自身のラストステージになるという人形劇「ユビュ」の日本ツアーに合わせて、各地でワークショップを開いているネヴィル・トランターさん。自作したユビュの人形とともに=名古屋市で2024年8月(撮影:愛知人形劇センター)

 人形劇界で世界的に著名なネヴィル・トランターさん(69)=オランダ在住=が、演じ手としては最後となる公演に合わせて、日本各地でワークショップを開いている。「人形劇は、観客が参加しながら観察できる唯一の芸術です」というトランターさんから、日本の人形劇パフォーマーたちに伝えられたエッセンスとは。

「静止」することの意味

 人形劇というと子ども向けのものが連想されがちだが、実際には文楽などの伝統芸能に限らず、国内外で大人が楽しめる公演が行われている。

 トランターさんは古典的な物語などを題材に、難民や独裁者といった同時代の問題を連想させる現代人形劇を発表。国際フェスティバルなどで活躍し、各国で講師にも招かれているという。

「人形劇は、観客が参加しながら観察することができる唯一の芸術です」と語り、ワークショップで受講者に技術を伝えるネヴィル・トランターさん=香川県東かがわ市の「人形劇場とらまる座」で2024年8月18日午前11時18分、森田真潮撮影

 今回は、人形劇団プーク(東京都)の招きで来日。札幌、飯田(長野県)、名古屋など5都市を巡っている。8月17、18日に香川県東かがわ市の「人形劇場とらまる座」で行われた集中ワークショップには、国内各地のプロ劇団などで人形劇に取り組む12人が集まった。

 「人形が命を持つという魔法には、技術が必要です」。ワークショップでいつも使っているという老いた男性の人形「ジーノ」を手にしたトランターさんがまず説明したのは、「静止→動作→静止」というリズムだ。

 「観客は、動いているものを見続け、動きが止まったときに頭の中で想像することを始めます」。トランターさんは「ジーノ」の頭をゆっくり持ち上げてみせたり、動きの途中で止めて見せたりしたうえで、受講者に「お客さんを信じて、考える時間を与えることが必要。だからこそ、どの動きを見せるかを厳格に(絞り込んで)選ばないといけない」と語り掛けた。

 観客の視線は人形の目に特に引き付けられるのだから、その目をどの客席からでも見られるように気を配ること。人形の“呼吸”に合わせて、セリフを発する少し前から頭を動かし始め、セリフを言い終えた後も息を吐き終えるまで少し時間を取ってから口を閉じること。トランターさんの解説は「正確な動き」のための細かなテクニックに及んでいく。

 こうした技術の積み重ねによって、人形の動きが自然に感じられ“命”が吹き込まれていくことになる。

観客との対話へ「イメージ」を提示

 人形劇の基本はセリフ以前にまず動きだというトランターさんは「お客さんにイメージ(画)を提示している」と表現する。「人形は舞台に出た瞬間からずっと、周囲の360度で起こることに反応し続けている」とも。

「ユビュ王」では、人形を操るネヴィル・トランターさん自身が「ノーバディー」という原作にはない役を演じる ⒸStuffed Puppet Theatre

 演じ手としては、直接操る人形だけでなく、舞台上の配置や客席の反応など空間全体を把握しながら、観客との“対話”に向けて動きを緻密に組み立てていくことになる。

 観客の心に残る象徴的なイメージとはどのようなものだろうか。意外にも、トランターさんはその一例として歴史的な報道写真を挙げた。中国で1989年に起きた天安門事件の際、集まった群衆の鎮圧に乗り出した人民解放軍の戦車の前に、買い物袋を手に提げた男性が立ちはだかった場面を撮影したものだ。

 たとえばこの写真のような、その場の状況を通じて「世界の中で私たちがいる位置を教えてくれるイメージ」を舞台上で作らなければ、と考えているという。表現と現代社会の現実との関わりを重要視する姿勢を強く感じさせた。

生身の人間にはないメリット

 「誇張された動きでも、繊細な動きでも、演じているという作為を感じさせず自然に見せることができます」「観客が考えていることを人形に投影する余地があり、メタファー(隠喩)を可視化することもできます」――。人形劇には、生身の人間が演じる芝居にはないメリットがあるとトランターさんは強調する。

 参加した愛知県東海市の「人形劇団あっけらかん♪」劇団員の横井和歌子さん(40)は「(感情を込めて)演じようとする前に(動き方の)テクニックを身に着けることが必要だと学んだ」。東京都東村山市の「人形劇団ポポロ」劇団員の山根禄里(ろくり)さん(51)は「論理立った説明で納得できた。(お客さんを退屈させるのではないかと)怖がらずに動きを止めるようにしようと思う」と充実した表情を見せていた。

演じ手としてはネヴィル・トランターさんのラストステージになるという「ユビュ王」。トランターさんは「現代性があり、極端なキャラクターが出てくるのは人形劇向けの戯曲だ」と話す ⒸStuffed Puppet Theatre

25日まで東京で「ユビュ王」公演

 トランターさんは膝を痛めており、演者としては今回の日本ツアーを最後に引退するという。最後の演目は最新作の「ユビュ王」。原作は1896年に初演され、不条理劇の発端になったと位置づけられるアルフレッド・ジャリ(仏)の戯曲だ。

 妻にそそのかされたユビュが王を殺して王位を奪い取り、やりたい放題するが、やがて王位を追われるという筋立て。原作はドタバタ劇の印象が強いが、トランターさんは舞台上で人形を操る自身をユビュに仕える何者でもない「ノーバディー」という新たな役柄として登場させ、全体を約70分間の会話劇として仕立て直した。

 「方向を持たないドタバタ劇でなく、物語として伝えたかった。現代性があり、極端なキャラクターが出てくるのは人形劇向けの戯曲だ」と話す。

 プーク人形劇場(東京・新宿南口、03・3379・0234)で25日まで上演。【森田真潮】

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