「世界遺産」という番組を制作していて、一番苦労するのは自然遺産に暮らす野生動物の撮影です。特に、絶滅が危惧される希少な動物の撮影は困難を極めます。そうした動物は大概警戒心が強く、人の気配のする所には現れません。そのため深いジャングルに自動で撮影する定点カメラを設置したり、超望遠レンズで遠距離からの撮影を試みたり・・・撮影スタッフの苦労は絶えません。
ところが絶滅危惧種のひとつであるインドサイが、人や車でにぎわう繁華街に出没する場所があります。

「アッ、またサイが来た」野生のインドサイが出没する町

それがネパールの世界遺産「チトワン国立公園」近くの街、ソウハラです。番組でも街に現れた野生のインドサイの撮影に成功したのですが、車が行き交うメインストリートを臆することなく堂々と歩いていました。

大きいものでは体重3トンにもなるインドサイが車道を歩く

インドサイは大きいものでは体重3トンにもなる巨体。それが繁華街を歩く姿は相当なインパクトがあるのですが、この街の人は全く騒いでいません。日本だったら警察などが出動して大騒ぎになるところですが、

「アッ、またサイが来た」

といった感じで、みなさんカメラで撮影したりしています。かなり頻繁にサイが現れるので、慣れてしまっているとのこと。

街中の空き地で寝ていたサイ

日が暮れて、サイはそのままホテルに隣接した空き地で寝てしまいました。番組スタッフも宿泊していたホテルで、朝になっても口をモゴモゴさせながら気持ちよさそうに寝ていました。

巨大な動物と、人の暮らしが共存する不思議な光景・・・かつてタイで「ゾウ使いの村」を撮影したことがあるのですが、それと似た非日常感がありました。タイには、ゾウを訓練して芸を仕込んだりするゾウ使いがいて、代々、ゾウ使いを生業とする村もあります。高床式のそれぞれの家の下には巨大なゾウがいて、朝になると、大通りを村人に先導されたゾウたちがぞろぞろと歩き、村はずれの池まで水浴びしに行きます。かなり非日常感のある光景でしたが、この村のゾウは飼われているので、野生のサイが街に現れるチトワンの方がより不思議です。

森の中では珍しい母子のサイの姿を撮影に成功

チトワン国立公園で撮影したインドサイの母子

「サイの角は漢方薬になる」とされ高く売れたため、インドサイのみならず世界中のサイが乱獲・密猟されて絶滅危惧種になっています。チトワンでは密猟の摘発などの保護活動が実を結び、徐々にサイの数が増えてきています。番組でもサイの撮影を試みましたが、動きがゆっくりで、体が大きいため、見通しの良い草原でサイを見つけるのは比較的容易でした。さらに森の中で、珍しい母子のサイの姿を撮影することにも成功。このように繁殖して700頭弱にまで増えてきたため、サイが人里近く、街の中にまで現れるようになったといいます。

「幻のトラ」撮影に森の中で一週間…

尿をかけてマーキングするベンガルトラ

番組「世界遺産」では、2013年にチトワン国立公園でベンガルトラの撮影に挑み、成功したことがあります。足跡や糞などベンガルトラの痕跡を追って、森の中で一週間。ついにその姿を捉えました。体長2メートルほどのトラ。悠々と歩き、木の根元に尿をかけてマーキングするところまで撮影できました。

ベンガルトラにインドサイ、貴重な映像を撮影するチャンスを番組に与えてくれたチトワン国立公園。ここは、まさに「絶滅危惧種の宝庫」としての価値が認められて世界遺産になった地です。

執筆者:TBSテレビ「世界遺産」プロデューサー 堤 慶太

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