客席の間の「歩み板」を進む松本幸四郎さん(左)と中村鴈治郎さん。看板役者たちを間近に見られるのも、こんぴら歌舞伎らしさ=香川県琴平町の「旧金毘羅大芝居(金丸座)」で2024年4月18日午前11時20分、森田真潮撮影
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 春を告げる「こんぴら歌舞伎」が復活――。現存する日本最古の芝居小屋「旧金毘羅大芝居(金丸座)」=香川県琴平町=で4月に開かれた「四国こんぴら歌舞伎大芝居」は、新型コロナウイルス禍を経て5年ぶりの開幕に桜の満開が重なるなか、通常の歌舞伎公演とは一味違った魅力で観客を魅了した。5年越しで出演し「(歌舞伎の)原点を感じる場所」という松本幸四郎さんの話を中心に記者の感想を交えて紹介する。

 中止になった前回は、松本白鸚(はくおう)さん・幸四郎さん親子の襲名披露が予定されていた。今回は、幸四郎さんと息子の市川染五郎さんらが登場。幸四郎さんと中村鴈治郎(がんじろう)さんとの滑稽(こっけい)な掛け合いから一転、浮世の義理と親子の情との狭間で悲劇が起きる「沼津」▽幸四郎さんらのはちゃめちゃな喜劇調から転じて、文楽の動きを取り入れた「人形振り」で中村壱太郎(かずたろう)さんが八百屋お七のいちずさを演じた「松竹梅湯島掛額(しょうちくばいゆしまのかけがく)」▽人力で花道の上を進む宙乗りを中村雀右衛門(じゃくえもん)さんが披露した舞踊「羽衣」▽衣装が瞬時に切り替わる「ぶっ返り」が鮮やかな舞踊「教草吉原雀(おしえぐさよしわらすずめ)」――と盛りだくさんの演目が並んだ。

宙乗りで花道の上に舞い上がった中村雀右衛門さん。空中を進むのは裏方の人力で行われている=香川県琴平町の「旧金毘羅大芝居(金丸座)」で2024年4月18日午前11時21分、森田真潮撮影
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 随所にうどん店や地酒などご当地ネタを盛り込むサービスのみならず、幸四郎さんが女形(壱太郎さん演じる八百屋お七)の声音や仕草をまねたり、登場人物が次々に同じセリフを繰り返したりする趣向は、型を大切にする歌舞伎の特徴を楽しく伝えようとするものとも感じられた。また、固定された椅子のない“江戸の芝居小屋”で、熱演する看板役者たちが「仮花道」から客席の間の「歩み板」の上を通って花道へと観客の目の前を歩いていくのは、この劇場ならでは。独特の距離の近さは演者にとってもやはり格別なようで、「お客さんを直接的に感じることができるのは金丸座ならでは。でも、不思議と緊張する感じがないというか、演じる側と見る側の呼吸が合って、芝居ができあがっている」(幸四郎さん)という温かい空気が、こんぴら歌舞伎の大きな特徴となっている。

 さらに、この芝居小屋の魅力は、客席と舞台の近さというだけでは言い尽くせないようだ。今回、幸四郎さんに聞いて驚いたのは、こんぴら歌舞伎にお目見えした1992年の話。「初舞台も(金丸座より大きな)東京の歌舞伎座で、金丸座のサイズの劇場には出たことがなかった。それなのに(舞台上で)どこに立ったらいいか戸惑わずにできた。歌舞伎を上演するためにつくられた劇場だなと感じた」という。建築物としての舞台そのものが持つ力を思わされた。

「沼津」の上演中に、2階桟敷席の後ろにある戸板を閉めて、外部(右側)からの自然光を遮るお茶子さんら=香川県琴平町の「旧金毘羅大芝居(金丸座)」で2024年4月18日午前11時52分、森田真潮撮影
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 そして客席で実感したのは、空間が密閉されていないということ。上演中に入ってくる自然光は明暗の演出にも使われ、戸外からウグイスの声も聞こえてきた。幸四郎さんは「自然光を使うので、そんなに明るくないときもあれば明るいときもある。暑いときもあれば寒いときも。雨が降れば雨の音を聞きながら。そもそも、そういうことだから季節に敏感な芝居がたくさんできたということがあると思う。(歌舞伎の)原点を感じることができるのは、関係者にとってすごく大事な経験だと思う」と話す。振り返ると、観客のこちらも知らず知らず「歌舞伎の原点」を味わわせてもらっていたのだろう。

「松竹梅湯島掛額」で紅屋長兵衛を演じた松本幸四郎さん(左から2人目)と八百屋お七を演じた中村壱太郎さん(同4人目)。前半は喜劇調で、幸四郎さんが壱太郎さんの声音や仕草をまねる場面もあった==香川県琴平町の「旧金毘羅大芝居(金丸座)」で2024年4月18日午後3時13分、森田真潮撮影
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 こんぴら歌舞伎は今回が第37回。舞台転換に使う回り舞台を地元商工会の青年部メンバーらが人力で動かしたり、全国から集まった女性ボランティア「お茶子さん」がかすりの着物姿で客席案内などに活躍したりしている。今回の公演再開に「琴平町の方をはじめ、歌舞伎に関わってくれている方々のありがたさを改めて実感する」という幸四郎さん。今後に向けて「お客様に、仕掛けが人力で動いているんだといったことを、もっともっと実感していただけるようなお見せの仕方を考えていきたい。そういう演目を選ぶとか、新作をつくるといったことも」と意欲を見せた。今後の展開がますます楽しみだ。

 最後にあえて一つ、気になったのは価格設定だ。2部制で各1万2000円~2万円。一幕見席や3階席がある東京・歌舞伎座などと違って低価格帯がなく、若年層などにとってハードルは低くない。こんぴら歌舞伎には出演者・裏方を含め100人以上が現地に宿泊滞在する一方で劇場の収容人数は限られる。厳しい条件下ではあるが、地域一体となって国の重要文化財を活用する公演だけに、さらに幅広い人が体験できるよう何かしら工夫できればと期待してしまう。【森田真潮】

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