上方落語界の重鎮で、人情味あふれる高座と熱い人柄で愛された桂ざこば(かつら・ざこば、本名・関口弘=せきぐち・ひろむ)さんが12日、ぜんそくのため亡くなった。76歳。葬儀は近親者で営む。
1947年、大阪市生まれ。中学卒業後の63年、15歳で三代目桂米朝に入門、朝丸を名乗った。88年に二代目桂ざこばを襲名した。
勢いと爆発力のある高座が持ち味で、落語の登場人物に同化したかのようなまっすぐな表現で聴く人を魅了した。特に不器用だが愛すべき大阪の庶民を生き生きと描き、「強情」「天災」「遊山船」などのほか、人情噺(ばなし)「一文笛」や「笠碁」も得意とした。また、落語本編の前に語るまくらにも定評があった。
75年、日本テレビ系列のワイドショー「テレビ三面記事 ウィークエンダー」に起用され、お茶の間でも人気者に。その後もMBSテレビの「ちちんぷいぷい」や読売テレビ「たかじんのそこまで言って委員会」などに出演し、本音で語る飾らないキャラクターが愛された。
兄弟子・桂枝雀さん亡き後、筆頭弟子として米朝さんを支え、米朝さんの没後は上方落語の一大派閥の総領として一門をまとめた。自身も桂塩鯛さんを筆頭に9人の弟子を育て、後進の育成にも尽力。2008年に大阪市西成区に開いた寄席「動楽亭」は、若手からベテランまで研さんの場として活用され、上方落語の息吹を伝えることにも尽力した。
17年5月に脳梗塞(こうそく)を患ったが、同年7月に舞台復帰。その後、高座復帰も果たした。病気療養をきっかけにメディア出演の機会は減ったが、席亭を務める動楽亭では毎月必ず昼席に出演した。21年11月にも一時休養し、ぜんそくと慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)と診断されたが、翌月には復帰した。
11年に大阪市市民表彰、16年度には芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
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