高校生になったライリーの脳内でシンパイ(右端)の存在感が高まっていく ©2023 DISNEY/PIXAR. ALL RIGHTS RESERVED.
<高校生になった主人公ライリーの脳内で主導権争いを展開する「ヨロコビ」と「シンパイ」。極度の不安は10代の子供も大人も苦しめるが──(レビュー)>
アメリカでは今、10代の子供が抱えるメンタルヘルス問題が学校を圧倒し、家庭を動揺させている。米政府は「現代の公衆衛生上の危機」とまで言っている。
ピクサーの新作『インサイド・ヘッド2』は、この問題に真正面から取り組んだ。2015年の前作『インサイド・ヘッド』と同様に、サンフランシスコ郊外に住む少女ライリーの成長を、擬人化されたさまざまな感情たちの関係を通じて描く(以下ネタバレあり)。
ライリーの脳内の司令部では、「ヨロコビ」(声/エイミー・ポーラー)がリーダー的な役割を果たしてきたが、ライリーが高校に進学する本作では、不安をつかさどる「シンパイ」(声/マヤ・ホーク)が登場して、ヨロコビと主導権争いを展開する。
ただ、オレンジ色の大きな口を持つキャラクターとして描かれるシンパイは、決して悪者ではない。ライリーを不安に陥らせるのは、「彼女が将来の計画を立てるのを手伝うため」と主張する。「まだ見えない物事からライリーを守るのだ」と。
思春期に突入したライリーの脳内では、シンパイ以外にも、誰かを羨ましいと思う「イイナー」、クールに振る舞えないことを恥と感じる「ハズカシ」、無気力な「ダリィ」といった新しい感情が芽生え、司令部は混乱に陥る。
例えば、高校のアイスホッケー部のキャンプに参加したライリーは、ここでコーチや上級生に好印象を与えれば正式に入部できると考えて奮闘する。そんなライリーを動かすのはシンパイだ。
当初は不安な思いがプラスに働いた。ライリーは夜明けとともに起き出して、ホッケーの練習に励むのだ。それは、仲良しだった友達2人が別の高校に進むと知ったショックの裏返しでもある。「正式に入部できれば、独りぼっちにならない」と考えたのだ。
厳しいキャンプを乗り越えるには今までとは違う人間になる必要があると、シンパイは主張する。そして、抗議するヨロコビなどの感情を潜在意識の奥底に閉じ込め、「OK、ライリー。何もかも変えましょう」と言うのだ。
こうしてシンパイはライリーの日常を着実に乗っ取っていく。
シンパイは、ライリーに明日のことを想像させることが助けになると考えるが、そのせいでライリーは一晩中眠れない。プレー中に転んだらどうしよう。友達が自分よりうまいプレーをしたらどうしよう。先輩にダサい姿を見られたらどうしよう──。
こうした思いが「私、全然ダメだ」という、行きすぎた自己批判へとつながっていく。
(左から)ハズカシ、シンパイ、イイナー、ダリィ ©2024 DISNEY/PIXAR. ALL RIGHTS RESERVED.不安は自然な感情
前作同様、ピクサーは制作に当たり、子供のメンタルヘルスの専門家の助言を得た。今回は、特に10代の少女や若い女性のメンタルヘルスに詳しい心理学者のリサ・ダムーアが参加している。
「不安には健全なものと、不健全なものがある」と、ダムーアは言う。「不安はごく自然な感情であり、潜在的な脅威に警告を発して、身を守るのに役立つ。その意味では、不可欠な感情ともいえる」
ダムーアに言わせれば、『インサイド・ヘッド2』は10代の子供を持つ親たちへの「プレゼント」だ。制作に携わっている以上、彼女がこの映画について肯定的なことを言うのは当然だが、それを差し引いても、筆者(不安障害を抱える子供がいる)には同意できる部分が多い。
ライリーの重要な練習試合(そこでの出来によって正式に入部できるかどうかが決まる)で、シンパイは司令部の操作ボタンを矢継ぎ早に押して目を回してしまう。ライリーがパニック発作に陥るシーンは、経験者やその親にはつらいものだろう。
その発作は、ヨロコビとシンパイが肯定的な自己意識と否定的な自己意識の両方が混在する新しい自己意識を構築したとき、初めて解決する。
ライリーは良き友達にもなれば、冷たい友達にもなる。正直者だが、間違ったことをするときもある。『インサイド・ヘッド2』は、健全な大人に成長するということは、矛盾する自己認識の存在を受け入れることだと主張する。
大事なのは、自分という人間について単純なストーリーを当てはめ、それに反する感情や事実を押し殺すのではなく、欠点も含めたありのままの自分自身を受け入れることだ。落ち着きを取り戻したライリーは、「喜び」を選んでリンクへと戻っていく。
その後は、全ての感情が協力し合う。その中心にいるのはヨロコビだが、ライリーを落ち着かせるときなどはシンパイの出番だ。
「心理学者が不安を障害と見なすのは、実際の脅威のレベルと懸け離れた不安が見られるときだけだ」と、ダムーアは言う。そして、『インサイド・ヘッド2』を通じて、不安などのネガティブな感情も子供の健全な発達に重要な役割を果たすことを親たちが理解してくれれば、と語る。
米政府による10代のメンタルヘルス危機宣言は、10代に付き物の気持ちの浮き沈みについて、子供と親の両方を必要以上に不安にさせたと、ダムーアは指摘する。
不安は楽しいものではないかもしれない。だが、『インサイド・ヘッド2』が描くように、子供の成長に不可欠な要素でもあるのだ。
©2024 The Slate Group
INSIDE OUT 2
『インサイド・ヘッド2』
監督/ケルシー・マン
声の出演/エイミー・ポーラー、マヤ・ホーク
日本公開は8月1日
子供のメンタルヘルスに詳しい心理学者リサ・ダムーアが映画の制作に参加している
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