葛飾北斎作の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。斜光線を当てると、荒々しい波の陰影がくっきりと浮かび上がった。視覚障害のある人にも、絵画のイメージをつかんでほしい。そんな思いで平面の絵画を立体に置き換えた「手でみる絵」だ。

 普及を進める元盲学校教員の大内進さん(74)の私設資料館「手と目でみる教材ライブラリー」(東京都新宿区西早稲田)には「モナリザ」や「ヴィーナスの誕生」など10種以上の作品が並ぶ。どれも描かれた対象が画面から浮き上がり、手で触れることができる。

 大内さんがイタリア発祥の「手でみる絵」を知ったのは2001年ごろ。盲学校を退職後、特別支援学校の教材を研究する特別支援教育総合研究所の所員として海外の事例を調べていた時だった。絵画を立体に置き換えることで、描かれたものの位置や空間の広がりなどをつかむことができる。目からうろこの方法だった。

 「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」は20年ほど前、大内さんがイタリアの学芸員や彫刻家、視覚障害者らと協力しながら、半年ほどかけて制作。石膏(せっこう)製で縦51センチ、横76.4センチ。大波の厚さは8センチにもなる。平面から立体への置き換え方や、置き換える情報の取捨選択などプロセスは多岐にわたるという。資料館を訪れた盲学生からは「普段理解できないという理由で逃げてしまっていた絵画を身近に感じることができた」「海、波、風の激しさ、躍動感が直接指に伝わってきて、とても心を引かれた」といった感想も寄せられている。

 一方で、目の見えない人はモチーフである船そのものを見たことがない場合もあるため、和船の模型に触れて形状を知ってもらったり、また視覚的な遠近感の概念がないこともあり、日本で一番高い富士山がなぜ小さく描かれるのかを理解するため、起伏のある地図で富士山と海の位置関係を伝えたり、他の資料で情報を補う必要があるという。大内さんは「作品を触り、線や面の形、大きさなどの情報を得ることで、目の見える人とイメージを共有でき、コミュニケーションの間口が広がる」と話す。

 近年は大学と美術館が共同して「手でみる絵」を制作する事例もあるが、大内さんは「3Dプリンターの普及も進み、環境は整い始めた」と普及に期待を寄せる。「手と目でみる教材ライブラリー」には「手でみる絵」の他、建物や動物の立体模型など1千種以上の資料がある。見学などの問い合わせは大内さん(oouchi.nise@gmail.com)まで。

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