イランによる4月14日(日本時間)の無人機や弾道ミサイル、巡航ミサイルを使ったイスラエルへの攻撃は、鉄壁の対空防衛網が機能したため、大きな被害は出なかった。だが、イランによるイスラエル領内を狙った直接的な攻撃は初めてで、イスラエルが報復に踏み切れば、中東の親イラン勢力を巻き込む形で戦火が一気に拡大する懸念が強い。
今回の攻撃で浮上した「懸念」
今回の攻撃は、シリアのイラン大使館で1日にイラン精鋭部隊、革命防衛隊の司令官ら7人が殺害されたことに対する報復だが、事態をエスカレートさせないよう抑制されたものだったとの見方もある。
ただ、イランと敵対してきたイスラエルのネタニヤフ首相が、核兵器開発疑惑のあるイランを攻撃する好機と捉えたり、イランに支援を受けるパレスチナのイスラム組織ハマスの殲滅を狙ったガザ地区への攻撃を強化したりする可能性がある。
暗殺作戦や親イラン勢力の参加という形で「水面下の戦争」を繰り広げてきた両国が直接対決に転じたことで、イスラエルによるイラン核関連施設の空爆や親イラン勢力と連携したイランによる大規模攻撃など両国による全面戦争へのハードルが大幅に下がった格好だ。
イランは攻撃に無人機約170機、巡航ミサイル30発以上、弾道ミサイル120発以上を投入したほか、小規模ながらもイランやイエメン、レバノンの親イラン勢力も攻撃に加わった。
イランは大使館への攻撃を「われわれの本土への攻撃と同じ」(最高指導者アリ・ハメネイ師)と反発して報復を宣言しており、イスラエル領内への攻撃が確実とみられていたが、想定よりも大規模だったとの見方もある。
ただ、イランの国連代表部は、攻撃の最中に「問題はこれで終わったものと考える」と早々に事態の幕引きを図り、イスラエルの報復攻撃を牽制した。
イスラエルは弾道ミサイルを想定した対空防衛システム「アロー」や、最大射程300キロ程度のミサイルを対象にした対空防衛システム「デービッドスリング」、ロケット弾や攻撃用ドローンを迎撃する防空システム「アイアン・ドーム」を実戦投入して磨きをかけてきたことをイランも熟知しており、大半は迎撃されることを想定していたもようだ。
弾道ミサイルはイスラエル軍基地に着弾
さらに、イランは中東の関係国などに対してイスラエルに対する攻撃を行うと事前に通告しており、イスラエルやアメリカが攻撃に対処できる余地を与えていた。この結果、中東に駐留するアメリカ軍や発進したイスラエル軍機がシリアやヨルダン上空などでイスラエル領空に無人機や弾道ミサイルが侵入する前に大半を迎撃した。
イランは攻撃で大きな被害が出ないことを計算に入れながらも、軍事的な標的に少しは打撃を与えられるかもしれないとの読みもあった。イスラエルやアメリカは「99%」の迎撃に成功したと防空システムの有効性を強調している。
これに対して、テヘラン大学のモハマド・マランディ教授は中東の衛星テレビ局アルジャジーラの番組で、イランの攻撃は「デコイ(おとり用の模造品)兵器」を織り交ぜたもので、弾道ミサイルはイスラエル軍基地に着弾してダメージを与えたと指摘。高額な防空システムに対して安価なドローンを大量投入した攻撃が成功したとの認識を示した。
イランが標的としたイスラエル南部のネバティム空軍基地は、F35ステルス戦闘機が拠点としており、イスラエルがイランの核関連施設を攻撃する場合の重要施設になる。地理的に約1800キロ離れたイスラエルとイランの間で戦争になれば、航空戦力が頼りとなるためだ。
イランは将来的な軍事衝突も想定して標的を選定したことがうかがえ、基地の滑走路や戦闘機を破壊することで敵地攻撃能力を見せつけたい思惑もあったとみられる。
かねて水面下で戦争を繰り広げてきた2カ国
イランはウクライナ戦争でロシアに自爆型ドローンを供給する中で、実戦で技術を磨くとともにロシアと技術協力をしており、航続距離や搭載できる爆発物の重量を拡大。
弾道ミサイルや巡航ミサイル、ドローンを組み合わせて相手の防空網をかいくぐることに成功しているロシアの戦術に類似した作戦を展開し、一定の戦果を上げることを目論んでいた節がある。
イランがイスラエルに対する直接攻撃に踏み切ったのは、在外公館にいた革命防衛隊司令官らを標的としたイスラエルによる空爆が直接的なきっかけとなったが、両国はかねて水面下の戦争を繰り広げてきた。
イランは、イスラエルの関与が疑われる核技術者の暗殺や核関連施設に対する妨害工作でも直接的な反撃は避けてきたが、在外公館への攻撃に対して報復を自制すれば、メンツが保てず、イスラエルに対する抑止力も確保できないと判断した。
イスラエルが在外公館を空爆したのにも経緯がある。昨年10月のハマスによるイスラエル南部への奇襲攻撃を受けたガザ戦争で、イスラエルはイランの支援を受けるイエメンのイスラム教シーア派系フーシ派や、レバノンのシーア派組織ヒズボラからの攻撃にもさらされてきた。ミサイルやロケット弾による散発的な攻撃にとどまっているものの、イスラエルはイランが背後で画策しているとしていら立ちを強めていた。
イランによるイスラエル攻撃に先立つ13日には、革命防衛隊がホルムズ海峡付近でイスラエルに関係のある船舶を拿捕した。過去にもイランに近いオマーン湾やペルシャ湾などでイランの関与が疑われる船舶への攻撃が相次いだこともある。今後、イスラエルとイランの戦いは、より直接的な形を取り、全面戦争へのリスクが飛躍的に増大したと言えよう。
ポイントはイスラエルが報復措置に出るか
今回の局面で焦点となるのが、領内攻撃を受けてイスラエルが報復措置に出るかどうかだ。
3月には、ガザ地区に対する食糧支援活動を行っていたアメリカの慈善団体「ワールド・セントラル・キッチン(WCK)」の車両が空爆を受け、WCKのスタッフである英豪などの外国人7人が死亡した。
ガザ当局の集計で3万3000人以上が死亡したイスラエルのガザ攻撃で、民間人の犠牲者の多さを批判してきたアメリカだが、強固な同盟関係を背景にイスラエルへの弾薬供与などの軍事協力を続け、国際的な批判を浴びてきた。
WCKスタッフの死亡を受けてアメリカのバイデン政権のイスラエルに対する言辞は、表現だけ見れば厳しさがうかがえるようになっている。イスラエル軍は重大なミスがあったとして将校2人を解任、ガザ地区南部のハンユニスから地上部隊を撤退させるなど国際社会の声に耳を傾けてこなかったイスラエルは批判を交わそうとする動きも見せている。
自制を求める声を無視し続けるイスラエルに対し、バイデン政権は批判のトーンを強めており、大統領は民間人保護を徹底しなければ、軍事支援を見直すと警告している。
今回、ジョー・バイデン大統領はイスラエルのイランに対する報復攻撃を支持しない意向を伝えており、イスラエルがアメリカの要請に耳を傾けるかがカギとなる。
報復ならドローン生産拠点か
イスラエル側にも事態を悪化させたくない事情がある。ガザ戦争で予備役を招集するなどイスラエル社会には大きな負担が掛かっており、弾薬も十分な量が確保できていない。
昨年10月の奇襲攻撃でハマスは短時間に数千発のロケット弾を発射するという「飽和攻撃」を行い、防空システムの能力限界を超えることでイスラエルに甚大な被害を与えられることを証明した。
イランのドローンの優位性は、安価で大量生産可能という点にあり、イスラエルは迎撃するために高価なシステムを運用しなければならない。さらに飽和攻撃が実施されれば、飛来する多数のドローンや弾道ミサイルをさばき切れないことは確実で、今回のイランの攻撃は将来的な軍事衝突を視野に、双方にとって貴重な軍事情報の蓄積が可能になった。鉄壁の守りを誇るイスラエル軍基地への攻撃に成功したことで、イランは一定の手応えを感じているだろう。
イランのドローン生産は、ウクライナ戦争をめぐってロシアに大量供給するなど重要な産業になっている。イスラエルへの攻撃に投入したことで、輸出産業として育成するためのショーケースとする思惑があったとの分析もある。
このため、イスラエルがイランに報復攻撃を仕掛けるとすれば、ドローンの生産拠点が対象になる公算が大きい。イラン本土を攻撃することになり、報復の応酬という形で事態がエスカレートしていくことになる。
ただ、バイデン政権が自制を求めているほか、ガザ戦争の最中にあり、イスラエルとしては直ちに戦線を拡大させるのは得策でないと判断するのではないか。
イスラエルには「助け舟」の側面も
ベンヤミン・ネタニヤフ首相はガザ戦争で、ハマスの戦闘部隊が勢力を温存させている南部ラファへの攻撃をあくまで強行する構えを見せている。ガザ戦争での犠牲者拡大でイスラエル批判の声が強まる中で、イランのイスラエル攻撃はネタニヤフ政権にとって国際社会からの風当たりを和らげる「助け舟」となった面もある。
イランの攻撃により、国際社会の耳目がイスラエルとイランの対立に集まることになったほか、欧米諸国もイランのイスラエル攻撃を非難することで結束している。ガザ戦争での民間人の犠牲拡大や人質解放交渉の不調から支持率低下に苦しむネタニヤフ首相は国内的にも、国民の関心がイラン脅威論に向かうことになった。
「ミスター・セキュリティー」として安全保障対策を売りにしてきたネタニヤフ首相としては、ハマスの奇襲攻撃をめぐる不手際を挽回する好機となりそうだ。
イランの支援を受けるハマスが昨年10月の奇襲攻撃で短時間に1200人以上を殺害するなど、ハマスの脅威はイランと比べて極めて大きいと改めて主張することで、ガザ地区でのハマス掃討作戦を強化するためにイランの攻撃を政治的に利用していく可能性が高い。
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