2月後半から進行した「ビットコイン急騰」のウラで、何が進んでいたのでしょうか?(画像:Graphs/PIXTA)「お金の本質を突く本で、これほど読みやすい本はない」「勉強しようと思った本で、最後泣いちゃうなんて思ってなかった」経済の教養が学べる小説きみのお金は誰のため──ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」には、発売直後から多くの感想の声が寄せられている。本書は「読者が選ぶビジネス書グランプリ」総合1位を獲得、19万部を突破した話題のベストセラーだ。著者の田内学氏は元ゴールドマン・サックスのトレーダー。資本主義の最前線で16年間戦ってきた田内氏はこう語る。「みんながどんなにがんばっても、全員がお金持ちになることはできません。でも、みんなでがんばれば、全員が幸せになれる社会をつくることはできる。大切なのは、お金を増やすことではなく、そのお金をどこに流してどんな社会を作るかなんです」今回は、2月後半から進行した「ビットコイン急騰」のウラで何が進んでいたのか、解説してもらう。

通貨と暗号資産、値上がり理由の根本的違い

日経平均が4万円を突破した。史上最高値を更新すると、「自分は乗り遅れていないか」と焦る人の声が聞こえてくる。これは株式市場に限ったことではない。

『きみのお金は誰のため──ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」【読者が選ぶビジネス書グランプリ2024 総合グランプリ「第1位」受賞作】』(東洋経済新報社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

代表的な暗号資産(仮想通貨)であるビットコインも、3月に入って史上最高値を更新し、一時7万ドル(約1000万円)を超えた。2030年までに、150万ドルにもなるという予測もあるそうだ。

ドルなどの外国通貨への投資だけでなく、暗号資産への投資もここにきて注目を集めている。

この暗号資産​の値上がりのメカニズムとは何なのだろうか。

筆者は長年、金融市場の値動きを見てきた。外国為替市場では、経済指標や中央銀行の動向、さまざまなイベントによって値動きは上下するが、根本的な値動きの理由は「需要と供給」だ。

買いたい人が多ければ価格は上がり、売りたい人が多ければ価格は下がる。発表された経済指標がどんなに良くても、買いたい人がいなければ値上がりすることはない

この点については、暗号資産も通常の通貨(たとえばドルや円)も同じなのだが、両者には決定的な違いがある

ドルや円には実体経済が背景にあって、実際の商品やサービスの取引で使用される。そのため、外国為替市場には、さまざまなプレイヤーが存在する。

海外旅行のためにドルを買う日本人旅行客。

人気スキー場に近い北海道の土地を買うために、円を買う外国の会社。

その中には、値上がり期待でドル資産を購入する個人投資家もいる。

しかし、暗号資産の市場には、値上がりを期待して購入する人がほとんどで、実際の取引に使用する人は少ない。この事実が、値動きに大きな影響を与えている。

架空の「東洋経済コイン」で考えるとよくわかる

ここでは、簡単な例をあげてみよう。100枚しか発行されていない架空の暗号資産トーケイコイン(東洋経済コイン)を考えてみる。

このトーケイコインに投資しようと思ったあなたは、何枚買うだろうか?

1枚だろうか? 10枚だろうか?

おそらく、枚数にはこだわりはないはずだ。きっとこうつぶやくだろう。

「とりあえず〇〇円買ってみよう」

何枚ではなく、いくら分買うかを考えるのが一般的だ。

今、世の中に、1万円ならこのコインに投資してみてもいいかなと思った人が10人しかいないとする。このときのコインの全体(総発行量100枚分)の総額は10万円(1万円×10人)。つまり1枚あたり、1000円(10万円÷100枚)で取引されていることになる。

10人が1000円のコインを10枚ずつ保有している状況だ。

さて、このコインの存在を認知する人が増えて、20人になったとしよう。それぞれが1万円なら投資していいと思ったとすると、コイン全体の総額は20万円になる。このとき、1枚あたり、2000円で取引されている。

20人が2000円のコインを5枚ずつ保有することになる(もともとコインを保有していた10人が半分<5枚>売っている前提だが、中には保有し続ける人もいるから、実際は2000円よりも高くなる可能性が高い)。

こうして、トーケイコインの価格が1000円から2000円に上がるのをみて、さらに他の人も投資を始め、購入者は100人まで増えた。

また、投資する人はこう考えるようになる。

「安定的に値上がりするなら、1万円じゃなくて10万円くらい保有しておこう」

こうなると、コイン全体の総額は一気に1000万円に跳ね上がる(10万円×100人)。その結果、1枚あたりの価格は10万円になる。

ポイントは「1枚あたりの価格」が度外視されること

これが、暗号資産の価格が上がるメカニズムだ。重要なポイントは、誰も1枚あたりの価格を気にしないことにある。

保有する人が増えて、保有することの安心感が増えれば、価格はどんどん上がっていく。

誤解してはいけないのは、値上がりしてハッピーになるわけではないのだ。値上がりしても、その価格で売れなければ、儲けを現金化することはできない

新しく保有したい人がいなくなったら、そこで値上がりは止まる。値上がりが止まったところで売ろうと思っても簡単に売れない。なぜなら、“新しく保有したい人がいなくなった”からだ。

買ってくれる人がいなければ、価格は下落する。このままじゃまずいと思って保有額を減らそうと思う人が他にも大勢いるから、価格は急降下する。

これがドルなどの通常の通貨であれば話が変わる1ドルあたりいくらなのかを気にする参加者が大勢存在しているからだ。

1ドル200円のドル高円安になれば、海外旅行の費用が高くなり、海外へ旅行する日本人は減るし、円安の恩恵を受けて、北海道の土地を買う外国人は増える(外国人からみるとドルで換算した価格が安く見える)。その結果、ドル売り圧力が強くなる。

このように、値上がり期待の人が増えても価格が一方的に上がることはない。しかし、逆もしかりである。値上がり期待の人が急に減っても暴落することはない

ドルでも円でも一般的な通貨はものやサービスの価格にひもづいている。つまり、その通貨を使って買い物をする人が大量に存在しているのだ。

しかし、暗号資産を使って買い物をする人はほとんどいない

明治初期、なぜ「円」は急速に普及したのか

ビットコインが誕生して15年以上も経つのに、決済手段として使われることはかなり限定的だ。一方で、1871年(明治4年)の「新貨条例」で誕生した円は、数年で全国に普及した

社会の仕組みがわかれば、その理由は判然となる。

小説『きみのお金は誰のため』では、こんな会話がなされている。

「ですけど、税金が理由で紙幣を欲しがるのなら、紙幣が金と交換できる必要はありませんよね」七海の冷静な眼差しがボスに向けられる。「金と交換できたのは、補助輪みたいなもんやな。いきなり紙幣を使えと言われても混乱するやろ。実際に新制度についていけずに土地を失った農家も多い。はじめは、金と交換できるという安心の補助輪が必要やねん。本体の車輪は税金を集めることなんや」ボスの説明に、「なるほど」と七海が小さくうなずいた。「仮想通貨が普及しないのも、きっとその理由ですね。多くの人が価値を信じていても、お腹を空かせていないから、普及しないんですね。ようやく話がつながりました」「そやな。もしもこれから、仮想通貨でないと税金を納められないとなったら、みんなこぞって仮想通貨を欲しがるやろな」ボスの話を聞くうちに、優斗にもお金の正体が少しずつ見えてきた。「今の説明はわかりましたよ。まだ、なんとなくですけど。でも、全体だと価値が無いってのが、よくわかんないです」『きみのお金は誰のため』46ページ

私たちが日々目にしている市場の値動きは表面的な現象に過ぎない。

金融市場や投資活動などの仕組みは、社会のため、私たちの生活を豊かにするために存在している。つまり、社会のために活用することができた人に利益がもたらされるようになっている。

もちろん、安く買って高く売れば利益は得られるが、それだと運だけのゲームに変わってしまう。

投資の世界では、社会の仕組みを知ることが、資産を守りさらに増やすためのカギになっている。

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