二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還した『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。今回はシーズン2で放送された6話の医学的解説についてお届けする。
猫田さんの物語
今回は猫田さんの物語で、6年前の渡海先生とのエピソードもありました。ストーリーに沿って解説していきます。
序盤、早川先生の開発したエルカノダーウィンに菅井教授が天城先生のダイレクトアナストモーシスを学習させようとします。天城先生のダイレクトアナストモーシスは成功率100%で虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)の治療では無敵(もちろんドラマの中だけの話ですが…)。故にエルカノが学習してダーウィンがその手となれば、天城先生はいらなくなってしまうという菅井教授の企ては的を射ています。
天城先生は総資産6000億!の上杉会長のためならと東城大での治験患者手術を引き受けました。
関川先生が田口先生を助手にバイパス手術を行なっているところで猫田さんは器械出しをしているのですが、左内胸動脈と前下行枝のバイパスを見て猫田さんが「左内胸動脈が解離している」と言うところ。
よーく見ていただくと左内胸動脈の一部分に青黒くなっているところがあるんですね。そこが解離している部分になります。解離とは簡単に言うと血管の壁が割れてしまうことを言います。本来は1枚の壁が外膜と内膜の2枚になってしまうんです。すると外膜と内膜の間に血流が入り込み、本来流れるべき血液が流れなくなってしまい、バイパスは閉塞してしまうのです。そこを見逃さなかった猫田さんはやはり只者ではありません。
話はそれますが、スピンオフでもそうですが、関川先生はほんとに面白いですよね。ここの「エルカノだかダーウィンだか知らないが迷惑な話だよ」のところなんて時代劇っぽくて、撮影の時勝手に1人で笑ってしまって…と思ったら監督も爆笑してました。撮影中やその合間にお話しさせていただくことがあるのですが、とにかく一言一言がウケを狙っているわけではないのに面白いんですよね…。
話を戻すと内胸動脈が解離すると、その部分を切って再度バイパスをやり直さないといけないわけです。血管を引っぱったり、粗雑に扱ってしまうと内胸動脈はすぐに解離してしまうので我々心臓外科医は慎重に繊細に内胸動脈を扱っています。
冠動脈を含めた血管の病気
ここで血管の病気について解説します。冠動脈を含めた血管の病気は大きく3種類あります。
一つはシーズン2では何回も出てきている血管の狭窄です。血管が狭くなってしまい、酷くなると閉塞してしまい血液が流れなくなってしまいます。タバコ、肥満、糖尿病、高血圧、高脂血症、家族歴などが主な原因で、血管の壁が硬くなり(動脈硬化)、内腔は汚くなってくるのです。
これが冠動脈で起こると心臓の筋肉に血流が足りなくなり狭心症や心筋梗塞を起こしてしまいます。ダイレクトアナストモーシスはその狭窄や閉塞した部分を新たな動脈(おもに内胸動脈)に取り替えるという術式でした。一般的には狭窄や閉塞部分の先にバイパスする、つまり迂回路を作ったり、狭窄部分や閉塞部分にステントを入れることで血流を改善させて治療しています。
もう一つは先程述べました解離です。血管の壁がなんらかの理由で2枚(外膜と内膜)に割れてしまい、血流が壁に流れ込んでしまい本来流れるべき血流が流れなくなってしまうのです。
また外膜は通常の壁よりも薄いので破れやすく、破れると大出血してしまいます。シーズン1では何度か出てきましたが大動脈の壁が割れてしまうと大動脈解離となり命の危険に晒されてしまい緊急の手術が必要となる場合があります。
猫田さんが8年前に維新大の早川先生のオペに入っていた時、早川先生は大動脈解離の処置をするためにオペ室を出ていきましたよね。あれはあり得なくもないシチュエーションなんです。目の前の患者さんが落ち着いていたら(結局は大動脈縫合部分から大出血してしまうのですが)、大動脈解離の患者さんの診療を優先することは間違いではありません。
そして最後の一つは瘤です。今回の治験患者と早川先生が冠動脈に瘤ができてしまう冠動脈瘤を患っていました。
大動脈に瘤ができてしまう病気が大動脈瘤でシーズン2の2話で黒崎先生が行っていた手術が大動脈瘤の手術(全弓部置換術)になります(天城先生に「どうしてこんなに時間かかるのか知りたい」と黒崎先生言われてしまってましたね)。
瘤の治療はその部分を取って新しい血管に取り替えたり、瘤を切除(切り取り縫合する)して血流がなくなってしまう場合にはバイパスしたり、またはコイルといって瘤の中に細い糸クズをカテーテルで詰めて中を固めてしまう、またはステントを入れてしまい瘤に血液が流れ込まないようにする…などなど色々な治療方法があります。
これは瘤の大きさ、できた場所によって最適な方法が異なり、様々なデータを考慮して治療方針は決まるのです。天城先生がエルカノちゃんと話していて「瘤をコイリングしてバイパスすべきです」と言われてダイレクトアナストモーシスは必要ないとオペを中止しています。
このシーンで天城先生は患者さんの病状にとって最適な方法、つまりオペの成功率が最も高く長期成績が1番良い方法を選択しており、全ての患者さんにダイレクトアナストモーシスを行おうとはしていないということが分かります(4話では詐欺行為と訴えられそうになっていましたが…汗)。
早川先生の手術
早川先生が倒れ、緊急手術が必要となります。冠動脈に瘤ができると1番危険なのは瘤の破裂です。瘤が破裂してしまうと大出血して命に関わります。
もう一つ危険なのは瘤の中に血の塊が出来て冠動脈を塞いでしまうことです。今回はおそらく冠動脈の瘤の中に血栓があり前下行枝への血流が落ちてしまったのでしょう。狭心症の発作を起こしてしまいました。
早川先生の場合は瘤の形態からダイレクトアナストモーシスが1番良いとのこと(現実なら瘤の縫合とバイパス術が選択されると思います)。これは天城先生が行うダイレクトアナストモーシスが1番オペの成功率が高く、長期に長持ちするという意味です。
しかし、天城先生は右手をゴルフで痛めて3日間はオペできないという。ここで緊急処置的に選択された術式が瘤の切除(縫合)と橈骨動脈によるバイパス手術でした。橈骨動脈は腕にある動脈で、良く脈を手首で測る時に触る動脈です。
採ってしまって大丈夫なの?と思われると思いますが、実は尺骨動脈という動脈が反対側にあり橈骨動脈は採ってしまっても大きな問題はないのです。ただ採取する時に神経を触ったりもしますので多少の神経障害が残る場合があります。手を使った細かい作業をされる方にはお勧めはしていません。最近では内視鏡でも採れますので傷も小さくてすみますし、10年程度は長期の開存が期待できるグラフトです。
今回はとりあえず橈骨動脈でバイパスして、3日以上経って天城先生が両手でオペできるようになったら橈骨動脈のバイパスよりも長期成績が良いダイレクトアナストモーシスを行おうという方針となりました。
オペは無事終わるのですが、エルカノダーウィンが暴走してしまい猫田さんが必死に止め、なんとか大惨事を免れたのですが…その夜縫合した瘤から出血してしまいます。
密かに医師免許を取得していた猫田さんはフェルトを使用して瘤の再縫合を行います。フェルトを使用することにより、弱い組織でもしっかりと縫合することができるのです。ここら辺の判断は非常に難しく糸の種類を選ぶのも、かなりの技量がいるのですが、さすが渡海先生のもとで修行しただけあります。フェルトの選択も糸の選択も大正解です。
6年前の回想シーンで渡海先生と猫田さんの縫合練習のシーンは、これまた2人は実際に縫合していて、念のため自分も手元を撮ったのですがはっきりいって必要ないと思うくらい2人は上手でした。
前室で練習していると、あー6年前もやったやったとスイスイ縫っていて手のブレも全くなく本番もスイスイ。これはもう俳優という職業と外科手技の手元の器用さは相関関係があるような気がしてなりません。
普通は持針器を外す(開く)だけでも難しいのですが、きちんとした力の入れ方でスムーズに外し、ブレることなく針を把持(つかむことが)できる。鑷子での針の保持する力も安定していて、外科医としてのセンスも抜群でした。
この時、天城先生は「回旋枝(かいせんし)に気をつけて」と言っています。これは瘤(左主幹部)の近くには前下行枝と回旋枝があり、前下行枝はバイパスしてあり血流は問題ないのですが、もし瘤を深く縫い過ぎてしまうと回旋枝の根本が閉塞してしまう可能性があるから気をつけて、と言っているのです。結果的にはちゃんと止血はできたものの回旋枝が閉塞してしまい血流が途絶えてしまいました。
アラームが鳴りSTが上昇しています!と新井さんが言ってくれるのですが、このSTとは心電図の一部で、この部分が上がっていると心臓の筋肉に血液が行ってないよ、ということを意味します。こうなると急いで血流を流さないといけません。天城先生は自身の左手とエルカノダーウィンと猫田さんでダイレクトアナストモーシスを行います。
左手メッツエンや持針器で針を扱う天城先生、剥離を共にする猫田先生、その間ダーウィンを操作する私…非常に大変な撮影でありましたがカッコ良いオペシーンが撮れました。狭い術野で何本もの道具を同時に操作する手元撮影は本当に大変でした(汗)。
今回の天城先生のシャンスサンプルはいつもと少し違うテスト形式でした。内胸動脈は今回のポート(ダーウィンのアームが挿入される穴)の位置からすると左の内胸動脈は近すぎて取りにくく、かつ画像所見から右の内胸動脈の方が太くて性状が良好であったため、右の内胸動脈が適応としては良く、猫田さんは見事に的中させたという流れでした。
上杉会長の入院
上杉会長の手術を天城先生は行うこととなったのですが、予定手術の前に急変してしまいます。
上杉会長は元々ダイレクトアナストモーシスが必要な患者さんですので、狭心症(冠動脈が狭い)を患っています。この患者さんが急変するということは、狭心症が悪化するか、冠動脈の狭いところが詰まってしまい急性心筋梗塞になってしまうということです。
心臓の筋肉に血液が行かなくなると、心臓の動きは悪くなりギュッと縮まることが出来なくなってしまいます。そうすると心臓の部屋は大きくなり、中の扉(弁)が閉まらなくなって逆流してしまうのです。部屋が大きくなると扉の枠も大きくなってしまい扉がしっかり閉じませんよね。全く同じ状況が心筋梗塞になると起こる場合があるのです。
手術が始まる前の心エコー検査で上杉会長が僧帽弁閉鎖不全症となっていることに世良先生は気付きます。ここで佐伯教授が佐伯式で僧帽弁を治療しようとするのですが、留まります。これは判断としてはあり得る判断です。
心筋梗塞の状態ですと心臓の筋肉は非常に脆くなってしまい、また心臓の機能は非常に悪くなってしまいます。この状態でバイパス手術や僧帽弁の手術をすると、返って状況が悪くなってしまうことがあるのです。
非常に専門的で施設により方針は異なるのですが、佐伯先生は心臓の状態を見て薬物治療に切り替えるという判断をしました。
今回は猫田さん(先生)と渡海先生の師弟関係が随所に描かれており、台本を読んだ段階で泣けてきました。猫田先生には早く海外から戻ってきて欲しい。
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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科
山岸 俊介
冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。
平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。
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