二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還した『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。
前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。今回はシーズン2で放送された4話と5話の医学的解説についてお届けする。
美和さんのお母さん、戸島弁護士のオペ
4話5話は美和さんのお母さんで弁護士の戸島弁護士のオペでした。
戸島先生は病院にいきなりいらっしゃり天城先生の手術を即刻中止するように抗議します。
「最近の冠動脈バイパス術に関する論文を集めました。虚血性心疾患のために冠動脈を直接吻合されるとのことですが狭窄部位の同定は難しく切除するのは非常にリスクが高いです。内胸動脈と冠動脈をバイパスすれば血管を切除せずとも十分に成績が良いと思われます」
ここでの戸島先生のセリフが現在の冠動脈手術の現状をズバリ解説し、ダイレクトアナストモーシスが天才のみができる手術であることを示してくれています。
手術というものは一般的に公共性が重要視されており、どの外科医が行ってもまずまずの成績を出せることが1番大切です。戸島先生は内胸動脈と冠動脈のバイパス(LITA-LAD リタエルエーディー)で充分成績が良いと、まさにぐうの音も出ない主張を展開し教授始め医局員たちも何も言えない状況となりました。
同定(どうてい)とは医学生が解剖の授業で最初に覚える単語で、「ある物があるべき場所にあるか確認する」といった意味です。この場合、冠動脈の狭窄部位(狭い部分)を手術で外から見て確認すると言った意味で、狭窄部位はエコーなどで外から確認することはできるのですが、冠動脈の根本の部分に発生しやすいので心臓の奥の方(大動脈の近く)を探る必要があるわけです。
左冠動脈の根本は非常に深く大動脈の裏から発生(肺動脈や心臓の筋肉、左心耳、左房が近い)するために到達するのが困難なので狭窄部位の確認は難しいし、さらにその部分を切除すること縫合することは技術を要し、周りの筋肉や血管(左房左心耳や肺動脈等)を傷つけるリスクが高いというわけです。
戸島先生役の花總まりさんはこのシーンの医学用語の連発を全く間違えずスラスラと全て一発でOKだったとのこと。みんな賞賛の嵐だったようです。
エルカノを作った野田先生(池田鉄洋さん)にも結構難しい医療用語の解説的なセリフをお願いしたのですが、スラスラと全く間違えずに言われていて、さすが医療ドラマに色々出られているので凄いですね!とお話ししたことがあるのですが、逆に難しい医療用語の方が言いやすい場合があるとのこと…バラエティとかで話振られると全く答えられないのだけど、セリフになるとスラスラ出てくるものなんですよ(笑)とおっしゃっていて、医学生から強制的に覚えさせられ15年以上働いてもたまに噛んでしまい、オペ中にはもう道具の名前も言えず「あれ、ください」「なんかあれ、こういう形のやつ」と連想ゲームを繰り返す自分が本当に恥ずかしくなります。私には本当に異次元のお仕事。天城先生、世良先生、高階先生、佐伯教授含め俳優さんたちには日々驚かされます。
戸島先生の病気
戸島先生の病気は不安定(運動とは無関係にいきなり症状が出る)狭心症(冠動脈が狭くなる)心筋梗塞(冠動脈が閉塞する)で前下行枝(左冠動脈の一本でもう一本は回旋枝)の閉塞と右冠動脈の99%狭窄でした。冠動脈造影検査を見ると、右の冠動脈が映り、そこから前下行枝に側副血行路が走っています。これは左冠動脈の1本である前下行枝がゆっくりと閉塞してしまい、右の冠動脈からお助け船が出ているような状態です。
血管は急に詰まると急激に症状が出る(心臓なら急性心筋梗塞)のですが、じわりじわり詰まってくると他の血管から血管が伸びてきて血流を補ってくれるのです。この血管を側副血行路(コラテラル)と言い、コラテとか言ったりしています。
ではなぜ戸島先生は急に倒れてしまったのかというと、右の冠動脈の狭いところが進行してしまい、右の冠動脈の血流が不安定になってしまったからなんです。そうすると前下行枝に行く血流も落ちてきてしまい、最終的には右の冠動脈の血流も左の前下行枝の血流も無くなってしまい、心臓の大部分に血流が流れないこととなります。もうこれは緊急治療の適応です。
この時病院には世良先生とミンジェしかいませんでした。こんな事あるわけないと思われるかもしれませんが意外と無いことは無いんです。学会などがあり地域一帯の心臓外科医がみんな遠出しているということは結構あります。もちろん手術出来る人が病院に残り緊急時には対応するのですが…今回のような東城大心臓外科の大ピンチの状況ではあり得なくもないかなという状況です。
世良先生は開胸し左前下行枝を触ってみます。これは非常に大切で、血管の性状を指で触り確認するわけです。ここで柔らかい血管なら針も通りやすいですしバイパスは比較的簡単に作れるのですが、固い石灰化した血管だと針が通らず、また通ったとしても石灰化が崩れてしまってバイパスを作っても流れなかったり出血してしまったりするのです。
我々は血管同士や心臓の壁同士を縫合するのですが、柔らかい物同士だと組織と組織がくっつき血液は良く流れ、出血もしません。しかし石灰化して固くなってしまうと、塗っても壁が崩れやすく、また組織と組織が寄らずに間から血液が漏れてしまいます。固いと強いのではなく、組織は脆くなってしまうのです。
ここで思い出してみてください。2話で垣谷先生が僧帽弁周囲の石灰化を取ってしまい大出血してしまったことを!
あのシーンを世良先生は間近で見ていたので、石灰化の処理に慎重になったのかもしれません。
オペは経験と言う人がいますが、本当に大切なのは類似点を見つけること。
冠動脈と僧帽弁は違うんだから石灰化の処理も違うだろ…見たことないからできません!ではダメなのです。僧帽弁の石灰化の処理の仕方を冠動脈の石灰化の処理に応用できないか(逆もしかり)と考えることが重要なのです。
世良先生の判断は間違っているというわけではありませんし、決して失敗とは言えません。自分の実力を知った上で患者さんのために最善を尽くしたとも言えます。右の冠動脈のバイパスだけ行うということは、右の冠動脈の99%狭窄は解除されますので緊急の処置としては充分です。
オペ後の垣谷先生や他の先生の慰めのリアクションからも世良先生はそんなに責められる事はしてないのです(後に戸島先生も治療は間違いではなかったと理解してくれています)。
世良先生は冠動脈の前下行枝の石灰化を見て、これは吻合しても大出血すると判断し右冠動脈だけバイパスして閉胸しました。右の冠動脈の場合、足の静脈(大伏在静脈、サフェナスベインと言ってシーズン1の渡海先生の帝華大学のバイパス手術のシーンで「サフェナ採って」と言っていたあのサフェナです)を使用し大動脈とバイパスすることが多く、世良先生とミンジェは大伏在静脈を採り始めます。パーシャルクランプとは大動脈にバイパスするときに大動脈を半分だけ(パーシャル)遮断するために使用する鉗子です(野田先生からのオペシーンで心臓の寄りの画像をよーく見ていただくと大動脈に青色の血管がバイパスされています。あれが大伏在静脈を使用したバイパスになります)。
このオペシーンがミンジェ先生の初めてのオペシーンだったと思うのですが、普通初めてのオペシーンだと清潔ガウンを着ているのにマスクを触ってしまったり手を下ろしてしまったりしてしまい、中々最初から完璧に所作をこなすことは難しいのですが…ムジュンさんは全く何も言ってないのに所作が完璧で驚きました。おそらく手術シーンやったことあるのかな…それくらい完璧でいきなり医学生以上の実力を発揮していました。
医局の皆さんには慰められていた世良先生でしたが、天城先生は世良先生を責めます。
「まず口よりオペの腕を磨きなさい」
「患者を救う道はたくさんあるの。でも、ジュノができないだけでしょ?」
今まであらゆる患者さんを救い、どんな高いリスクのオペも成功させてきた天城先生には前下行枝の石灰化の処置は簡単とまでは言いませんが、いくつかの解決策があるのです。
一つはダイレクトアナストモーシスで、石灰化のある血管を取ってしまい内胸動脈などの血管に取り替える手術です。実際に行うのはかなり難しいと思います。
二つ目は世良先生に教えた石灰化していないところを見つけて、そこにバイパスするという方法。石灰化していないところを見つけるには手術の前に行う検査(冠動脈CT検査やカテーテル検査)で入念にしらべるか、術中に指で石灰化していない柔らかいところを確認したり、エコーで石灰化していないところを見るなどして確認します。4話では対角枝という前下行枝の枝から2cmのところの裏に石灰化していないところがあると天城先生はアドバイスします。冠動脈の裏側を見るには、冠動脈を周りの組織から剥がし、6-0の糸を引っ掛けて冠動脈を回転させるのです。そうすると裏が見えてそこに吻合できるようになります。
三つ目は、5話で出てきたロングオンレイパッチです。これは冠動脈の吻合するところの石灰化を全部取ってしまい、そこに長く縦に切ったグラフトを吻合します。ロング(長く)オンレイ(冠動脈の上に)パッチ(冠動脈をグラフトで膨らませるように)縫うということですね。天城先生は内胸動脈の足りない部分を足から採取した大伏在静脈で補います。詳しくはCGシーンで確認してみてください。
ロングオンレイパッチは石灰化が激しい冠動脈では良く行われている術式です。ベルリンからの報告とエルカノは言っていましたが、日本で多く行われている方法でもあります。成功率4%はかなり低すぎで、本来は上手い外科医が行えばもっと成功率は高いはずです。静脈で長くする方法は私のオリジナルです(報告あるのかな…)。今回野田先生が新生血管にバイパスを行い、その後、世良先生が前下行枝の裏にバイパスしたために、内胸動脈が短くなってきていたので足りない部分を大伏在静脈で補ったのです。天城先生は「ただちょっと細工をするけどね」「今回は静脈を使って伸ばしていくよ」と言って軽快に吻合していきます。
我々心臓外科医はオペにおける注意すべきシチュエーションに対して幾つかの対策を持ってオペに臨みます。日頃からこういう状況ならこうしよう、こうなったらこの術式にしよう、この部分がこうなったらこの材料を使おうと対策を練り、臨機応変に対応していきます。手術の前のシミュレーションも大切で念入りに行うのですが、この臨機応変さと引き出しの多さは非常に大切です。オペの様々なシチュエーションに対する対策(引き出し)の多さと、その対策を実現させるテクニックの習得と自己の実力の認識…様々な能力が必要となります。
野田先生が行ったバイパス術
今回野田先生は石灰化のある前下行枝にはバイパスは作れないと判断し、新生血管増殖剤を使用し血管を新たに増殖してそこにバイパスを作ろうとします。この新生血管増殖剤は完全に私の考えた架空の薬で保険適応にもなっていません。ただこの分野は長年研究されており、必要なところに必要な血管を増やせる技術は虚血に苦しむ患者さんの治療の幅を広げますし我々臨床医の助けとなり非常に期待されています。
エルカノとは…
今回登場した医療AIエルカノ。医療AIは今世界中で研究されていて将来的には診察や診断、手術までAIがやってくれるようになるのではないかと言われています。
野田先生は世界全ての医療情報を集めてエルカノに学習させたと言っていて、患者のカルテを読み込ませれば最適な治療方法を弾き出してくれるとのこと。
ただここで大切なのは天城先生が5話で言っている「エルカノちゃんに教えてあげようと思ってね」というセリフ。今動作を伴ったAIの最先端は今年初めくらいにスタンフォード大学が発表した中華料理を作るAIなのですが、これを例に考えてみましょう。このAIに世界中の中華料理を作る人のデータを学習させたらどうなるでしょう。世界中のお母さんの中華料理から食堂の中華料理、街中華、本格中華…全ての情報が美味しい中華料理を作るために必要でしょうか。美味しい中華料理を作るのであれば、中華の達人の数人のデータだけで充分です。あまり美味しくない中華料理、失敗した中華料理の情報はいらないですよね。
野田先生の言葉は全世界の手術の情報を学習させていると一見完璧そうなオペAIを作ったようでしたが、本来は天城先生のようなアウトライアー(ズバ抜けて優秀な存在)のオペを学ばせるべきなのです。天城先生はそれを分かっているため「エルカノちゃんに教えてあげようと思ってね」と言い、一流の手技を教育しようとします。
それにしても美味しい中華料理をAIが作れるようになるとは凄い進歩ですよね。食材を見て、新鮮さであったり、肉の鮮度と油の乗り具合を見極め、最適な調味料と火加減まで瞬時に判断して中華料理を作ってしまうようになれば…外科手術をしてくれるAIも夢ではないように思います。ただ先ほども言ったように、まず人間の限界となる最高峰のオペを目標に我々が切磋琢磨しないとAIの進化はないと思っています。エルカノに関しては今後も出てきますので、ちょくちょく気付いたことを書いていきたいと思います。
少し長くなりましたので、今回はここまでで。
次回は世良先生の手術とその撮影の様子や5話を中心に解説いたします。
ーーーーーーーーーー
イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科
山岸 俊介
冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。
■番組概要
[タイトル]
日曜劇場『ブラックペアン シーズン2』
[放送日時]
毎週日曜よる9時スタート
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。