8年ぶりに来日したエルビス・コステロが、東京の追加公演で4月12日、台東区立浅草公会堂のステージに立った。大衆芸能の殿堂に来日ロックスター。極めて珍しい取り合わせの一夜となった。
浅草に通じる気風
コステロは、パンクロックやニューウエーブが台頭した1977年、英国の〝怒れる若者〟の一人として登場した。
ロックンロールの王様、プレスリーから拝借した「エルビス」の名に母の旧姓「コステロ」を組み合わせた芸名を名乗るなど独特のユーモアのセンスも持ち合わせ、ジャズに造詣が深かったり、美しいバラードも得意としたり、幅広い音楽性を誇る。
いまや大物ロックスターのひとり。先鋭的だが伝統的であるあたり、渥美清やビートたけしに通じる気風もありそうで、案外、浅草は似合っている。
そして、浅草公会堂、音がよかった。
静寂で沈鬱な楽曲が多かったが、コステロが静かにギターをつま弾くイントロの音が、客席で明瞭に繊細に聴くことができた。
目指すはディラン?
今回は、バックバンドのキーボード奏者であるスティーブ・ナイーブと2人きりでやってきた。基本は、コステロがエレキやアコースティックギターを奏でながら歌い、ナイーブがピアノやピアニカ、アコーディオンで伴奏をつけた。
楽曲は静寂でも、演奏はノイズフルで過激な場合も多かったのは、このふたりならではか。
実をいうとコステロが何をやりたいのか、本当のところが、よく分からないまま聴いていた。ボブ・ディランと同じことをやりたいのだろうか。
ディランがいまやっているのは、歌の解体ショーだ。旋律に忠実に歌うのではなく、感じるまま、心の赴くままに旋律やテンポに変化を加え、いわば歌を解体して再構築してしまう。ディランは、ロックよりジャズやブルースのそばに立っている。
そこまでではないにせよ、コステロも楽曲をより解放したいと願ってステージに立っているのかもしれない。
もっともシャルル・アズナヴールをカバーし、映画主題歌で大ヒットしたバラード「She」は、フランク・シナトラばりに歌い上げて、「どうだ」といった表情を見せていたが。
やんやの喝采
ともかく、1曲ごとに客席からは大きな歓声があがった。20回以上の来日実績があり、その人気は根強いものがあるなと感じた。
浅草公会堂のキャパ、つまり客席との親密な距離感が、さらに観客を酔わせたことは間違いない。
アンコールなしで、ぶっ続けに演奏。衣装替えなどもなかったが、その代わりステージのそちらこちらに置いてあったハットを何度かかぶり替えて、クスっと笑わせたのも浅草に似合った。
締めくくりは、バラードの「アリソン」。リンダ・ロンシュタットがデイビッド・サンボーンのサックスを従えて、素晴らしいカバーを残している。
コステロは、歌詞で「アリソン」を繰り返すサビを観客に歌うよう促した。シンプルなリフレインがあって、一緒に歌える曲としては、やっぱり、これにとどめを刺すか。
感極まった観客は総立ちになってやんやの喝采。だが、突然、その余韻をかき消すようなコミカルな歌が会場に流れ、コステロとナイーブはユーモラスに舞台下手へと去った。浅草で、これ以上ない幕切れだった。
終演後は、天丼店の横にある通用口前の路上に列をなしたファンの求めに応じ、サイン会まで開いた。(石井健)
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4月12日、東京・浅草公会堂。2時間。
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