「逆行生活(Upstream)」 は、リストラの対象となった中年プログラマーを主人公とする物語だ。写真は上海で14日、映画館の前で撮影した同作のトレーラー(2024年 ロイター/Nicoco Chan)

[上海/北京 14日 ロイター] - この夏、中国映画界における最大のヒット作の1つでは、中国が抱える経済的な難問がいくつか取り上げられている。不安定な雇用市場、社会的な転落、単発で仕事を請け負う「ギグワーク」で働く数百万もの人々のぎりぎりの生活──。

「逆行生活(Upstream)」 は、リストラの対象となった中年プログラマーを主人公とする物語だ。年齢ゆえにホワイトカラーの仕事は見つからず、家族を養うために、危険を伴うギグワーク、フードデリバリーの仕事に身を投じる。


コミカルな役柄で知られる徐崢(シュー・ジェン)が監督・主演を務める「逆行生活」では、美団に代表される中国で人気の料理宅配サイト経由で、いわゆる「ラストワンマイル」を駆けずり回る薄給の宅配ドライバーが描かれている。

映画チケット販売サイト「猫眼電影(Maoyan)」によれば、13日の時点でこの作品の観客動員数は約500万人に達した。

9日に公開されたばかりの「逆行生活」がトップクラスの興行収入を稼ぐ背景には、デフレ経済における不安感、そして料理宅配ドライバーにのしかかる現実的なプレッシャーが、いずれも今まさに関心の的になっている状況がある。

ここ数年、中国映画でヒットする定番ジャンルといえば、戦争映画や歴史ドラマ、恋愛ドラマあたりが普通で、経済問題にフォーカスした作品のヒットは異例だ。

美団と、その最大のライバルであるアリババ傘下の餓了麼(Ele.me)で働く宅配ドライバーは少なくとも1000万人。勤務時間の長さや、1件当たり1ドル(約149円)相当にも満たないことが多い配達報酬に対する不満も聞こえる。

「逆行生活」では、ドライバー間、サイト間の競争は容赦なく、休憩時間もなしに1日14時間以上にも及びかねない勤務時間の中で危険な近道を選ぶ様子も描かれている。

香港を拠点とするマーケティングコンサルタント会社の創業者、アシュリー・ドゥダレノク氏は、「今の多くの中国人の思いをかなりリアルに描いている」と評する。昨今のネガティブさは10年前のムードとは対照的だという。

中国におけるビジネスや消費トレンドに関する複数の著書があるドゥダレノク氏は、「当時は、明日は今日よりよくなる、景気はよくなる、チャンスも広がっていくという基本的な強い信念があった」と語る。「今日では、そうした信念は見られない」

「逆行生活」に登場するドライバーたちを雇っている企業は明確に特定されていないが、彼らが身につけるヘルメットとユニフォームの明るい黄色は、美団のブランドカラーを思い起こさせる。

ロイターが美団に問い合わせたところ、広報担当者は「当社はその映画に関与していない」とし、作品における業界の描写についてもコメントを控えた。

「逆行生活」に参加した17のプロダクションには、アリババの映画子会社が含まれている。アリババ系列の餓了麼に似たライトブルーのユニフォームを着た運転手も作品に登場するが、作品の本筋とは関係なく、登場人物たちが働いている会社として明確に描かれているわけでもない。アリババによるコメントは今のところ得られていない。

<事故と衝突>

徐が演じる主人公の高志壘(ガオ・ジーレイ)と他2人のドライバーは、配達遅延のペナルティーを回避し、スマホのアプリを通じて流れてくる合成音声の指示に追いつこうと焦るあまり、自動車と接触してしまう。

また、高は自分の社会的な転落をなかなか受け入れられない。ショッピングモールに正面入り口から入ろうとして警備員に制止された高は、自分はつい先日までここで買い物していたのだと抗議する。「それは過去のことだ」と警備員は言い、通用口を使えと指示する。


配達を急ぐドライバーと警備員との衝突は、中国の街中ではありふれた光景だ。杭州の警察は12日、あるドライバーがオフィスビルに配達しようとしてフェンスを飛び越え、駆けつけた警備員に取り押さえられた事件について調査を進めていると発表した。このドライバーに対する扱いは、ネット上で激しい反応を引き起こした。

所属するプロダクションを通じて徐崢にコメントを求めたが、現時点で回答はない。徐はプレミア試写会で、観客に「宅配ドライバーの普通の1日がどのようなものかを見てもらう」ことによって、「希望と温もりを伝えようとした」と述べている。

ネット上では「逆行生活」について、近年の中国映画では検閲の恐れもあるためになかなか取り上げられない社会問題に取り組んだとして賞賛する映画評も見られる。映画情報サイト「IMDb」に似た中国のオンライン映画データベース「豆弁電影」で、ある観客は「この問題を取り上げるとは実に大胆だ」と評している。

別の観客は「頑張って働くだけでは必ずしも生活は良くならないことをこの作品は描いている」と書いている。「結婚せず、子どもも作らず、家も買わないことが、良い生活を実現する唯一の道かもしれない」

「逆行生活」のハッピーエンドに納得しない観客もいる。高はヒーロー並みの活躍でたくさんの配達をこなし、延滞していた住宅ローンの返済にこぎ着ける。SNSサイト「小紅書」に投稿されたレビューでは、「作品の娯楽性を強めるために、真実味がいくぶん犠牲になっている」とされている。

ロイターが上海で取材した配送ドライバーたちは、映画館で料金を払って「逆行生活」を観る予定はないが、オンラインで無料になったらストリーミング鑑賞するかもしれない、と語る。

林という姓だけ教えてくれた37歳の配送ドライバーは「普通の人が働く業界ではない」と語る。「時間との競争だ。注文が遅れる直前の1、2分は、命がけの競争になることもある」

[ロイター]


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