日本の有料テレビ衛星放送の先駆けであるWOWOWだが、近年はNetflixやU-NEXTなどの動画配信が急拡大しており、厳しい競争にさらされている。こうした「OTT」と呼ばれる、インターネット経由のコンテンツ配信サービスが隆盛を迎えた時代に、放送局のWOWOWがどう対抗してゆくのか、同社の山本均社長にメディアコンサルタントの境治氏が聞いた。

初のプロパー社長 山本均氏に託されたWOWOWの未来

2024年4月、WOWOWに創業以来初となるプロパー社長が誕生した。新社長、山本均氏は1990年に西武百貨店から入社し、マーケティング局長や編成局長、常務そして副社長を歴任。まさにWOWOWとともにキャリアを重ねてきた人物だ。2015年から9年間社長を務めた田中晃氏は会長に退き、山本新社長に未来を託した。

WOWOW 山本均社長

有料放送の雄、WOWOWだがNetflixなどの配信サービスが日本でも急成長しており、業界環境は厳しい。山本社長がどんな戦略で今後を乗り切るのか興味を持ち、インタビューをお願いした。

たまたまなのだが、WOWOW FILMSの大ヒット映画「ゴールデンカムイ」を映画館で見逃した私はNetflixで見てびっくりした。これまでもWOWOW独自製作の「ドラマW」は何度も見てきて、大人が満足できるクオリティに魅了されたものだが、まったく新しい世界観のエンターテインメントとして見応えたっぷりだった。ふらふらとわが家のスマートテレビでWOWOWオンデマンドに入会し、続きのドラマ版に夢中になっている。

「ゴールデンカムイ」にWOWOWが目指す今後の戦略の一端を見た気がする。インタビューはこの大作についての質問から始めた。

「ゴールデンカムイ」が示すWOWOWの新機軸とは

 WOWOWの新しいアプローチの象徴的な作品として、「ゴールデンカムイ」があると思います。企画が決まった経緯をお聞かせください。

山本 「ゴールデンカムイ」は、映画とドラマをセットで制作するという、WOWOWならではの企画です。実は原作元には、多くのオファーが来ていました。その中で我々が選ばれたのは、映画とドラマを使って原作の世界観を丁寧に描き切るという提案が評価されたからのようです。これは、WOWOWだからこそできる挑戦だと自負しています。

 この作品は、WOWOWにとってどのような意味を持つとお考えですか?

山本 WOWOWの新たな可能性を示した作品だと考えています。アイヌの文化や歴史、食文化など、多面的なテーマを持つこの作品は、現代のダイバーシティの時代にも通じる深いメッセージ性を持っています。同時に、エンターテインメント性も高い。この両立が、私たちの目指す方向性です。

WOWOWだからこそ、深いテーマ性を持つ作品に挑戦できる。そして、それを多くの人に楽しんでもらえる形で提供できることが、我々の強みだと考えています。

 「ゴールデンカムイ」は、これまでのWOWOWのドラマとはかなり毛色が違う印象を受けます。この変化には、どのような狙いがあるのでしょうか?

山本 おっしゃる通り、従来のWOWOWドラマは大人向けのサスペンスや企業ドラマが中心でした。しかし、「ゴールデンカムイ」は冒険活劇。そこには、新しい視聴者層の獲得という明確な狙いがありました。

我々は、常に新しい挑戦を続けていく必要があります。「ゴールデンカムイ」は、そんな我々の決意を示す作品なんです。

 制作面でも新たな試みがあったと聞いています。

山本 その通りです。「ゴールデンカムイ」の制作では、クレデウスという制作会社とタッグを組みました。彼らは「キングダム」や「銀魂」など、大型活劇の経験が豊富です。

実は、クレデウスの社長は元WOWOWの社員でした。彼らが持つ大型活劇のノウハウと、WOWOWが培ってきた質の高いドラマ制作の経験。この組み合わせが、「ゴールデンカムイ」の魅力を最大限に引き出したと考えています。

“ドラマ版”「ゴールデンカムイ 北海道刺青囚人争奪編」 ©️野田サトル/集英社 ©️2024 WOWOW

放送と配信それぞれの特性を活かした戦略を構築

 デジタル時代において、放送と配信のバランスは多くの放送局が直面する課題だと思います。WOWOWではどのようにお考えでしょうか?

山本 これは本当に重要な課題です。現在、WOWOWは約240万人の加入者を持つ放送サービスと、成長中の配信サービスを展開しています。放送サービスは、主に50代以上の長期加入者に支持されています。一方、若い世代の新規獲得には、配信サービスが重要な役割を果たすと考えています。

ここで重要なのは、放送と配信それぞれの特性を活かした戦略を立てることです。放送は、これまで通りの単一商品として維持します。一方、配信では多様な商品設計が可能です。例えば、サッカーだけのパッケージや、音楽ライブ専用のサービスなど、お客様のニーズに合わせた柔軟な提供ができるのです。

 若い世代へのアプローチについては、どのようにお考えですか?

山本 若い世代、特に10代、20代の方々に、いきなり放送サービスに加入してもらうのは難しいですね。しかし、配信を通じてWOWOWのコンテンツの価値を知ってもらえれば、将来的な加入につながる可能性があります。

そのための一つの戦略として、NetflixなどのOTTプラットフォームとの協力も進めています。

例えば、「ゴールデンカムイ」の映画版をNetflixで配信することで、より多くの人にWOWOWの作品を知ってもらう機会を作っています。これは、WOWOWの認知度向上と、ドラマ版への誘導を狙ったものです。

 その戦略に、若者ではない私もまんまとハマりました(笑)。

山本 それはありがたいですね(笑)。まだ始めたばかりの取り組みですが、手応えは感じています。

ただし、これは一つの試みに過ぎません。今の業界は本当に変化が激しい。米国のメディア企業もこの数年で戦略をガラリと変えました。今年の戦略が来年も正しいと言い切れる時代ではありません。

常にお客様の動向を見ながら、様々な手を打っていく必要があります。そうでなければ、この変化の激しい時代に生き残ることはできないでしょう。

外部プラットフォームを通じた視聴者開拓を今後の重要戦略に

 WOWOWは、フジテレビ、TBS、日本テレビの3社が主要株主となっていますが、プロパー社長就任により、これらの地上波放送局との関係に変化はあるのでしょうか?

山本  WOWOWは地上波放送局が主要株主ではありますが、ビジネスモデルが大きく異なるため、これまでも一定の自由度を持って経営してきました。

テレビ業界全体が厳しい状況にある中、我々も放送ビジネスだけでなく、新たな収益源を模索する必要があります。その過程で、親会社である地上波放送局と協力できることは協力していきたいと考えています。

 具体的にはどのような協力を考えていますか?

山本 例えば、TVerのような外部プラットフォームも、今後の重要な戦略の一つとして位置付けています。

TVerは、特にコネクテッドTVの普及とともに、重要性を増して非常に頼もしいプラットフォームに成長しました。WOWOWもTverを通じてコンテンツを提供し、新たな視聴者層の開拓につなげていきたいと考えています。

TVerでのコンテンツ視聴の3割超がコネクテッドTVからのアクセスだと聞いています。我々はこの流れをしっかりと捉え、TVerを通じてWOWOWの魅力を伝えていきたいと考えています。

 なるほど。TVerを通じた展開は、地上波放送局との協力の一例ということですね。他にも何か考えていることはありますか?

山本 コンテンツの共同制作も検討しています。WOWOWには長年培ってきた質の高いドラマ制作のノウハウがあります。一方、地上波放送局にはより幅広い視聴者層へのリーチがあります。この強みを組み合わせることで、より多くの人に楽しんでいただけるコンテンツを生み出せる可能性があるんです。

ただし、重要なのは我々の独自性を失わないことです。WOWOWには、WOWOWにしかできない挑戦があります。その独自性を保ちつつ、協力できる部分では積極的に協力していく。そんなバランスを取っていきたいと考えています。

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