ペネロペ(写真)は、久しぶりに戻ったコリンに想いを寄せる LIAM DANIEL/NETFLIX
<派手に着飾った登場人物が織り成す、一見して緩くて軽い「時代物」ドラマはこんなにも魅力的>
数年前、友人との会話で、最近ハマっているドラマが話題になったときのこと。彼女は、ひょんなことから田舎の高校教師が麻薬王にのし上がる米ドラマ『ブレイキング・バッド』を絶賛した。
筆者は未視聴だったため、取りあえず、「最近のお気に入りは(ネットフリックスで独占配信中のドラマ)『ブリジャートン家』かな」と言ってみた。すると友人は眉をつり上げて言った。「それってキラキラのドラマでしょ? 言っとくけど、『ブレイキング・バッド』は芸術だから」
はあ?
友人と口論になるのが嫌だったので実際にはその言葉をのみ込んだが、時代ドラマや映画の研究者として、私は反論したくてたまらなかった。
キラキラ? 恋愛沙汰が物語の大部分を占めるから? それとも全体的なパステルカラーの色調のせい? 19世紀前半の英貴族の物語なのに、黒人やアジア系の俳優がキャスティングされているから?
友人の見解に同調する人は大勢いるかもしれないが、フェミニストの映画研究者たちが指摘してきたように、そうした評価にはジェンダー差別的な先入観が反映されている。
恋愛物はくだらない?
犯罪やマフィア絡みの作品(登場人物は男性ばかりであることが多い)は「本格派」で、真面目な批評に値するが、ファミリー物や時代物は「女性的」と見なされ、緩い話だとか、くだらない作品だと見られがちなのだ。
だが、2020年に第1シーズンが配信開始となった『ブリジャートン家』は、記録的な再生回数をマークするなど、時代物というジャンルに根強い人気があることを示した。登場人物がドレスやカツラを身に着けていることが多いため「コスチューム・ドラマ」と呼ばれることもあるが、その表現は、現代劇だって俳優は役に応じた衣装を着ていることを忘れている。
似たようなジャンルで「歴史物」があるが、こちらは史実を忠実に描いた「真面目な作品」と見なされがちだ。男性が登場人物の大部分を占め、男性の視点で描かれることが多いのだけれど。これに対して時代物は、軽くて、「適切」あるいは「真の」歴史を描くことには力を入れていないと見なされることが多い。
だが、たとえ「史実に近い」と評されるドラマでも、タイムスリップしてそれを確認することは誰にもできない。それにリアルと評される歴史物も、そのジャンルでは「お決まり」の描写方法や小道具を使い回しているにすぎないことも多い。
コリン(写真一番左)が戻ってくる、第3シーズン第1話 LIAM DANIEL/NETFLIX確かに『ブリジャートン家』には、フェミニストの登場人物や、非白人の貴族など、19世紀前半にいたとは考えにくい要素がある。だがそれは、ドラマのクリエーターたちが、よく言われる「カラーブラインド(肌の色を無視する)」ではなく、「カラーコンシャス(肌の色を意識する)」な作品にしたいと考えたからだ。
『ブリジャートン家』は、過去の架空の場所を舞台にしつつ、現代の人間模様を描いたドラマでもある。
近年、研究者の間では、時代物に架空の設定を入れ込むことによる映画やドラマの問題提起効果に注目が集まっている。主体的な女性を描いたり、人種的偏見を排したりした『ブリジャートン家』は、その狙いが大きな効果を発揮した例と言えるだろう。
黒人の公爵など常識破りの配役も LIAM DANIEL/NETFLIX21世紀に通じるテーマ
常に美しく晴れ上がった庭で、念入りに着飾った登場人物が織り成す人間模様は、確かに架空の世界の話に見える。
それでも、現代にも共通する問題を提示して視聴者に考えさせるこのドラマのパワーは、なんら失われるわけではない。もちろん、ほとんどの視聴者はたびたび舞踏会に出席するような生活はしていないが、初恋の喜びと苦しみ、独りぼっちになることへの恐怖、家族のプレッシャーなどには強く共感できるだろう。
第1シーズンの中心となるダフネ・ブリジャートンと公爵の恋物語は、彼女が兄の傲慢な介入をきっぱりはねつけたとき、初めて本格化する。この6月に配信開始となった第3シーズンでは、容姿に自信のないペネロペ・フェザリントンの恋の行方が、多くの共感を呼ぶだろう。舞台は19世紀でも、『ブリジャートン家』には21世紀の視聴者を揺さぶる普遍性があるのだ。
時代物の多くの映画やドラマと同じように、『ブリジャートン家』は、リアル(史実と現代にも通じるテーマ)とファンタジー(美しい舞台と、うっとりするようなロマンス)を複雑に絡み合わせている。そしてその楽しみ方は、視聴者の数だけある。
新シーズンを一気見する予定のファンにとって、この現実とファンタジーを融合させた世界がキラキラだからといって、芸術ではないなどと言われる筋合いはないのだ。
Shelley Galpin, Lecturer in Digital Media and Culture Education, King's College London
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