自閉スペクトラム症(ASD)の青年・小森美路人(坂東龍汰)と、兄で主人公の小森洸人(柳楽優弥)の日々の生活が描かれる、TBS金曜ドラマ『ライオンの隠れ家』。知覚・芸術の分野で突出したセンスを持っている美路人は、その能力をいかして小さなデザイン会社でアーティストとして働いている。
そんな美路人が描いた作品として、1話から登場したライオンの絵画を描いたのが、美路人と同じ自閉スペクトラム症で画家として活動する太田宏介氏だ。10歳のときから絵画を描き始め、これまで51回にわたり個展を開催。2023年には自身初の台湾での個展も開催した。そんな宏介氏と共に「ギャラリー宏介株式会社」を立ち上げ、共同事業を行う兄の太田信介氏に、宏介氏が今の作風になった経緯や、障害を持つ家族がいることへの葛藤などを語ってもらった。
“宏介らしさ”も大事に制作したライオンの絵
――劇中絵画として協力される際に、意識したことはありますか?
今回、こういうイメージで描いてくださいというオーダーをいただいて制作しました。最近はオーダーで絵画を受けることもありますが、そればかり描くとなると、ちょっと宏介らしさが薄れてしまうので、他の絵も同時に描きながら進めました。短い納期で焦らせてしまうと、なかなかいいものはできないので、そこは監督さんも気にかけてくださって、時間はかかりましたがいい作品ができたなと思っています。
――宏介さんが描いたライオンの絵が早速1話から登場しました。
台本をいただいていたので、 登場するシーンは想像していたのですが、生で見ていた絵がドラマ内にいきなり画面に登場したときはびっくりしました。宏介の作品のファンの方もすごく喜んでいただいたようで、放送が終わってから連絡がありました。他にも「RKBカラフルフェス2024」というイベントで、宏介が絵を描いたのですが、そこへ見に来た方からも「『ライオンの隠れ家』を見ました」と言っていただきました。
――1話放送をご覧になっていかがでしたか?
お話をいただいてから、いろんな関わり方をしていたので正直感動しました。放送当日は福岡、佐賀を中心に発信するRKB毎日放送さんが密着してくれていたのですが、宏介はスマホを触ったり、あくびをしたりマイペースでした。絵が登場したときに「出たやん」と声をかけても「うん」くらいの反応でしたが、意味は分かっていると思います。
23歳ごろからカラフルでパワーのある作風を確立
――宏介さんが絵を描き始めた経緯や、ここまで長く続けてこられた理由を教えてください。
2歳のときに自閉スペクトラム症と診断されて、 絵と出会ったのは10歳の頃。それまでは30秒たりともじっとすることができなかったですし、ピョンピョンと跳ねて奇声を上げたり、近所迷惑もすごくて…。でもなぜか紙粘土で遊ぶときだけはじっとしていられたんです。その様子を見た母が手先が器用だということに気がついて、陶芸を教えてくれるイメージで近くにあった造形教室へ連れて行ったところ、そこが実は絵画教室だったんです。初めて連れて行ったときは、画用紙に全く興味を示さなかったのですが、先生が白い紙粘土を宏介に与えて遊ばせて。1週間後、乾いたその作品に色を塗ることになり、そこで色と色が重なると色が変化することにはまったみたいです。
――今の作風になったのはいつ頃ですか?
初めは水彩画だったのですが、21歳ぐらいから耐久性のあるアクリル絵の具に変わっていきました。最初は色を上に重ねて塗っていくアクリル絵の具に慣れなくて、2年ぐらいかかったと思います。水彩画は一発で塗ることができますが、上から色を塗り重ねると滲んでしまったりすることもあるので、背景に色を入れることができなくて、初期の頃の作品は白い背景のまま。今のアクリル画のほうがカラフルですし、ちょっと厚みがあって、宏介の味が出ているなと感じます。今回のライオンの絵も上から何度も塗り直しています。
お互いできないことを補う関係
――共同事業をきょうだいで行われているなかで、それぞれどんな役割分担をしていますか?
僕は全く絵を描けないですし、宏介はいい絵を描いてもプロデュースする人がいなければ成り立たないので、そこははっきりと役割分担しています。僕はプロデュースはしますが、作品について口を出すことはありません。きょうだいだからこそできることもあるのかなと。宏介が描いた作品を多くの人に伝えたいという想い、愛情というのは、兄である僕が一番強いと思うので。
――ここまでの道のりで特に困難だったことはありますか?
ドラマでも描かれていますが、自閉スペクトラム症の人は特定の行動に対するこだわりがあるんです。東京に来たときも「なんでこんなことでぐじぐじ言うかな」みたいなことがありまして…。それこそ昨年、台湾で個展をしたときに、普段と環境がガラッと変わってしまったこともあって宏介が思い通りに動けないことがあったんです。それと宏介には洗濯をするという毎日のルールがあるので、自分の下着だけのためにホテルのコインランドリーを使うんです。タオルなどは交換をしてもらえるので、それだけのためにもったいないよと指摘することもありますが、最終的には好きなようにしてもらっています。
自閉スペクトラム症について知ってもらいたい
――このドラマを通じて、より多くの人に自閉スペクトラム症についてさらに深く理解してもらうためには、どんなことが必要だと思われますか?
最初にプロデューサーの松本(友香)さんから企画書をいただいたときに、まずは自閉スペクトラム症について知ってもらうことが一番大きいんじゃないかなと思いました。我々のような、障害を持つ家族がいる人たちは周りの目が気になるんです。それが生きづらさにつながっているのかなと思います。なので幅広い層の方が見るドラマに取り上げられて、柳楽さん演じる洸人が親代わりとなって、美路人と一生懸命頑張っている姿を見てもらうことで考えていただけるチャンスになるのかなと。なぜ理解をしてもらえないのか考えたときに、「自閉スペクトラム症って何?」「知的障害って?」と聞きなれない言葉が一番先にくるのが原因なんじゃないかなと思ったんです。言葉の意味が分かりづらいから、とりあえず避けようと思われてしまうことが多いのではないかなと。そこに僕自身も生きづらさを感じたことがあるので、ドラマを通じて知ってもらえる機会になればいいなと思っています。
――周りの方に理解をしてもらうまでにどのくらいかかりましたか?
20年ぐらいかかりました。僕自身が若かったということもありますが、子どもの頃の宏介はじっとしていられずに奇声を上げてしまうので、その姿を見て「お前の弟、大丈夫か」と言われたくないから、説明せずに隠したほうがいいなと思ってしまったんです。以前に比べると理解がだいぶ浸透してきたこともあって、今回のように啓蒙していく機会も増えてきましたし、暮らしやすくなってきたと感じています。伊庭葉子先生が運営している「さくらんぼ教室」のようなスクールもありますし、各学校に特別支援学級があったりしますよね。
僕自身、現在悩めるきょうだいたちを支えたいと共同で運営している「福岡きょうだい会」で副会長を務めるほかに、障がい者のきょうだいを支える団体「全国きょうだいの会」の事務局長として講演をさせていただく機会があるんです。そこで、ある親御さんからお兄さんが結婚しようとしたら、弟さんに障害があることで破談になったと相談されたことがあったんです。本人同士は結婚したいけれど、先方の親御さんが障害についてよく分からないために、勝手に娘さんが苦労をするのではないかと考えて反対されたんじゃないかと思うんです。もっと理解を深めてもらえたら、障害があるという固定概念だけで判断することは少なくなっていくと思うので、このドラマもすごく価値のある番組なんじゃないかなと思っています。
時には厳しくすることも愛
――本作には“愛の掛け違い”というキーワードが隠されています。コミュニケーションが難しい現代だからこそ、想いが食い違わないようにすることが大事だと思いますが、信介さんはどのようにお考えになりますか?
僕は優しいだけが愛ではないと思っているので、宏介に対して厳しく接することがあります。それは一流の画家になってもらいたいから。障害の有無に関係なく、一流の画家になってほしい。ただ一方では、「障害があってもここまでできるならすごいじゃない、昔はこうだったから」と甘やかしてしまう母もいて…。だけど上を目指すのであれば、宏介はちょっと怠けていると感じる部分もあるし、障害があるから許されていることもある。ですが、一般社会ではもっと努力している人はたくさんいる。なので、母が元気なうちは僕は厳しくして、万が一母に何かあったときは、嫌でも寂しい思いをすると思うので、その時が来たら優しくしようかなと思っています。
信介氏の横でニコニコと目を合わせ、一緒に取材を受けてくれた宏介氏。そんな宏介氏を優しく見つめながら「今、宏介が仕事ができているのは、両親が個展を毎年開催してくれていたから 。そこは間違いない事実なので、感謝しながら続けていきたい」と信介氏が語ってくれた。絵から発信されるパワーに惹き込まれるように、私たちも理解を深めることが大切だと考えさせられる。
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