まるでコンビのように息の合った対談をしたパックン(左)と村本 TORU YAGUCHI FOR NEWSWEEK JAPAN(2)
<アメリカに渡り、出場料を払ってバーやクラブでネタを披露する「修行の日々」を送る村本大輔。ネタはチャットGPTを使って準備?──(「村本大輔×パックン」対談)>
村本大輔と中川パラダイスが2008年に結成、13年にNHK上方漫才コンテストと年末のお笑い番組『THE MANZAI』で優勝し、人気芸人となったウーマンラッシュアワー。しかし村本の政治に関する発言やネタがたびたび炎上し、21年には「テレビから消えた芸人」に──。
その後、村本は1人で活動を始め、風刺を織り交ぜたスタンダップコメディーに挑戦すべくアメリカ行きを宣言。現在はニューヨークで暮らし、バーやクラブでネタを披露する「修行の日々」を送る(コンビでの活動は休止中)。
そんな彼に密着したドキュメンタリー映画『アイアム・ア・コメディアン』(日向史有監督)が7月初旬に公開された。それに合わせて一時帰国した村本と、かつてアメリカから日本に来て漫才に挑んだパックンが、異国での挑戦や米コメディー事情について語り合った。
◇ ◇ ◇パックン 2月末に本格的に渡米して、今はどんな状況?
村本大輔 ニューヨークで毎日、いろいろなオープンマイクに出ている。チャットGPTを使ってネタを準備して。(舞台で)ネタを忘れたら、メモを読んだりしているけど。
パックン 読者のために解説すると、オープンマイクとは入場料を払えば誰でも挑戦できるスタンダップのステージ。
村本 本当にいっちばん下の、駆け出しの芸人の子たちと一緒に出てんのよ。
パックン でも、それが世界への挑戦でしょ。まさにアメリカンスタイル。コメディアンはみんなオープンマイクを通過する。
村本 オープンマイクの呪縛霊がいるんですよ。オープンマイク一筋30年のおじいさんとか。あれを見ると、自分も予備軍かなと思ってめっちゃ怖くなる。
パックン なぜ日本で実績も知名度もあるのに、アメリカで挑戦しようと思ったの?
村本 テレビで風刺ネタをしたとき、SNSでアメリカ人から「ジョージ・カーリンを思い出した」って言われた。誰かと思っていたら、ちょうどその頃、秋元康さんっていう日本のロリコン文化の生みの親から......。
パックン いや、生みの親じゃないよ。昔からあったから。
村本 じゃあ義父。その秋元さんからジョージ・カーリンの話を聞いた。それでネットフリックスなんかを見て調べて、「あれ? コメディーにオピニオンを持ち込んでいるコメディアンか?」と知った。
パックン 社会風刺ね。
村本 社会風刺や、私はこう思うといったことね。日本の漫才は意見というより、何かを演じるスタイルだけど......。それがきっかけで、アメリカに行ってみたいと思った。
TORU YAGUCHI FOR NEWSWEEK JAPANパックン 彼の好きなネタは。
村本 セブンワーズとか、宗教の話とか。
パックン 鉄板ですね。セブンワーズっていうのは、テレビで言えない7つの放送禁止用語をひたすら言う漫談。
村本 彼はそれで訴えられて、裁判で勝った。コメディアンが権利のために闘うなんて、考えたこともなかったから感動しちゃって。ホワイトハウスの晩餐会でコメディアンが大統領をディスるというカルチャーにもびっくりした。
パックン 日本にはないものだから。
村本 吉本にはないからね。パックンは漫才とスタンダップの違いはどう思う?
パックン 漫才は本人より架空人物のものですね。スタンダップはプライベートな話が多く、自分の体験やつらかった思い出や性癖も話すし、弱点をさらけ出すセラピーのような感じ。セラピーと何が違うかというと、治らないこと(笑)。それからスタンダップでは、政治的意見でも社会風刺でも聞く側は受け入れる。
村本 日本ではちょっと違う。「それはお笑いじゃない」ってよく言われる。
パックン でも落語家では政治的な話をする人もいて、例えば立川談志師匠はそうだった。爆笑問題も舞台では政治的な話をやる。だから全くゼロではないけど、それでもスタンダップとは違うよね。
村本 俺、今すごく自由で、俺の映画を見た人に「あの頃の顔とアメリカに行ってからの顔が全然違う」って言われた。つき物が取れたようだ、と。パックンはアメリカから日本に来て、生きづらいとか感じたことなかった?
パックン 堅苦しいと思うことは何回かあった。英会話学校の講師だった頃、ホームパーティーをした翌日に社長と一緒に菓子折りを持って近所を謝りに回ったときとか。
村本 福井県の英会話学校か。俺の地元だ。
パックン そう。ホームパーティーでちょっと騒いだら、社長にチクられた。僕の家に来て、苦情を言えばいいのに。
村本 それが日本のスタイル。
パックン でも僕をチクった人の家が半年間工事をして、すっごいうるさかったね。1日のパーティーと半年の工事なら、工事が断然うるさい。
村本 沖縄の空はもっとうるさいから、アメリカのせいで。あれもパーティー?
パックン いや、パーティーじゃないけど......。そもそも論に戻ると、日本にないお笑いにアメリカで挑戦して、最終的に逆輸入したい? それともアメリカでやっていく?
村本 日本に戻ってきたいとも、アメリカにいたいとも思ってない。ただ自分がおじいちゃんになったときに、いいジョークが言えるようになれたらうれしい、ってことだけ。自分のコメディーがよくなるのなら、場所はどこでもいい。
福井県はすごく保守的な所で、地元のおおい町には何にもない。原発の町ね。そこから大阪に行って世界が開け、東京に行ってまた考え方が変わって。それで自分の芸も変わっていき、福井にいたら見えなかったことに気付いたりした。今はアメリカで新鮮なことがいっぱいある。
パックン 2月から今までにひらめいたジョークはある?
村本 例えばイスラエルのネタ。(イスラエルのパレスチナ攻撃に抗議する)エール大学やコロンビア大学の学生たちが大学を占拠している、あいつらをどうにかしろ。大学の先生をイスラエル兵に替えればいいんだ。彼らは何十年も占領を......という感じで、「約束の地」や聖書でオチをつけたら、笑ってくれる人もいたし怒る人もいて、すごい反応があった。でもこれを日本でやってもウケないと思う。
パックン 際どいね。パレスチナ問題で笑いを取るには、どちらかの支持者だけがいる場所でないと本当に際どい。
村本 日本でもそうだったからね。沖縄の辺野古の話とか朝鮮学校の話とか、すごいクレームとか来る。でもね、イスラエルネタはチャットGPTが訳してくれないの。複雑な問題なので訳せません、という感じのエラーが出る。
パックン マジで?
村本 そういうときには、イスラエルを「ご飯」なんかにして訳して、後でそれをイスラエルに変える。
パックン 村本さんが日本でやっている漫才はすごくハイテンポで、言葉の一つ一つを洗練させている。たぶん、チャットGPTの言葉遣いはベストではないよね?
村本 ですね。だからステージが終わった後に周りのコメディアンたちが、この部分はこうしたほうがいいとか教えてくれる。コメディークラブの帰り道にホームレスの人に「お金ちょうだい」って言われたら、逆に「ちょっとネタ聞いてくれない?」って頼むこともあるし。そうすると、いろんなことを教えてくれる。いつもみんなが先生だよ。
パックン いずれは完璧に英語を操りたいでしょ? スタンダップは「客いじり」もやらなきゃいけない。
村本 いや、やらなくていい。
パックン やらなくていい?
村本 お客さんいじりは時間の無駄だから。それより5分の中に自分のネタを詰め込んで、笑いを取りたい。アドリブの会話より作品を作りたい。
パックン 5年以内に何かを突破、といった目標はある? 呪縛霊にならないために。
村本 目標はないから、それが大変なところだよね。(自分は今)43歳で期限ってもう存在しないのかな、それは金がなくなって死ぬときかなって思う。ネタを作ってマイクの前でやるのがとにかく好きで、それが結果的に何かになればいいけど。
誰も笑ってくれなくなったら、やめるんじゃない? 今はありがたいことにウケるから。
パックン ウケてる?
村本 この間、飛び込みでコメディークラブに出て優勝した。知り合いの芸人に、どこかでネタできない?ってメッセージを送ったら、30分以内にウィリアムズバーグに来いと言われてウーバーで行った。参加者50人くらいが名前を書いた紙をバケツに入れて、呼ばれたらネタをできる。運よく呼ばれて、めっちゃウケた。
俺を誘ってくれた奴が「この後で3組が呼ばれてワンライナーのジョークをやる」って言うので、「なんかあったっけ、1分のやつ」って必死にメモを探した。
パックン ワンライナーは、本当に一言で終わるやつね。ネタ持ってるんですか?
村本 うん。でも、俺のやつはちょっと長かった。結局優勝して400ドルもらって、それがアメリカで初めてもらったお金。忘れない、あの夜は。
パックン そのネタは?
村本 アメリカはクレイジーな奴ばっかりだな。この間、新生児が公園のベンチに捨てられていたけど、日本人なら絶対そんなことしない。ちゃんとゴミ箱に捨てる......って。
パックン 面白い! 日本人はゴミを持って帰る、でもいいかもね。アメリカ人は「ポイ捨てする」にして、litterって単語を使ったら? そっちのほうがもっとウケるよ。
村本 これなのよ、アメリカ人って。みんな介入してくる。そういう感覚で、クジラ漁も止めてくるから(笑)。
パックン 僕は逆に、日本人が言ってくれなくて困ってた。
村本 「パックン、こうしたほうがいいよ」って言ってくれなかったのか。
パックン そう。だから自分で冒険して試さなきゃいけなかった。マックンは言ってくれるけど、ほかの芸人先輩や同輩は何も言わないんですよ。
村本 アメリカ人はめっちゃ言ってくるのよ。めっちゃ。
パックン 教える文化と見習う文化の違いですよ。日本では芸を見て盗むって言うじゃないですか。この道20年でやっと一人前みたいなことを言うけど、「いやいや、ちょっと指導すれば半年でできる技でしょう」と。日本のお客さんとアメリカのお客さんのウケ方の違いは何ですか。
村本 アメリカのお客さんの「フウーッ⤴」て盛り上げるやつ? みんな楽しみ方を知ってるなと思う。日本人はやっぱりおとなしいのか、みんな最初は教習所の違反者講習みたいなの。
パックン アメリカでは拍手も笑いもヒューヒューもある。引くときのリアクションも口に出してくれて、それも笑いが生まれる瞬間じゃない?
そういえば映画では、コロナ禍でライブが次々中止になって泣いているシーンがあった。アメリカでは、不安で押しつぶされそうになって思わず泣いてしまったりは?
村本 ありましたよ、うん。だって滑ることばっかりだし、言葉も分かんないし、悔しくて電話しようと思っても日本は真夜中だし。そんなことが続くと、急に涙があふれてくることもありますよ。でもネタがウケたときはほんっとにうれしいから、全部チャラになる。1人でマンハッタンの夜中に「ウケたぞー!」って。
一番悔しかったのは、オープンマイクで俺の後に出たコメディアンに、しゃべり方をまねされたこと。でもその日は俺のほうがウケていて、こいつは英語しゃべれるのにしゃべれない奴より滑ってるよ?って思った。だって、乙武(洋匡)さんにマラソンで負けるようなものでしょ。
パックン 僕は笑いませんよ。
村本 そんなとき、俺はもともと自分が持っていない言葉で挑戦して、この悔しさを笑いで取り返すっていう気持ちになる。
パックン 挑戦してるだけでかっこいいし、自分に言い聞かせることも大事ですよ。僕は英語に挑戦している日本の皆さんの励みになるよう、テレビでわざと日本語を間違えるんです。本当は完璧にしゃべれるけど、わざと間違える。
村本 俺も英語を間違えたら、そう言おう。
(構成・大橋希)
<本誌2024年8月13/20日号掲載>
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