医薬品・医療機器の開発過程で人体への有効性や安全性を確認するために行われる治験(臨床試験)の「調整役」となる治験コーディネーター(CRC)。放映中の医療ドラマ『ブラックペアン シーズン2』でも、医師からも頼りにされるなど、医療の未来のために奔走する治験コーディネーターの姿が描かれる。
医療機関と契約し、GCP(医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令)に基づき適正で円滑な治験が実施できるよう煩雑な治験業務を支援するSMO(Site Management Organization:治験施設支援機関)を取りまとめる「日本SMO協会」で会長を務める後藤美穂さんに、治験コーディネーターに求められるスキルや、患者との向き合い方、思いなどを聞いた。
治験を円滑に進めるコミュニケーションスキル
——治験コーディネーター(CRC)の仕事に求められるスキルや特性についてお聞かせください。
CRCの仕事は、有効性と安全性が確保された新たな薬や医療機器を世の中に出すために必要なものであり、そのためには薬や医療機器、疾患などの知識が当然求められます。またGCP省令という法律に則り行われますので、法的な知識も必要です。それらと共に非常に重要なのは、コミュニケーションスキルだと感じています。治験に参加してくださる被験者さんと、医療機関の医師や看護師、製薬会社などをつないで治験を円滑に推進していくのがCRCの役割であり、高いコミュニケーションスキルが求められます。
——患者の症例に合わせて事例をマッチさせていくのでしょうか?
治験は「この治験薬を服薬したい」とおっしゃった方が誰でも参加できるわけではありません。まずは治験に参加する基準を満たしているか否かを、医師の指示の下、CRCが確認の補助を行います。その治験のスケジュールに合わせて治験に協力頂けるかについては、患者本人だけでなく、場合によってはご家族などの協力も必要になりますし、医療機関においても、医師や看護師、検査部門など、治験が実施できる体制なのか、確認していく必要があります。そうしたいろいろなところにアンテナを張りながら進めていきます。
被験者と1対1で過ごす時間を丁寧に
——コミュニケーションを取る上で、誤った伝わり方をしないように特に気を付けていることはありますか?
治験に参加してくださる方には、同意説明文書を確認してご理解いただいた上で進めていくのですが、例えば、診断がついてすぐに治験の説明を受けることもあり、その場合は話が頭に入らないこともあります。そうした状況を理解しながら、寄り添うような言葉掛けをしたり、一方的に話すのではなく、質問を投げ掛け内容への理解度を確認しながら、医師の説明で分からないことはないかなど、話をしていきます。
医師のスケジュールを調整するにあたっても、口頭で伝えるだけでなく、分かりやすいようにスライドを作るなどして、コミュニケーションエラーが起きない的確な方法を見極めて、それに合わせた形で進めていくようにしています。
患者さんが治験に参加するとおっしゃっても、自宅に帰ってからご家族から反対されるケースもあるので、治験を受けるご本人だけでなく、必要に応じて、ご家族の方にフォローの電話を入れることもあります。
皆さんが理解して納得した上で進めていくことは、時間を要しますが、すごく丁寧に行わなければいけないところですし、納得して治験に参加を決めた方でも、いざ治験が始まると、「思っていたのと違う」という状況があったり、気持ちは刻一刻と変わりますので、お会いするたびにお話し、その時点での気持ちを何度も確認しながら進めます。
——患者さんと向き合う中で感じる、CRCの仕事の面白さとは?
治験にもよるのですが、被験者の方と1対1で過ごす時間はとても長いんです。もともと看護師として病院で勤務していましたが、その時は40人近くいる病棟を担当していました。CRCになって1人の方に接する時間が長くなり、丁寧に接することができる楽しみや良さをすごく感じています。
そうした被験者さんとの関わりに加えて、CRCの仕事をしていて一番うれしいのは、自分が一生懸命関わっていた治験薬が承認されることです。後に、CRCとして病院で業務を行っている時に、自分が関わった治験薬が実際に他の患者さんに使われているのを知り、やっていてよかったなと思います。治験は承認されるまでに時間もかかるので、それを知るとうれしいです。
——やりがいはどのようなときに感じますか?
治験では、治験実施計画書というものを順守することが求められ、例えば治験薬との組み合わせで服薬してはいけない薬などが厳格に決められています。とはいえ、教科書通りにはいかないですし、患者さんも生身の人間なので、分からずに風邪薬を飲んでしまうことや、歯科で知らずに麻酔を受けてしまうなど、いわゆる治験の逸脱行為に該当してしまうこともあります。そうしたケースを防ぐために、被験者さんが飲むかもしれない薬などを事前に医師と相談し工夫しながら進めていきます。
治験に入る患者さんのこれまでの人生をはじめ、歯の治療をしそうだな、とか、花粉症の時期だな、と考えて、事前に情報提供するなど、いろいろな情報を持ってコーディネートすることが大事だと思います。先回りして情報を収集して対応していくスキルも必要になります。それがうまく進んだときなどは、いろいろ勉強してやってきてよかったなとやりがいを感じますね。
クリエイティブな仕事に触れ看護師からCRCに
——後藤さんがご自身のキャリアの中でCRCを選んだきっかけは何だったのでしょうか?
看護師として最初に働いた病棟が精神科病棟だったのですが、幻覚や妄想などに悩まされているような重症な患者さんが入院され薬を飲んで自分らしさを取り戻して落ち着いていくところを見て、薬の力を間近に感じていました。
ちょうどその頃病棟で治験が始まって、私たち看護師にCRCの方が「このタイミングでこの採血をしてください」「この時間にこうチェックをして体の状態に問題ないか見てください」など、いろいろ指示を出してくださっていました。1人の患者さんをめぐって、看護師や薬剤部や医師などいろいろな人たちをつないでコーディネートしている姿を見て、とてもクリエイティブですごい仕事だなと感じて、CRCになりたいと思いました。
——後藤さんがCRCとして天城雪彦(演・二宮和也)のように「変えられない自分のスタイル」としてこだわりを持っていることはありますか?
CRCとして働く中で、患者さんがどう思っているのか、理解して、納得した上で治験に参加するというところを、やはりとても大事にしています。
例えば説明を聞いて「AとBとCという治療法があります。その一つは治験です。どれにしますか?」と言われても、どれがいいのか判断できないというときに、適切な判断ができるように、適確な情報をできるだけ伝えて、その情報を元に自分で選べるようにしていただきたい。ただ選んでくださいと言うと無責任だと思うのですが、選べるように患者さんに必要な知識や情報を伝えて、情報量がありすぎても混乱するだけなので、それも含めて的確に伝えてあげる必要があります。
その結果、患者さんご自身の力で選んで、納得して進めることが大事だと思います。治験に参加してくださる方と製薬会社、医療機関の医師との間に立つような役回りの中で、患者さんの思いを大事にすること、うまく間に入りながら患者さんの意思を尊重して対応することを、一番大事にしています。
ドラマを見て「CRCになりたい人が増えれば」
——CRCの第一人者として、本作をどのように見られていますか?
治験は、薬の開発などで医療を新しい方向に進めていくものなので、新しい、明るい未来が見て取れる番組は素晴らしいと思っています。『ブラックペアン』の中でもいろいろなキャラクターがいて、最終的には患者さんの明るい未来に向かっているのを見て、とてもうれしい気持ちです。見ていてもすごく面白いですし、CRCについても「なりたい」と思ってくださる方が増えるといいなと思っています。
ドラマの中では田中みな実さん(椎野美咲役)がCRCを演じていらっしゃいますが、教授にも頼りにされていて、すごくコミュニケーション能力が高いですよね。治験薬を使いながらの公開オペのシーンでは、裏では私たちのようなCRCが一生懸命動いているなと思ったり、これは実際にもあり得るねと話したり、CRCだから分かることもあり、楽しいです。
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