王に後継者に指名された貴婦人ジェーン ©AMAZON CONTENT SERVICES LLC

<打撲傷には「動物のフン」、イルカのローストに「お便器番」...「強気なクイーン物」らしい作風にはあきれるが変テコで恐ろしい歴史のトリビアを楽しめる──(レビュー)>

第1話を見ただけで、筆者はアマゾンプライム・ビデオのドラマ『マイ・レディ・ジェーン』を「強気なクイーン物」のジャンルに分類した。

スコットランドの女王メアリー・ステュアートをめぐるメロドラマ『REIGN/クイーン・メアリー~愛と欲望の王宮~』やロシアの女帝がヒロインの『THE GREAT~エカチェリーナの時々真実の物語~』、19世紀アメリカの詩人エミリー・ディキンスンの生涯を大胆に語り直した『ディキンスン〜若き女性詩人の憂鬱〜』の仲間だ。


どれも最初は面白かった。でも、一瞬でも退屈させたら視聴者に見限られるという作り手の焦りが透けて見える歴史ドラマに、最近はうんざりしている。

BGMは決まって今どきのポップス。品のない言葉遣いと現代的なユーモアが、取って付けたようで神経に障る。主人公は恐れ知らずなのだが、その大胆さは前時代的だし、みんなやけに態度が大きい。

『マイ・レディ・ジェーン』も同類だと、私は決め付けた。何しろ原作はカラミティ・ジェーンやジェーン・エアら有名な「ジェーン」に脚光を当てたヤングアダルト小説シリーズなのだ。

ヒロインのジェーン・グレイは16世紀のイングランドに実在した貴婦人で、「9日間の女王」とも呼ばれる。教養の高いプロテスタント教徒の彼女はエドワード6世の遺言により1553年、16歳で女王に即位した。だが、宮廷の権力闘争に負けて瞬く間に失脚し、翌年斬首された。

マニアな豆知識が光る

しかし、ドラマのジェーン・グレイ(エミリー・ベイダー)は死なない。それどころか、この世界には動物に変身する人々がおり、「イシアン人」と呼ばれて虐げられている。

ある視聴者はキャラクターの1人が馬に姿を変える映像をX(旧ツイッター)に投稿し、「何これ?」と戸惑いをあらわにした。

私もあきれた。「変身」なんてありきたりなモチーフを中心に物語世界を組み立てるなんて、しかもそれを差別の比喩として使うなんて、それこそ古くさいヤングアダルト小説みたいでイタい。

これに比べたら、実際のカトリックとプロテスタントの対立のほうが──見栄えはしないが──断然面白い。だいたいこのドラマ、史実と全く関係ないんじゃないの?

けれども2話3話と見るうちに、不満は消えた。

ほかのクイーン物や『ブリジャートン家』のようなお色気コメディーと遺伝子を共有しつつ、『マイ・レディ・ジェーン』は1点において群を抜いている。笑えて変テコで恐ろしく、時に下品な歴史のトリビアがこれでもかと盛り込まれているのだ。

ジェーンを追い落とそうと、残忍な王女メアリー(中央)は策略を巡らす ©AMAZON CONTENT SERVICES LLC

鑑賞していると、私は歴史を専攻し17世紀の銃や忘れられた蒸気船事故について仲間と夢中で語り合った大学院時代に引き戻された(同好の士に出会えるのも、大学院で学ぶ醍醐味だ)。

このドラマが好評を博し人気ランキングで健闘しているのは、そんな歴史へのマニアックな情熱がうかがえるせいかもしれない。


登場人物の行動は、博識なナレーター(オリバー・クリス)が解説してくれる。テューダー朝のおかしな習俗が、全編を通して笑いを誘う。

ジェーンがボウリングのようなゲームに興じ「スナッフルを取った!」と歓声を上げれば、「『スナッフルって何?』とお思いでしょう」と、ナレーションが入る。「テューダー朝のスポーツについてはあまり深く考えないことです。何しろ朝ご飯にワインを飲んだ時代なのですから」

宮廷医は打撲傷に動物のふんを塗り、食卓にはゆでたダチョウやイルカのローストや、「スポッテッド・ディック(まだら模様のペニス)」なるデザートが並ぶ。ある不幸な王族についてナレーターは、「近親婚の成れの果て」だと皮肉を言う。

「ファンタジー」の魅力

ジェーンと王冠を争う王女メアリー(ケイト・オフリン)は、政敵を「お便器番」に任じる。これは実際にあった職業で、主君のお通じを確認し、尻を拭くのが仕事だ。

メアリーは血に飢えたサディスト。ジェーンをついに投獄すると、自分で決めた処罰をうれしそうに顧問官に発表させる。その内容とは「ジェーンのはらわたを引きずり出して首をはね、体を四つ裂きにして地べたに放置せよ」。

ジェーンの親戚に当たるエドワード6世(ジョーダン・ピーターズ)も、面白いキャラクターだ。ジェーンと同じく史実に反して生き残るが、女性蔑視がひどい。聡明なジェーンを普段は愛し敬うが、親が決めた結婚を止めてくれと彼女に懇願されると、「貴婦人は結婚するものだ」と上から目線で諭す。

親切な好青年なのに、社会通念は鉄の意志で死守しようとする。そんなエドワードの矛盾が物語を盛り上げる。視聴者はヒロインが世界を変えることを期待するが、簡単にはいきそうにない。

一般的な歴史劇だと思って『マイ・レディ・ジェーン』を見れば、戸惑うだろう。SNSでは、ばら戦争を下敷きにした『ゲーム・オブ・スローンズ』のような「歴史ファンタジー」として見るように勧める声もある。

史実を度外視したのはどちらも同じ。だが愛とユーモアをたっぷり交えて歴史を改変した点で、『マイ・レディ・ジェーン』は『ゲーム・オブ・スローンズ』の先を行く。

愛を込めて歴史を笑うコメディーとして楽しみたい。

©2024 The Slate Group

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。