2018年に起きた韓国軍駆逐艦による海上自衛隊哨戒機へのレーダー照射問題をめぐる再発防止策で合意し、途絶えていた防衛当局間の交流を再開することになった日韓両政府。交渉の場となったのは、シンガポールで1日開かれた日韓防衛相会談だった。記者団に公開された会談冒頭、記者が目にした日韓双方の雰囲気はまるで違っていた。
申源湜(シンウォンシク)国防相をはじめとする韓国側は、着用したジャケットに、韓国と日本の国旗をあしらったピンバッジをつけて出席。申氏は、木原稔防衛相に右手を差し出した。資料には一切目を落とすことなく、木原氏の目をじっと見て「非常に素直に、わだかまりなく議論し、両国の防衛関係を発展させていく機会となることを期待する」と語りかけた。
対する日本側には緊張感が漂っていた。木原氏は「日米韓のみならず、日韓2国間でも防衛協力を進めていくことが重要だ」。だが、写真撮影に応じた際には、口を真一文字に結んでいた。ほかの出席者も表情が硬く、どこか緊張していた。
無理もない。レーダー照射は、火器の使用に先立って実施するもので、不測の事態を招きかねない危険な行為。日本国民の感情を逆なでしたのはもちろん、自衛隊や自民党からは安易に妥協することへの慎重論が根強い事案だ。かじ取りを誤れば、批判の矢面に立つことになる。
防衛省関係者は会談後、さらなる理由を明かした。
「本当に会談直前までぎりぎりの協議が続いていた。日本と合意することに慎重な韓国世論もあるし、韓国側が最終的にどのような態度で臨むかはさすがに読み切れない。だから、協議に対応するシナリオが、頭からこぼれ落ちないようにみんな必死だったんだ」
一方、核・ミサイル開発を加速させる北朝鮮の動向をはじめ、日本の安全保障環境は厳しさを増すばかり。自由や民主主義の価値観を日本と共有する韓国は「組むべき相手」であり、「この機会を逃せない」という危機感も、日本側の雰囲気を硬くさせていたという。
会談場所となったシャングリラホテルの一室の外で、交渉の行方を固唾(かたず)をのんで待つこと約30分間。閉め切られた扉の中から突然、数秒間の拍手が聞こえてきた。何らかの合意に至ったことがわかった。
レーダー照射に関する事実認定は、日韓双方の見解が食い違うので触れない。つまり、うやむやにして、棚上げする。一方で日本と韓国も参加する「海上衝突回避規範」(CUES)を順守する再発防止文書は作る。お互いのメンツを立てながら歩み寄ることで、途絶えていた防衛交流は再開する――。
合意内容は「外交に100対0はない」という言葉を地で行く、見事なまでの玉虫色の決着だった。
「拍手をしましょう」と会談の終了間際に呼びかけたのは申氏で、日本側も応じたのだという。会談に出席した防衛省の関係者は「韓国側の態度は、事前協議の時とはまるで違っていて意外だった」と振り返っていた。
会談終了後、記者団の取材に応じた木原氏は「われわれの主張を変更したわけではない。双方の立場に違いはあるが、再発したら取り返しがつかない。再発防止策ができたということで、海上自衛隊の安全は担保されると認識している」と語った。
次なる焦点は、合意内容が日韓双方でどのように受け止められるかだ。【シンガポール中村紬葵】
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