90歳のイラストレーター、グラフィックデザイナーの宇野亞喜良(あきら)さんが生み出してきた女性たちは、寂しげでミステリアス、時にエロチック、小悪魔的でもある。900点を超える作品群を展示する「宇野亞喜良展 AQUIRAX UNO」が東京・初台の東京オペラシティアートギャラリーで開催中だ。デビューの1950年代から現代の女性たちまで、約70年間も人々を引きつけてやまない魅力はどこにあるのか? 宇野さんのあこがれる女性像は――。(山根由起子)
育った絵心
――900点を超えるご自身で過去最大規模の展覧会です。
会場に行くと、へぇ、そんなものを描いていたんだと思い出す作品もありますね。イラストレーション、絵画、ポスター、絵本の原画、舞台衣装のデザイン、少女もの、時代もの、立体物、サイケデリックな作品……。いろんなジャンルがあり、いろんな宇野亞喜良を拾ってもらえたらうれしいですね。
――少年時代から絵を描くのが好きだったのですか?
母は喫茶店をやっていて、父は室内装飾家でしたので、看板の文字や絵を描くのを手伝わされ、絵心が育っていきました。戦争中は愛知県の田舎のお寺に集団疎開をしていました。両親あてのはがきには文章はあまり書かず、おやつに出たふかし芋の絵を色鉛筆で描いたりして、絵で埋めて送っていました。
戦争で家が焼けてしまい、終戦後に学校から「お子さんたちと名古屋に帰るので、迎えに来て下さい」と親に出した手紙が宛先不明で疎開先のお寺に戻ってきてしまったんです。その前に名古屋でバラックを建てているというはがきが親から届いていたんだけど、それを持っていかなかったので、家がどの辺りか分からない。焼け野原をさまよっていると、大工が柱にカンナをかけているバラックがあったんです。ひょっとしたらと行ってみると、奥からちゃんちゃんこを着た妹が出てきて、ようやく家族に巡り合えました。あやうく浮浪児になるところでした。
中学生になると、絵画研究所に通い、裸婦のクロッキーに励んでいました。
横尾忠則さんと売り込み
――本展での思い出深い作品を教えて下さい。
日本のトップデザイナーたちが設立した日本デザインセンターで働いていた時に、今は美術家の横尾忠則さんとお昼を一緒に食べに行ったりしていたんです。「なんか面白いことやりたいね」と話し合って、朝日出版社に2人で売り込みに行って1962年に刊行された絵本が「海の小娘」です。物語はコピーライターの梶祐輔さんが書いてくれましたね。僕のイラストレーションは青色、横尾さんのは赤色で描かれていて2人の作品がオーバーラップしていく。赤と青の2色のセロハンが絵本に挟まれていて、赤いセロハンを置くと僕の絵が見え、青いセロハンを置くと横尾さんの絵が見える凝った仕掛けになっているんですよ。
――寺山修司さんともお仕事をされていますね。
寺山さん主宰のアングラ劇団「演劇実験室◎天井桟敷」のポスターや舞台美術を手がけました。寺山さんからは台本ができる前にポスターを頼まれることが多かったんですね。68年に制作した「新宿版千一夜物語」のポスターは、自由にイメージを膨らませて、女性が乳房からミルクを搾ってカップに注いでいる絵を描きました。寺山さんは面白がって、お芝居の中にその場面を採り入れてくれましたね。マジシャンに相談して、女優さんのわきの下にミルクが入った袋を挟んで、乳房からミルクが出るように見せたんですけど、なかなか難しかったみたいです。
【動画】イラストレーションを描く宇野亞喜良さん=山根由起子撮影言葉の感覚が鋭い人
――宇野さんの描く少女や女性たちは笑っていませんね。少し寂しそうな感じです。
ぼくは笑っている女の子は好きじゃないんです。タレントがにっこりしてこびているような感じよりも、ちょっとふてくされて、むっつりしている女性の方が魅力的だと思います。不良っぽい方が好きですね。なんだかよく分からない女性はいいな。フランスの俳優ブリジット・バルドーが大好きだったんですね。どうせ男たちは私のことを理解していないでしょうみたいな強気な感じが良かったですね。
男を翻弄(ほんろう)するようなタイプの女性が好きかもしれないです。ゲームのように言葉の感覚が鋭い人。そういう人と友達になりたいですね。
――女性を描く時にどんなところにこだわりますか?
ぼくの絵は下まつげがこってりしているかな。それから薄い眉毛ですね。眉毛が濃いのは強すぎるし、喜劇的な感じがします。薄い方が神秘的な感じがしますね。ディテールにもこだわります。細い鎖のアンクレットとか、ちょっとエキセントリックで男は身につけないものを描きます。
――展示会場の60年代、70年代のポスターにも眉毛のない女性たちが描かれていますね。眉毛をそり落とす「宇野亞喜良スタイル」もはやったそうですね。
ぼくの絵で流行が生まれたなんてちょっとおこがましいですが、街でそういう女性たちも見かけました。眉毛がないと、より目がはっきりしますね。無機質で、存在感があるようでなく、中性的な感じにもなります。
あっと思わせる現象を
――絵の一部が様々なものに変容していくメタモルフォーゼ(変形)を採り入れた作品も多いですね。女性の体の一部がリンゴやブドウになったり、展示されている東京・新宿の「PANIC」という店のポスターのように、女性の髪の毛が鳥になったりなど、多彩です。
女性の服がリボンになってカモメに変化するなど、何かに似ている他の生物や物体を女性と合体させることで軽いスキャンダルになります。あっと思わせる現象を起こしたいんですよ。単一のモチーフで絵を描くと、シンプルになってしまいます。スキャンダルが絵の中にあると面白いんです。
――最初期の1950年代の「読書週間」ポスターの美少女や2023年の最新作など様々な少女を描いています。近作では松尾芭蕉やご自身の俳句を題材に少女の気分になって描いた作品も展示されていましたが、なぜ、少女の気分なのですか?
少女の絵を描きたいからかな。大人でも子どもでもない、男性とも女性ともいえない中間的な存在ですね。そういう抽象的な時間や空間を生きている存在を描くのが好きなのです。
――宇野さんにとってイラストレーションを描くとはどういうことですか?
ある種のゲームみたいなことですね。編集者たちから出されたお題をどうビジュアル化していくかです。うまく乗れて面白いものができたら楽しいですね。提示されたモチーフをどうぼく風にするのか。そこで新たな自分が出てくればいいと思っています。ぼくという出来上がった百科事典をめくるのではなくて、どんどんページ数が増えていけばいいな。
宇野亞喜良さんプロフィール
うの・あきら イラストレーター・グラフィックデザイナー 1934年名古屋市生まれ。日本デザインセンター、横尾忠則さんらと結成した「スタジオ・イルフイル」などを経てフリーに。「演劇実験室◎天井桟敷」のポスターや舞台美術を手がける。イラストレーション、絵本、書籍、絵画などで活躍。99年紫綬褒章、2010年旭日小綬章、15年読売演劇大賞選考委員特別賞。
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「宇野亞喜良展 AQUIRAX UNO」 6月16日[日]まで、東京・初台の東京オペラシティアートギャラリー。午前11時 ~午後7時(入場は午後6時30分まで)。休館は月曜(祝日の場合は翌火曜)。一般1400円、大学・高校生800円、中学生以下無料。事前予約不要。問い合わせはハローダイヤル(050・5541・8600)。主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団、朝日新聞社 協賛:ジャパンリアルエステイト投資法人 特別協力:刈谷市美術館
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いずれも作品は(C)AQUIRAX
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