本を読んで生きている

 和歌山市の中心商店街「ぶらくり丁」かいわいに、本好きをうならせる選書で評判の書店「本町文化堂」があります。店舗2階にはイベントスペースを併設し、近くのミニシアターとタッグを組んで映画上映会や講演会なども開いています。店主の嶋田詔太さんが、オススメの本を通じて日常をつづります。

松永K三蔵「バリ山行」から

昔の人はそうやってルートファインディング、もちろんそんな言葉もなかったけど、山に入って沢沿いとか尾根伝いに、歩けそうな径を探して歩いたんだよね。だからある意味でバリエーションっていうのが一番本来の山登りに近いのかもね。/まぁ確かに危ないし、マナー違反だ、自然を荒らすなって、松浦さんみたいに言う人もいるけどね

 今年上半期の芥川賞受賞作、松永K三蔵さんの「バリ山行(さんこう)」は純文学でありながら、エンタメ性も十分にあるスポーツ小説としてもとても面白く読んだ。

 「バリ」とは「バリエーションルート」の略で、整備・舗装された登山道から外れ、やぶの中に分け入り、時に垂直の岩場や滝を進む登山のこと。六甲山を舞台に、会社の親睦イベントがきっかけで登山を始めた主人公が、社内で厄介者扱いされている変わり者の先輩がバリの達人だと知り、やがて彼に導かれるまま、はじめてのバリ山行に臨む物語。

 この作品で初めてバリという言葉を知ったが、作中、「なんでバリをやってるんですか?」という主人公の問いに先輩が「おもしろいからだよ」と答える通り、そのおもしろさが、没入感のある山行の描写を通して、十二分に伝わってくる。

 もっとも一歩間違えれば命の危険があるバリは、安全を無視したルール違反の行為だと眉をひそめる登山愛好家もいる。

 読みながら連想したのがスケートボード競技だ。

 オリンピックにあまり関心がない自分でも、テレビでスケートボードやBMX競技の中継が流れていれば、ついつい見てしまうのは、日の丸を背負うという圧や、勝ち負けへの執着がはた目にあまり感じられず、解説者も、国籍にこだわらず競技者のプレーを楽しんでいる雰囲気が心地よいから。

 選手紹介を聞けば、スケートパークで練習した選手もいれば、ストリートで技術を磨いた選手もいるらしい。

 もともとスケートボードはストリート・スポーツと呼ばれるように町の中、ビルの手すりや階段、公園のベンチなどを使って技(トリック)を決める。

 時にそれは私有物や公共物を傷める行為でもあり、マナーやルール違反だとみなされるが、本来ストリート・スポーツには、都市の再開発が進み、日々新たに作られるルールが、治安や美観のため(それは公園でのボール遊びや自転車の禁止であったり、人が寝転がれないベンチであったり)、それにそぐわない人たちを公共の空間から排除することへの、文化的な抵抗といった側面があったことを、その是非とは別に、知識として持っておいてもよいだろう。

 無論、社会の中で決められたマナーやルールを守ることは大切である。

 一方で気付けば増えていく、新しいマナーやルールに息苦しさを感じることが無いと言えばうそになる。

 だからこそ、ストリートの手すりや階段を模した、疑似的な都市空間を駆け回るスケートボード競技や、小説の中で描かれる、決められたルートから外れて山を分け入るバリ山行の一歩一歩に、ひと時の自由の悦楽を覚えるのだと思う。(嶋田詔太(本町文化堂店主))

嶋田詔太さんのプロフィール

しまだ しょうた 和歌山市のぶらくり丁かいわいで本屋「本町文化堂」を営む。

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