2024年7月期のドラマについて、メディア論を専門とする同志社女子大学・影山貴彦教授、ドラマに強いフリーライターの田幸和歌子氏、毎日新聞学芸部の倉田陶子芸能担当デスクの3名が語る。

「虎に翼」の後半は消化不良だった⁉

田幸 まず「虎に翼」(NHK)について。私は脚本の吉田恵里香さんと、実質、原作者に近いぐらいの形で取材や遺族への確認・交渉をやられたNHK解説委員の清永聡さんにお話を伺いましたが、何て大変なドラマだったのかと思います。

視聴者の意見は、前半の絶賛から、中盤以降賛否が分かれました。私もすごくわかります。第1章が完結する河原の場面で日本国憲法を読む。そこまでの完成度が絶賛されるのは当然ですが、以降、扱う差別の問題がどんどん見えにくく、難しいものになっていき、その届き方で賛否が分かれたんだと思います。スタッフもそれは意識していて、現在もまだ続き、解決されていない差別を描く以上、覚悟の上だったと思います。

差別問題はまだ山ほどあって、このドラマにも、一つ一つの差別だけでワンシーズンのドラマが作れるぐらい膨大に入っています。なので「せりふで言うだけ」「何でもかんでも取り上げればいいと思っている」といった消化不良だという指摘もあるわけです。しかし私は、半年という膨大な朝ドラの枠を使って、あらゆる差別、透明化されている人たちを全部書こうという制作者の覚悟に心打たれました。

あと、原爆裁判を扱ったことが大きい。原爆裁判は知らない人がほとんどで、忘れられています。その裁判の判決文を朝ドラで読んだというのは大きな一歩だと思いました。

倉田 私の周りでも、後半ちょっと説教くさいとか、LGBTQや男性同士の同性愛を取り上げたとき、戦後間もない時期に、大っぴらに同性愛者だと公言する人はいないとか、女性同士の同性愛についてほとんど描かれなかったとか、いろいろ個人の思いがあるゆえに、批判的に捉える面もありました。私は、それでも取り上げないよりはいいじゃんと思いましたが。

もっと深く描くこともできたと思いますが、時間の制約がある中で、様々な差別を少しでも示し、視聴者に気づいてほしいという意図が強く感じられました。差別をめぐる問題は、50年、60年たったからといって解決するものじゃない、この先も考え続けていきましょうというメッセージが伝わってきました。

影山 視聴率で言えば、飛びっ切り高い数字を獲得したわけではありません。しかし、今のドラマの作り手が学ぶべき点は、視聴者におもねるだけでなく、それが傲慢になってはいけないけれど、こういう作品、メッセージを伝えたいという思いを届けている、そこがすばらしい。

田幸 伊藤沙莉さんは、今期ナンバーワンですね。役者個人としてだけでなく、座長としての力がすごい。スタッフの方の取材などもしましたが、彼女がエンジンになって他の出演者を引っ張り、現場を動かしているところが相当あったと思います。

どの朝ドラでも言えることですが、後半になるとスケジュールがきつくなります。特に「虎に翼」は後半になって新たなセットが必要になったり、売れっ子の役者さんが多かったりで、非常に厳しいスケジュールだったそうです。

それでもチームが乱れないのは、何といっても伊藤さんがすごいと。あれだけのセリフ量をすぐに覚えて完璧にやる。疲れた顔も一切しない。彼女があれだけやるのだから、我々もといった雰囲気が現場全体にあったと思います。

「西園寺さん」三人目の存在感

影山「西園寺さんは家事をしない」(TBS)がよかったです。松本若菜さんが花開いたという部分もありますし。

倉田 番組のホームページに「幸せって何?家族って何?」という問いかけが載っていて、そういうことも考えさせられるんですが、純粋に楽しくワクワクしながら見られました。

松本さん演じる主人公が、偽家族と暮らしていくお話です。この偽家族という考え方自体に、ちょっと憧れますね。

家族のことを考えると、ついつい責任などを重たく考えてしまうことがあります。もちろん、一緒に暮らしたり、子どもを育てる上で、責任を持ち続けるのが大切なのは当たり前ですけれど、もうちょっと気楽に、一人ではさみしいけれど、そこまで重い責任を負いたくない気持ちのときに、この偽家族はぴったりだと思いました。

あと、西園寺さんの恋愛事情でいうと、最終的にYouTuberの男性から、松村北斗さん演じる楠見君に気持ちが移っていく。その過程も、彼女の移り気に批判が起こるかと思ったのですが、心の揺れが自然に感じられて、移り気な感じが全くしませんでした。YouTuberにいったんは魅かれたけれど、自分の本当に欲しいものはやはり偽家族だったというのがきちんと伝わる丁寧な描き方でした。

田幸 松村さんのお子さんが、西園寺さんと父親の楽しげなやりとりを見て、さみしそうに西園寺さんに「パパのこと好きにならないで」と言う。あのセリフにみんなが泣かされたと思うのですが、そういった思いを大事にしているからこそ「西園寺さん」は本当にいい。

影山 最初は、松本さんと松村さんの何とも言えない微妙な距離感がよくて、そこに超魅力的な俳優である津田健次郎さんがYouTuberとしてパッと登場した時は、いやいやもう津田さんはいいでしょう、松村&松本でやり切ってほしいと思ったんです。もちろんその後は、三人の関係性がより面白くなったんですけれど、正直、松本&松村だけで見たかったとも思うんですが、どうですか。

倉田 私は、津田さんが偽家族のあり方を考えるスパイスになった気がします。偽家族を続行するのか、西園寺さんに別に恋人ができて分裂するのか、想像が広がって、逆に津田さんの存在はウェルカムで楽しみました。

田幸 私は津田さんがよ過ぎて……。本来は三人が家族になるスパイスでしょうけど、津田さんがよ過ぎて、自分の中の偽家族観が広くなってしまって「もうみんなで一緒に住んだらよくない?だって、みんな一緒にいるのが幸せじゃんね」(笑)と、ちょっと違う方向に行きそうなぐらい、みんな大好きでした。

「笑うマトリョーシカ」に現実が重なる

田幸 「笑うマトリョーシカ」(TBS)がおもしろかったんですが、意外と話題にならなくて「あれ?」と思っていました。

櫻井翔さんの育ちの良さそうなところと、空虚さと、何だかわからない存在感。まさにキャスティングの妙で、櫻井さんがこの役を受けたこともすばらしいと思います。

櫻井さん演じる主人公には、政治家としての器の大きさなどまったくなくて、中が空っぽだからこそ、何でも入れられるし、何色にも染められる。そういう政治家がどんどんのし上がっていく薄気味悪さと、その背景がよくできていました。

影山 櫻井さんに関しては、こんなハマり役というか、こういう活路を見出したかという形でしたね。

倉田 櫻井さんを操る、ヒトラーにおけるハヌッセンみたいな存在が誰なのか気になりましたし、中身のない政治家が、その時々でウケることだけを言ってのし上がる。まさにヒトラー誕生の過程をなぞるような描写を見ていると、あれっ、今の日本に重なるところもあるんじゃないかという恐怖が芽生えました。政治に対する関心が下がっている中で、政治家のあり方を問いかけて見事でした。

「降り積もれ孤独な死よ」のメッセージ

倉田 私は「降り積もれ孤独な死よ」(読売テレビ)を興味深く見ました。

影山 話題作でしたね。

倉田 小日向文世さん演じる灰川十三という不気味な男が、虐待された子どもを集めて面倒を見る。外形的に見ると、子どもを勝手に連れ去って、自分の家に住まわせている完全に誘拐ですよね。でも、その背景には、子どもを守ろうという気持ちがある。

その気持ちがなぜ生まれたかというと、彼自身、顔に大きな痣があり、幼い頃から親に家から出してもらえず、隠された存在でした。その中である男性に出会い、優しくされて救われた。虐待された子どもが、その連鎖を断ち切ろうと、年下の虐待されている子どもの力になろうとするところに感心しました。

現実の世界でこんなことが起きたら、誘拐だということで、行政や警察が介入して、子どもは施設に入るか、親元に返されるという流れになるんでしょうが、そこはドラマの世界だから、疑似お父さんと子どもたちの温かい家庭が一瞬でも経験できたんだねという、温かい気持ちになりました。

最終回で、犯人が吉川愛さん演じる女性を殺そうとするんですけれど、成田凌さん演じる主人公がとめに入って「暴力の連鎖をとめよう」と言う。当たり前といえば当たり前ですが、そういう当たり前のことをストレートに言えるのもドラマのよさかと思います。

新聞や報道によって伝えることも大事ですが、報道に触れない人、ニュースを見ない人もいるわけで、そういうメッセージをストレートにドラマを通して伝えるのもありだと思います。

大笑いした「クラスメイトの女子」

田幸 私の中では「クラスメイトの女子、全員好きでした」(読売テレビ)がダークホースで、まさかの一番好きな作品になりました。あっ、こういう子って、中学の同級生にいたねみたいな、あるあるエピソードを魅力的に描いていました。

主人公は、子どもの頃に自分の愚痴を書いたノートをタイムカプセルに入れたんですが、その後カプセルを開いた時に、自分のではない別のノートが誤って送られてくるんです。そのノートに書かれていた小説がめちゃくちゃ面白かったので、もともと小説家志望だった彼は自分の作品として発表して大きな賞を取ってしまう。

主人公は盗作という秘密を抱えていられず、編集者に謝罪して、一緒に元ネタの作者を探していく。そういう縦に一本続くストーリーがあるので、スリルも出てきて、ゲラゲラ笑って楽しめました。

この作品のポイントは、主人公が好きだった人に、それぞれ変なところがあるんですね。すぐゲロ吐いちゃうとか、プロレスが得意とか。イジリや、ともすればいじめにつながる可能性すらある個性なのに、その多様性、人と違う異質な部分を全肯定する主人公がすばらしい。こういう人がいるところではいじめが起こらないと思うぐらいでした。

あと、回想シーンで主人公の中学時代を演じた及川桃利さんがとてつもなく魅力的でした。オーディションで選ばれてドラマ初出演ですが、初演技とは思えない将来性を感じました。

影山「GO HOME」(日本テレビ)はいかがでした?

倉田 身元のわからないご遺体を、家族のもとに返したいという気持ちは誰もが共感するでしょうし、一つ一つのエピソードに泣ける話もありました。でも、全体的なつながりが欲しかった。

影山 かつては、引っ張り、つながりのある連続ドラマは嫌われる、みんな忙しくて毎週見ていられないから1話完結がいいと言われてきました。でもここのところ魅力のあるドラマで、引っ張って引っ張ってのほうが、視聴者の琴線に触れるような気もしますね。

田幸 あと、全体にお話はいいのに、ちょっと軽い印象がありました。

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