女性の性的ファンタジーを集めた本『欲望』の編者を務めたアンダーソン RICHARD PHIBBSーSLATE

<セックスシンボルだった俳優ジリアン・アンダーソンが「キュレーター」に立場を変え、本の編者に。タイトルは『欲望(want)』その内容は?──(インタビュー)>

その日、私はロンドンの5つ星ホテルの部屋で、俳優のジリアン・アンダーソンが来るのを待っていた──と言ったら、世界には羨ましがる人が数多くいるに違いない。

人気ドラマ『X-ファイル』でFBI捜査官のダナ・スカリーを演じて一躍有名になったのは1990年代のこと。この時アンダーソンは、セックスシンボルという思いもかけない「役柄」も世間から与えられた。イギリスの男性誌FHMから「世界で最もセクシーな女性」に選ばれたのは96年のことだ。

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性に奔放な主人公の警視を演じたイギリスのドラマ『THE FALL 警視ステラ・ギブソン』が2013年に始まると、アンダーソンのセックスアピールは再び話題となった。ネットフリックスのドラマ『セックス・エデュケーション』で、セックスセラピストのジーン・ミルバーンを演じた時も同じことが起きた。

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つまりアンダーソンはずっと前から文化の中で「色っぽくてそそられる」人物と規定され、その姿を見つめ妄想を抱いても許される存在として世間から扱われてきたわけだ。

そんなアンダーソンが今、性的な妄想の「対象」ではなく「キュレーター」となっている。この夏、ブルームズベリー社から出版した『欲望』は、アンダーソンが編者となって、世界各国の女性たちが匿名で書いた性的ファンタジーを集めた本だ。

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ホテルの部屋にやって来たアンダーソンは、直前までテレビCMの撮影をしていたとかで、丈の長い赤のドレスの上にクリーム色のボマージャケットを着た姿はとても格好よかった。自分の意思で自分の行きたいところに行くことが大事なのだと彼女は語った。

「もっと若くてセックスシンボルと呼ばれていた頃、すごく違和感があった。世間が騒いでいたのは(セクシーな女としてのイメージであって)私自身に対してではなかったし、世間の反応は私自身とは何の関係もなかったから」


自分の「妄想」も投稿

『欲望』でアンダーソンは、そうしたイメージを「自分でコントロールし、手中に収めて(活動の)基盤として利用することができた」と語る。

女性の性的ファンタジーを集めた本といえば、ジャーナリストのナンシー・フライデーの『私の秘密の園』(73年)が知られている。

アンダーソンはこの本を『セックス・エデュケーション』のジーンの役作りのために目を通したという。だが、『欲望』の企画を最初に思い付いたのはアンダーソンの出版代理人だった。

確かに、こうした本の「看板」としてアンダーソンはふさわしい。ジーンの役は俳優としても世間のイメージという点でも転機となった。ただのセックスシンボルではなく、性のプラスの面をイメージさせる存在となったからだ。

彼女はその新しい役割を引き受けた。今年のゴールデングローブ賞の授賞式には女性器の模様をちりばめたドレスで出席。インスタグラムにはキノコや海の生物といったそれっぽい形をしたものの写真を「#penisoftheday(今日のペニス)」というハッシュタグを添えて投稿したりする。

今回、出版社の呼びかけに対して世界中から集まった投稿は合わせて約80万ワード分の長さになった。アンダーソンはその全てに目を通した。


投稿はいずれも匿名だが、文末には出身国や民族や収入、セクシャリティーや宗教といった書き手のバックグラウンドを示す情報が記されている。ただ、惜しむらくは年齢の記載がない。20歳代の女性と60歳代の女性が同じことに欲情するかどうか知りたいと思うのは私だけではないはずだ。

内容を見ると、『私の秘密の園』ほどえぐいものは掲載されていないが、『欲望』のファンタジーもバラエティーに富んでいる。アンダーソンが驚いたのは、50年以上たつのに性に関する恥の感覚は消えていないということだった。

「『セックス・エデュケーション』や官能小説『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』、巨大なポルノ産業にしても、現代人は露骨に性的なコンテンツを楽しんでいる」と彼女は言う。「だから感じ方とか経験とかファンタジーについて、もっとオープンに語れると思っていたのに」

『欲望』 BLOOMSBURY

ところが実際は、書き手の多くは自分のファンタジーについてパートナーに話したことがなかったり、欲望を抱くことに罪悪感を感じていた。

アンダーソンも匿名で自分のファンタジーを投稿している。具体的な言及は避けたが、「特定の言葉を」書くのは本当に大変だったと彼女は言う。「頭の中で口に出すことはできるのに、書き出すと何だかもっと汚く感じられて」


ハンドルを取り戻す機会

性的ファンタジーを形にすることで、失われるものもあるのではないだろうか。だがアンダーソンはこう語った。

「自分自身に正直であることに、そして(ファンタジーを他者に)語ることに慣れることができれば、人生の他の分野にも影響は及ぶと思う。それは多少なりとも自分を見つめ直すことだから。『私は欲しいもの、必要なものをどこかで手に入れつつあるのだろうか? 思うとおりの人生を送れているのだろうか?』と自問するようになる」

またアンダーソンは性的ファンタジーを、それぞれが主体性を持って行う創造的な活動と捉えるようになったという。「私たちは監督でありデザイナーであり、細かな調整も行う。場面を設定し、そこで起きること全て、誰が登場するのかも含めて思うとおりに動かすことができる」

俳優にとって──特にアンダーソンのように、自身とは無関係に他人にとっての「性」を具現化した存在として見られるという経験をしてきた人にとっては特に──『欲望』のような本の編者となることは、自分の車のハンドルを取り戻すようなことに違いない。

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