中国・上海で打たれた囲碁の国際棋戦「第10回応氏杯(おうしはい)世界選手権」五番勝負を3連勝で制した一力遼本因坊(27)が9日帰国し、東京都千代田区の日本棋院で記者会見に臨んだ。2023年9~10月に中国・杭州で行われたアジア大会で、韓国が出場選手以外の棋士も同行して手厚いサポート体制を敷いていたことをまねて、許家元九段(26)が通訳と研究パートナーとして同行したことが、優勝の大きな原動力になったことを明かした。記者会見での報道陣との主なやり取りは以下の通り。【丸山進】
純粋に楽しんだ大舞台
――世界一になった心境を改めて。
一力本因坊 優勝を決めることができて、今日ここにいるのが不思議な気持ち。昨日、対局後の表彰式で重いトロフィーを抱えた時や、多くの人にお祝いしてもらってやっと少しずつ優勝の実感が湧いてきた。
――優勝できた要因は。
◆応氏杯は初めて決勝に残ることができた。準決勝三番勝負で、中国の柯潔さんを2勝1敗で制することができたのが大きな自信になった。長い間、日本は優勝から遠ざかっていたし、今回の応氏杯で周囲の期待が大きいのも肌で感じていた。そういった重圧をあまり強く感じすぎず、一番上の舞台で中国の強い人と戦えるのを純粋に楽しもうと決勝五番勝負を戦ったのがいい結果につながった。
――優勝の瞬間、どんな気持ちだったか。
◆途中までかなり苦しくて、逆転してよくなったが最後まで気が抜けなかった。勝ちを意識した時は手が震えそうな場面もあった。「これでやっと長い五番勝負が終わったんだな」というのが、相手が投了した時の最初の感想だった。
――世界王者になって見える景色は変わったか。
◆まだまだ中国・韓国に強い棋士がたくさんいるし、ナンバーワンの申真諝(シン・ジンソ)さんにはまだ及ばない部分が多くある。少しでもそういう棋士との差を詰めていきたい。
――優勝できる自信はあったか。
◆持ち時間3時間半と長い持ち時間の対局であれば、昼食休憩のある5時間とか8時間の碁を経験している自分の方が有利と思っていた。謝科さんには今まで一度も勝てていなかったが、慣れている持ち時間設定だったので、優勝を狙えるという自信はあった。3時間半の持ち時間は、使い果たすと名人戦リーグ(5時間)と大体同じ。7月にあった名人戦リーグは、応氏杯を意識した時間配分で臨んだ。
――自分のやってきたことで何が大きかったか。
◆2年前から、心技体の「心」の部分を強化してきた。いろいろ経験を積むにつれて、大舞台でも今までほど気負わなかったり動じなかったりするようになり、メンタル面の成長は感じている。
――子供の頃に憧れた張栩九段以来の主要国際戦での優勝になった。
◆張栩さんは自分が院生時代にタイトルを一番多く取っていて、トップ棋士のオーラを一番感じた先生だった。入段した後も個人的にお世話になり、張栩さんのように世界戦で優勝するような棋士になりたいとずっと思い浮かべていた。昨日の第3局、日本棋院で大盤解説をすると聞き、(第3局で)決めたいという気持ちもあり、それが実現できて非常にうれしい。
前日も研究 心強かった同行者の存在
――同行した許家元九段はどういう存在だったか。
◆ベスト16の時点で日本勢は私一人だったので不安な部分が多かったが、許家元さんが同行してくれたことで精神的にもかなり心強かった。前日に一緒に布石の研究ができた。4月の予選、7月の準決勝に同行してくれたことが優勝の原動力になった。決勝進出を決めた時、許さんは「世界チャンピオンになるのを間近で見たい」と言ってくれてうれしかった。それを果たすことができて少し恩返しをすることができた。
――第3局は許九段との前日の布石研究がばっちりはまった。
◆途中までは予定通りだったが、早い段階から想定から外れた。前日にいろいろ研究していて、多少違う局面になっても対応できた。間近で研究仲間としてやってくれたのは非常に心強かった。
――今後の国際戦も誰かに同行してもらうか。
◆将来は分からないが、許さんも選手として世界戦で上位で活躍してほしい気持ちもあるので、今後は2人で選手として残っていけたらいい。昨年、アジア大会で負けた時、世界戦に向けたサポート体制は中国・韓国に比べると弱いと感じた。韓国は選手のほかに別の選手が常に同行し、万全の状態という印象を受けたので、中国・韓国のいいシステムは積極的に取り入れていきたい。
前例を覆したい
――今春、河北新報社の取締役になった。“二刀流”では世界王者になれないと言われてきた。
◆もちろん二つやるのは大変な部分があるし、周囲にはそういう声もあったが、前例にないことに挑戦するのはやりがいも感じている。10年前は大学まで行ってタイトルを取る棋士はいなかった(が大学に進学してタイトルを取った)。そういう、今まで前例がなかったことをいい意味で覆していきたい気持ちはずっと持っている。
――年齢的にはピークを迎えているが。
◆今までの中では一番いい状態に来ていると思うが、まだまだ成長していきたい。年齢のことは気にせず、日々成長を積み重ねていきたいので、今がピークとは考えていない。
――今後の目標は。
◆世界戦で優勝できたのは大きかったが、これから二つ三つと優勝を重ねていくのは非常に大変だが、そこにチャレンジしていきたい気持ちはある。日本の棋士全体の底上げに自分が先頭を切ってやっていけたらと思う。年下の若手と対局したり研究会をやったりしていきたい。
中国ファン30人 優勝後に出待ち
――現状の中国、韓国との勢力図をどう分析するか。
◆まだ中国・韓国とは少し差があるが、トップの実力差は申真諝さんは一つ抜けている印象だが、その他の棋士は大きな差はない。トップ層の実力はAIの影響もあって拮抗(きっこう)してきている。ただ、中国ではトップに匹敵するような棋士が30~40人と層が厚い。トップを狙えるような層の厚さを日本でも築いていかないと厳しい。1人が結果を出すと次は自分も、と思う人が増えてくるのは他の業界でもある。若手の棋士がそう思ってくれれば、今回優勝したかいがある。
――中国では「神」と呼ばれている。
◆いつからかそう呼ばれていて少し気恥ずかしい。中国に行くと多くのファンがいて、日本にいる時よりもファンの密度が高い。ホテルでも出待ちがいる。昨日も優勝記者会見後にロビーで30人くらいの中国人がサインを求めて待っていた。中国の若者の熱の高さを感じたし、日本でも若い世代にもっと関心を持ってもらえたらうれしい。
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