9月16日は「敬老の日」。特集は90歳のバレエ講師です。長野市にバレエ教室を創設して60年。今も平日は毎日、子どもたちを指導していて、「生きている限りは」と情熱を燃やしています。
■教え子には海外で活躍するダンサーも
バレエの練習に励む子どもたち。こちらは長野市の「白鳥バレエ学園」の教室です。
指導するのは、塚田みほりさんと、母で「学園」の創設者でもある塚田たまゑさんです。
塚田たまゑさん:
「真っすぐ、お尻、中に入れて」
たまゑさんは昭和9(1934)年生まれの90歳。週5日、5時間ほど指導している他、週に一度は新幹線で移動し上田市の教室も受け持っています。
白鳥バレエ学園は今年で60周年。
教室は県内に14カ所、「卒業生」は約1万人にのぼります。
その中には世界的なコンクールで優勝した二山治雄さんなど海外で活躍するダンサーも。
教室を発展させたのは、たまゑさんの衰えぬバレエへの情熱です。
塚田たまゑさん(90):
「(バレエは)厳しく、美しく、しかもみんなができないことをやるから、見ている人たちは感動する。観客も一緒に踊っている仲間になる、舞台と客席と一緒になる、その瞬間が素晴らしい」
■14歳の時に「西洋舞踏」に出会う
たまゑさんは10人きょうだいの末っ子。小学校時代は戦争真っ只中。二番目の兄を戦地で失っています。
塚田たまゑさん:
「母がお線香をあげて泣き伏したのをよく覚えている。どのくらいつらかったか、本当にそうやって大事な息子たちをみんな」
戦後は環境が一変。軍国主義は一掃されいわゆる「墨塗りの教科書」を手にした、たまゑさんは学校に通うこと自体に疑問を感じるようになります。
そうした中、音楽好きの兄の影響もあって、14歳の時に「西洋舞踏」に出会い、のめり込んでいきます。
そしてー
塚田たまゑさん:
「みんなが勉強している間に私は自分で自分のやりたいことをやるから、だから学校は一切もう、きょうから行かないと高校を辞めたんですよ。好きなんですよね、結局は。舞台で拍手を受けるのは気分良さそうだなと。舞台で一緒にこう踊ってみたいなってそういう欲望があったから」
■17歳で教室の講師に
教室に通ってバレエの基礎を学んで3年。17歳になったたまゑさんは教室の講師を任せられます。
塚田たまゑさん:
「最初にお稽古所を持たされたのが松代で、自分でポスターを書いて生徒募集の、それでのりを作って自転車にくくり付けて長野から松代まで自転車で行って、それを電信柱みんな貼って歩いて」
その後は講師をしながら舞台にも立ち、沖縄やインドなどさまざまな踊りも吸収していったと言います。
結婚もバレエが縁。国鉄マンとして働く傍らバレエを習っていた茂男さんと23歳で結婚し、2人の娘を授かりました。
31歳のとき、たまゑさんは思い切った決断します。独立して「白鳥バレエ学園」を創設したのです。
■夫のおかげ 子育てと教室の両立
当時は次女のみほりさんが生まれたばかり。子育てと教室を何とか両立できたのは夫や、幼い娘たちの面倒を見てくれた人たちのおかげだったと言います。
塚田たまゑさん:
「父親(夫)もずいぶん子育てに協力してくれるし、放り出したいときも多々あったと思いますけど、支えてくれる人たちのことを考えたらそんなわがままは許されない」
あれから60年。たまゑさんを見て成長した長女・まゆりさん、次女・みほりさんはダンス・バレエの指導者となって教室を盛り立ててきました。
長女・塚田まゆりさん:
「(母は)頑張り屋さんだと思います。すごい1つのことに対して追求心が多く、歯を食いしばって、こういく根性みたいなのがすごいんだろうな。そういうものを持って生まれた方だと思う」
■向上心 常に海外に目を
たまゑさんには指導する上で大切にしてきたことがあります。
塚田たまゑさん:
「これはローザンヌへ行った時の写真」
それは常に海外に目を向けること。2024年1月にも、スイス・ローザンヌを訪れました。
塚田たまゑさん:
「毎年、世界の若者たちの成長ぶりを見ないと、私が成長できないと思ってね」
40年ほど前からローザンヌ国際バレエコンクールに毎年参加。
2014年には当時17歳の二山治雄さんが優勝を成し遂げました。
塚田たまゑさん:
「日本の中で、ただお稽古をしたり、コンクールに出ているだけでは、世界が見られない。世界から集まる若者たちの今を勉強したくて」
■「生きている限り」
8月の発表会。
演目の多くの演出・振付は今もたまゑさんが担当しています。
塚田たまゑさん:
「好きなんです、作るのが。人のまねをするのは嫌だから、私のものを出していかないと、誰かのものじゃ嫌」
子どもたちへの指導を続けるたまゑさんですが、実は腰や心臓の手術をしており、昔のように体は動きません。だからこそ体力を保つ努力を続けています。
その一つがピラティスです。
塚田たまゑさん:
「生きている限り、あんまり無雑なかっこうを見せたくない。自分で見て嫌なものは、なるべく見せないように。子どもたちに見られて恥ずかしくないように」
一緒に指導するみほりさんも、教室で出会う生徒たちが、たまゑさんの支えになっていると話します。
塚田みほりさん:
「生徒たちがすごい支えてくれているのも確かで、周りの人たちに支えていただいていることも一番の元気の源。小っちゃい子たちも一生懸命慕ってくれている」
生徒たちは―。
教室に通う生徒:
「鳥さんの踊りとかほめてくれた」
「みんなに優しくしてくれて元気で、みんなのことをほめてくれる先生」
「一つ一つ基礎や見せ方をしっかり教わった。元気に指導したり、行き来も早くて90歳と思うとすごい」
「いつまでも元気でいてほしい」
■100歳・学園70周年へ
バレエに捧げた人生。
数多くの生徒を指導し世界で活躍するダンサーも育ててきた、たまゑさん。
次の節目、「100歳・学園70周年」を見据えています。
白鳥バレエ学園・塚田たまゑさん(90):
「寿命がある限り寝込まないで、できるだけ子どもたちの役に立つ日々でありたい。美しく舞台で踊れるように子どもたちを仕上げていかないといけないから。もうちょっと生かさせていただいて、頑張りますのでよろしくお願いします」
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