現在放送中の火曜ドラマ『あのクズを殴ってやりたいんだ』(TBS系)の舞台はボクシング。主人公の佐藤ほこ美を演じる奈緒をはじめ金髪の謎の男・葛谷海里を演じる玉森裕太、ボクシングジムのトレーナー・羽根木ゆいを演じる岡崎紗絵を指導するのは、ボクシング監修を務めている松浦慎一郎氏だ。大学時代に始めたボクシングに熱中し、現在では、ボクシングの指導をしながら、自らも数多くの作品に出演する俳優でもある松浦さんに、ボクシングと芝居の魅力などを聞いた。
努力が形になるスポーツとの出会い
――ボクシングの魅力とは何でしょうか?
痩せる、体力がつく、体幹が鍛えられる。そして体力がつくと精神的な豊かさも出てくると思います。僕は自分に自信がなくて、コミュニケーションも取れないというコンプレックスからボクシングを始めたんです。すると、体力がつきましたし、自信もついて、人に優しくなれた気がします。努力してきている方ほど優しいというか、相手の気持ちが分かるんだなと世界チャンピオンと会うと実感します。それこそドラマにも出演される、現WBO女子世界スーパーフライ級王者の晝田瑞希さんもそうですが、自分が培ってきた経験があるからこそ、違う環境に行ってもリスペクトの姿勢を持てるのかなと。なので、そういった精神面でもすごく成長できる、自分と向き合えるスポーツだと思います。
――松浦さんがボクシングに魅せられたきっかけを教えてください。
九州産業大学という体育会系の強い大学に通っていて、当時、部活勧誘が盛んだったんです。その中で、ボクシング部だけは様子が違っていたんです。ボロボロの机にマネージャー風の人が「練習見学できます」と書かれた紙を貼って座っていて。「見学できるんですか」と聞いたら、「今日、僕が練習しているので、よかったら見に来てください」と言われて見学に行きました。いざ練習を見に行ったら、机に座っていた人=先輩がリングでシャドウ(ボクシング)をしていて。汗をかいている姿がすごくカッコよかったんです。なおかつ、見学に来ていた人と手合わせすることになった時、パンチは当たらないどころか、華麗にかわしているんです。ボクシングには怖いイメージがありましたが、先輩との出会いがきっかけで入部しました。
――部での活動はどのようなものでしたか。
最初はただ鏡の前で1時間ずっとポーズを構えて、地面に汗の水溜まりができるくらい地味な練習できつかったですが面白いんです。ドラマにも出てくる縄跳びも実際にやりましたが、最初は10分間跳び続けるのもきつかったです。でも次の日に挑戦すると、前日より跳べるようになっていたり、二重跳びができるようになったりと日々の小さな積み重ねがどんどん大きな自信に変わっていきました。その努力を見ている人は見ているし、ちゃんと形になるんだなと実感した瞬間でした。
俳優の特性を生かすことを大事にしている
――普段、ボクシング監修をする中で大事にされていることは何でしょうか?
俳優さんたちを見て、その特性をどう生かすかです。本作では奈緒さんのファイター魂だったり、玉森さんの優しさを生かしたいなと思いました。玉森さんと練習をした時にさまざまな実践をしました。その中でミットを持ってもらったことがあるのですが、パンチを受けるほうが難しいはずなのに、とても包容力があったんです。それはきっと玉森さんの内面的な優しさが出ているんだろうなと思って、それを生かしていきました。
――本作の監修に当たってはどんな準備をされましたか?
プロデューサーから映画『百円の恋』『春に散る』のような、生々しいボクシングシーンを作りたいという依頼があったんです。そういったシーンを撮影するにはある程度の準備期間が大切で、そう簡単に撮れるものではないことを説明しました。その上で奈緒さん、玉森さん、岡崎さんには忙しいスケジュールの合間を縫って、クランクイン前からトレーニングを始めてもらいました。
奈緒さんの練習する姿勢に「この人は強くなるぞ」と感じた
――実際にキャスト陣の練習を見て、いかがでしたか?
奈緒さんと実践練習をした際に、光るものを感じました。僕はアクション専門ではなく俳優としても活動しているので、ボクシングシーンの撮影がある時は、必ず実際にスパーリング練習をするんです。ただ、けがをするかもしれないですし、当たると痛いし、怖いと思うので、自らやりたいという方は少ないのですが、奈緒さんからほこ美の気持ちを理解したいからと練習の要望を受けました。大体の方はパンチが目の前に飛んでくると目をつぶってしまうのですが、奈緒さんはまばたきをしていなかったんです。むしろ、僕のパンチが当たってしまった時もこういう感じなのかと楽しんでいて、その姿勢が実際にシーンに生かされていると思います。その練習の姿勢を見て「この人は強くなるぞ」と感じました。
――岡崎さんはトレーナー役を演じるに当たって、さらに説得力が必要になってきます。
セリフには専門用語が入ってきますし、一番貫禄や知識が必要で、リングにも立っていないといけない役。その中でほこ美を引っ張っていくという難しい役ですが、大丈夫かなと思っていたのですが、岡崎さんはすごく努力していました。ミットを持つ側は相手の衝撃を腕1本で全て受けるので、体力と筋力が必要になるんです。練習初日は腕が上がらないぐらい筋肉痛になっていたようですが、待ち時間もミットを持って積極的に練習している姿を見ました。
――本作には現WBO女子世界スーパーフライ級王者の晝田瑞希選手も出演されます。
強すぎて日本にはもう相手がいないという世界チャンピオン。もっと活躍していただきたいですし、伝説のボクサーになってほしい方です。晝田さんは自分の出番がない日でも空いている時にはスタジオまで来て、演技の練習をしていました。そんな彼女に理由を聞くと「俳優の皆さんは、すごく努力してここに来ている人たちばかりだと思うので、軽い気持ちで私がお芝居をしてはいけないと思う」と言われたんです。ボクシングだけでなく、映像の世界でも活躍の場を広げて、どちらも盛り上げてくれたらいいなと期待しています。
ぶつかった“壁”が自分を変える一歩になる
――松浦さんが思う努力を継続するモチベーションの維持方法は何でしょうか?
「続けていて何になるんだろう」「私、本当にうまくなっているのかな」「強くなっているのかな」という壁に当たった時に努力することを諦めてしまう方が多いと思います。努力で全てがかなうわけではないと思いますが、その壁に当たっていた時期が結果、自分を変えてくれた一歩だったんだと後で分かる時が来るはずです。僕自身もそうでしたが、努力していると思っているうちは強くなれないですし、夢中になっていて、後で努力だったのかと振り返ることもありました。壁に当たっている時は分からないですが、振り返るとその時期が良かったし、その壁があったから成長につながっていると分かるので、努力していることを俯瞰でとらえてどうか諦めないでほしいですし、楽しんでほしいと思います。
ボクシングと芝居はどちらも“努力”が必要
――ボクシングと芝居は近しいものがありそうですね。
リングに上がったら、そこまで練習してきたことは試合を見ている観客たちには全く見えない。でもその姿に感動したり、見えてくる何かがあるんです。それはお芝居も一緒で、いろいろ考えて培ったものは、セリフに出るわけではないけれど、映像で見た時に表現として伝わりますから。それにボクシングはゴングの「カーン」の音で始まって終わり、お芝居は「用意スタート」「カット」で終わる。この集中力の入れ方も似ているなと感じます。
――奈緒さんや玉森さん、岡崎さんの取り組む姿勢にボクシングの魅力が詰まっているように感じます。
ボクシングとは全く乖離した世界で生きてきた人が、ボクシングと出合って変わっていくというのは、それは奈緒さん自身にもリンクするだろうし、ほこ美を通してドラマを見ている方にも魅力が伝わるのではないかなと、教えていく中で感じました。僕自身もその姿勢を見ていてうれしいですし、あらためてボクシングって面白いなと思いながら指導しています。
ドラマに登場するボクシングジムの会長室に掲げられている“努力”の文字。「努力を見ている人は見ているし、ちゃんと形になるんだなと実感した」と自身の過去やキャスト陣の練習の様子を身振り手振りを交えながら、熱くボクシングの魅力を語ってくれた松浦氏。キャスト陣と作り上げた本格的なボクシングシーンには、現場の“熱”や“想い”が努力とともに詰まっている。
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