――美術チームの仕事を教えてください。

コンセプトの設定、取材、デザインなどです。美術チームのデザイナーは4人います。まず、番組企画に沿った取材・考証を徹底的に行います。「光る君へ」では、平安時代以前の建築や博物館、資料館などを実地検分したり、文献や資料、映像作品などを研究しました。考証の先生方と勉強会を開いて、先生方の研究の解釈を学びます。

それらを踏まえ、番組の企画や台本の内容に沿ってデザインコンセプトを設計し、美術的な世界観を構築します。ここが美術チームの一番大事な仕事です。

あくまでもドラマ空間として、番組の企画意図や台本に描かれた世界を視聴者により分かりやすく、よりドラマティックにキャラクター分けして提供すること、装置・装飾・造園・扮装などの各チームに、今回目指して欲しいベクトル(方向性)を明確に伝えることを心掛けています。それらを伝えるために、平面図や立面図、スケッチ、イメージボード、模型などをケース・バイ・ケースで作成します。

――セットでは、池や植物など自然の風景も作りこまれています。どんな職種の方と一緒に仕事をしていますか。

業務全般の調整を行う「美術進行」、セット製作・塗装などを担当する「装置」、小道具などを扱う「装飾」、庭や植栽などを作る「造園」、雨や風、火などの仕掛けを作る「特殊効果」、衣装やメイクなどを手掛ける「扮装」の担当者と一緒に世界観を作り上げます。もちろん撮影や照明などとも連携します。

まひろと道長の逢瀬に使われた廃邸。照明や撮影などと連携して幻想的な雰囲気を作り上げる=NHK提供

調度や扮装、ゼロから制作

――大河ドラマは戦国時代や幕末が多く、今作は、「風と雲と虹と」に次いで2番目に古い時代を扱います。

大河ドラマで平安中期の国風文化を本格的に描くのは初めてなので、セットパーツや調度、扮装類など多くのものをゼロから制作しなければなりませんでした。しかも、天皇家を中心とした貴族文化の映像表現は考証的にもハードルの高い美術が求められます。逆に言えば、今までと全く違うものを作るチャンスでもあると考えました。

武士が主人公の場合、重厚感や力強いデザインのパーツが多く制作されましたが、「光る君へ」は、「平安絵巻の世界を色鮮やかによみがえらせる」「平安らしさの追求」をデザインコンセプトに、より繊細で優美なプロポーションや、より鮮やかな色彩のセットや調度、扮装類をデザインしました。

美しい反りの檜皮屋根や高欄・槍鉋(やりがんな)で仕上げた白木の丸柱・色鮮やかな御簾や几帳、季節の花で飾った飾車(かざりぐるま)、柔らかなシルエットの萎(なえ)装束など、このドラマのために「平安らしさ」を追求して制作したものです。

内裏の登華殿。平安らしい優美な雰囲気が漂う=NHK提供
内裏の清涼殿。柱の木目が美しい=NHK提供

――セット制作の流れを教えてください。

「光る君へ」では、クランクインの約8カ月前から平安時代や紫式部に関する取材を始め、約半年前から徐々にセットパーツや衣裳を作り始めました。

収録の約3~4週間前に各美術業者に仕様説明を行い、図面発注をします。セットの規模にもよりますが、図面発注の約2~3週間前にデザインします。

為時の屋敷や清涼殿、東三条殿、土御門殿など番組の根幹となるようなセットは更に時間を掛けていて、1~2カ月前からデザインを開始しました。その中で、模型を制作したり、セットパーツのサンプルを作って色味や素材感など仕上がりを検証しながらイメージに近づけていきます。

吉高由里子も驚く

――主演の吉高由里子さんもスタジオセットの作り替えについて感動していました。時代劇の放送が減少するなかで、NHK美術の特徴を教えてください。

丁寧に取材や考証を重ね、高品質な時代劇を毎週コンスタントに提供出来ることは本当に凄いことだと思います。大河ドラマでは、セット撮影を基本毎週4日間行い、残り3日で全く違うセットに飾り替えをしています。わずかな日数の中、このクオリティでセットチェンジ出来るノウハウは、ほかでは真似できない職人技。これは先人が培ってきた技術の上に成り立っていると感じています。

スケール豊かなロケーションでの撮影ももちろん行いますが、基本的にはスタジオドラマという考えで、山・川・道など本来ロケで撮るべきシーンも美術飾りを行って撮影するノウハウも優れていると思います。

――CG技術が発達する中で、スタジオセットの役割はどう捉えていますか。

CGとスタジオセットは車の両輪です。「光る君へ」でも、両方うまく使って豊かな映像に仕上げています。例えばセットの屋根や庭の池をリアルに大きく見せるために描き足したり、空に雲や月をはめ込むなどさりげなく使うことでスタジオとは思えない奥行きを表現しています。どちらかだけでなく共に発展させることで更に豊かな映像表現ができます。(油原聡子)

藤原兼家の屋敷である東三条殿。池の奥の木々などはCGで仕上げているという=NHK提供

NHK映像デザイン部チーフ・ディレクターの山内浩幹さん

やまうち・ひろき 武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科卒業。平成4年NHKに入局。「光る君へ」では、番組美術のグランドデザイン(全体構想)を担当。これまでに大河ドラマ「軍師官兵衛」「麒麟がくる」、連続テレビ小説「あまちゃん」「わろてんか」「ちむどんどん」などに関わった。

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