二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還する『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。シーズン2の放送を記念し、山岸氏の解説を改めてお伝えしていきたい。今回はシーズン1で放送された5話の医学的解説についてお届けする。

※登場人物の表記やストーリーの概略、医療背景についてはシーズン1当時のものです。

全身の血液の流れ

ここで肺で酸素を取り込んだ後の血液を動脈血、酸素を細胞に渡した後の血液を静脈血と呼ぶこととします。

上半身の静脈血は上大静脈から、お腹、下半身の静脈血は下大静脈から右心房に入ります。右心房から右心室、そこから肺動脈に行き、左右の肺動脈から左右の肺に到達、酸素を取り込んで、左右の肺静脈、左房、左室、全身に血液(動脈血)が送られます。

動脈血は心臓(左心室)の強い収縮力(ポンプ機能)で全身に送られます。静脈血は心臓(の右心房)が広がる力で、心臓に入るのですが、右心房の広がる力はそれほど強くありません。

上半身の静脈血はまだ重力があるので、心臓に落ちて行きますが、下半身、特に足の静脈血は重力に逆らって心臓に上がって行くわけですので、なかなか大変です。そのため足の静脈には逆流防止弁が付いていて心臓方向にしか血液は進まないようになっていますが、それでもなかなか上がって行きません。

そこで、人間の体は良く出来ているとつくづく思うのですが、足を動かす(歩いたり、走ったり)、足の筋肉を動かすことにより、静脈の周りにある動脈であったり、筋肉が静脈をムニムニ押して、中の血液を心臓方向に流してくれるのです。

エコノミークラス症候群

ですので、足の静脈血は、足を動かすことによって心臓に返って行くこととなります。

じゃあ寝ている時とかはどうなんですか?と思うかもしれませんが、人って意外と寝てる時も動いてるんですよね。ごそごそ、もにょもにょ足を無意識に動かしているのです。

ただ、そうもいかない時があります。エコノミークラス症候群という病名を聞いたことがあると思います。例えば災害時など、車の中で寝続けなければいけないような状況の時は、車は狭いのでなかなか動くことができませんし、飛行機のエコノミークラスの狭い席に座って、長時間の移動になると何時間も動かない状況に置かれてしまいます。

すると、足の静脈血が心臓に流れて行きませんので、だんだん固まってきます。血液は流れないと固まり、血の塊(血栓)を作ります。ひどい場合は足の静脈の中が血栓だらけになってしまうのです。

で、朝になって車から降りて歩き出したり、飛行機が目的地に到着して動き出すと、血栓は心臓方向に送り出されますので右心房にたどり着き、右室、肺動脈へと流れていき、肺動脈に詰まってしまいます。予防するためには、ちょこちょこ足を動かしてください。また、血液を固まりにくくするお薬もあります。

足の静脈に血栓ができただけ、肺動脈の一部に詰まっただけ、など軽症から重症までありますが、牧野さんの場合は非常に重症です。

牧野さんは大腿骨骨折で整形外科に入院していて、長期間、動けない状態が続いたのでしょう。足の静脈に大量の血栓ができ両側(りょうそく)肺動脈に血栓が詰まってしまいました。すると肺に流れる血流がまったく無くなってしまいますので、血液は酸素を取り込めなくなります。酸欠状態になりますので、非常に苦しく、意識が遠のいていきます。終いには、心臓にも酸素が足りなくなり心臓はうまく動けずショック状態に陥ってしまいます。

治療は血栓を溶かすような薬剤を飲んだり、点滴したり、また、下大静脈にフィルターを入れて血栓が心臓に上がってこないようにします。

牧野さんのように非常に重症な時は人工心肺を回して、カテーテルを挿入して血栓を溶かすか、手術で肺動脈の中から血栓を取り出さないといけません。普通は正中切開で、胸を開けて手術を開始するのですが、牧野さんは子供の時に心臓の手術(ファロー四徴症の手術:この病気の説明は大変なので省かせていただきます)をしていたので、癒着が激しく再度正中から手術を行うのが困難でした。

循環停止とは

高階先生は左開胸で肺動脈の血栓を取り出す手術の経験が海外であったようですので、左開胸での手術を提案します。左開胸ですと、まだ左の肺動脈の血栓はとれるのですが、右の肺動脈は非常に遠くなってしまいますので大変です。

「関川先生早く人工心肺を回して18度まで下げてください」
「循環停止お願いします」

なぜ18度まで下げるかと言いますと、18度まで体温を下げることで体をいわば冬眠状態にします。冬眠状態になると熊が冬眠の時に餌を食べなくても平気なように、体に血液が流れなくてもある程度は大丈夫になります。人為的に体に流れる血流を止めることを、「循環停止する」と言います。

肺動脈の中の血栓を取るときに、体に血液が流れていると肺動脈からどんどん血液が漏れてきてしまうのです。そこで、循環停止をして体の血流を止めると肺からの血流(バックフローとか言います)がなくなります。すると術野に血液が無くなり(これを無血野といいます)、非常に血栓が取りやすいのです。

18度で安全に循環停止をできる時間は15分と言われています。15分循環停止して、血栓を取って、10分人工心肺で血流を再開して、また15分循環停止して血栓を取るを繰り返します。この循環停止をして、無血野を得る技術は大動脈の手術でも使われています。

肺動脈の血栓は肺動脈の壁にくっついており、乱暴に取ると肺動脈がちぎれてしまいます。そこを慎重かつ正確な手技で血栓を摘出。高階先生の真の実力を発揮した手術でした。小春ちゃんの時の渡海先生とは対照的に、静寂の中での手術。

高階先生がクーパーでドレープを切るとき、渡海先生の左手セッシをカチカチカチカチしていたのは、よくある外科医の苛立ちシーン。これもアドリブ!「お前が死にそうじゃないかよ」と吐き捨ててオペ室を後にするシーンも、もともとのセリフは「じゃ俺はこれで」でした!確かに高階先生、精魂尽き果てていました!

次回は小春ちゃんの手術について解説します。

ーーーーーーーーーー
イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科 
山岸 俊介

冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。