1週間にわたって訪米し、国賓待遇を受けた岸田首相(写真:Yuri Gripas/Abaca/Bloomberg)

「日米の防衛・安保協力はかつてないほど強固だ」「日米同盟は前例のない高みに達した」など、今回も日米首脳会談は大成功の物語が大々的に発信されている。

自衛隊と米軍の指揮・統制の枠組み上、日本は米英豪で作る「AUKUS」の正式メンバーではないが、首脳会談や共同声明では先端能力の面での協力、自衛隊と米比海軍の共同訓練の実施など盛りだくさんの内容が打ち出された。自衛隊と米軍の一体化に加えてフィリピンを加えた連携と、中国に向き合う軍事的体制がさらに強化された。

日米安保体制を重視する立場からは、中国の軍事的脅威を前に自衛隊と米軍の一体化、緊密化を評価する声が出るが、軍事優先に懸念を持つ立場からは、日本の主体性があいまいになるとともに中国との緊張を高めるだけだなどという批判が出ている。

「日米同盟一本やり」の見かけの裏側

今回の首脳会談に限らず、中国の台頭や北朝鮮の核・ミサイル開発など安全保障環境の悪化を前に、日本外交が日米同盟強化一本やりに走っているように見える。

しかし、話はそう単純ではない。

アメリカの衰退や大統領交代に伴う対外政策の激変を経験した今、日本の安保政策は同盟強化か否かという基準だけでは議論できなくなっている。

それを象徴するのが英国、イタリアと共同開発中の次期戦闘機の第三国輸出の解禁だ。決定したのは首相訪米を直前に控えた3月下旬だった。

自衛隊の歴代戦闘機は米ロッキード社などアメリカ製を採用してきた。柱の一つであるF2戦闘機が2035年ころから退役を始めるため、後継機が必要となる。

日本政府はアメリカ企業などと交渉を始めたが、主要部分の情報開示を渋るアメリカ側との交渉が行き詰まったためアメリカ企業との共同開発をあきらめ、2022年末にイギリス、イタリアとの共同開発を決定した。アメリカが関与しない主力戦闘機の採用は初めてである。

そしてその戦闘機を第三国に輸出するというのも大きな政策転換であるが、そこには単に戦闘機の生産コストの削減や国内の防衛産業の振興などという経済的理由だけではない意図が込められている。

対中国の安全保障としての戦闘機輸出

輸出できる第三国は日本との間で、輸出した武器を侵略に使わないことなどを定めた「防衛装備品・技術移転協定」を結んでいる国で、現在15カ国ある。欧米の主要国のほか、シンガポール、インドネシア、フィリピン、ベトナムなどASEANの6カ国やインドや豪州と日本の安全保障に大きく関係する国が含まれている。

日本が2022年に制定した「国家安全保障戦略」は、武器の輸出など防衛装備品の海外移転について「特にインド太平洋地域における平和と安定のために、力による一方的な現状変更を抑止して、我が国にとって望ましい安全保障環境の創出や、国際法に違反する侵略や武力の行使又は武力による威嚇を受けている国への支援等のための重要な政策的な手段となる」と記している。

中国に直接言及はしていないものの、武器輸出が中国に対する抑止力になるとともに、日本と当該国の緊密な関係の構築にも役立つという政策的意図が明記されているのである。

つまり、英国、イタリアと共同開発した戦闘機のASEAN諸国などへの輸出は、日本の安全保障に有益であるという考えだ。

アメリカ以外の国との戦闘機の共同開発や第三国への輸出による安保体制の強化は、今回の首脳会談で掲げた「日米同盟のかつてない高み」とは真逆のアメリカ離れとも見える話である。アメリカにとってもすんなり受け入れられる話ではないはずだが、日本政府関係者によると、事前調整でアメリカ側から強い反発や異論は出なかったという。

つまり、日本はアメリカと向き合うときは日米安保の重要性や自衛隊と米軍の一体性を強調するが、同時進行でアメリカ以外の国々を相手に多様な国家グループを作り、アメリカだけに依存しない安全保障政策も進めているのである。

実はこうした多角的で多様性のある外交は日本だけが推進しているわけではない。国際社会がアメリカ一極支配から多極化、無極化といわれる状況に変化したことを受けて、多くの国が国益を実現するために挑戦している今風の外交のスタイルなのだ。

フルコースではなくアラカルトの外交

この数年、外交の世界では「プルリラテラリズム」とか「アラカルト方式」という言葉が広がっている。

「プルリラテラリズム」という言葉はインドのジャイシャンカル外相が主張しているもので、「特定の課題について利益を共有する国がその場限りのグループを形成する」外交を指す。「アラカルト外交」も同じような意味で、あらかじめ用意されたフルコースではなく、好みに合った料理だけを注文するスタイルを外交に当てはめた考えだ。

こうした外交が広がった背景についてジャイシャンカル外相は著書で、「同盟の規律が弱まり世界が多極化し、独自の思考や計画に着手する国が増えている」「多国間のルールが弱体化し、国際機関の機能が低下している」と分析している。そのうえで「伝統的な同盟を超えた成果ベースの協力が魅力を増していくだろう」と予測している。

日本に引き寄せて考えれば、外交の中核に日米同盟があることに変わりない。

しかし、オバマ大統領が「アメリカは世界の警察官をやめる」と宣言し、続くトランプ大統領が「NATO(北大西洋条約機構)離脱」や「在韓米軍撤退」などをぶち上げて関係国を大混乱に陥らせたことを思い起こせば、「日米関係が良ければ良いほど、中国、韓国、アジア諸国との良好な関係を築ける」(2005年に当時の小泉首相)というような時代はとっくに終わっている。

秋の大統領選でトランプ氏が再選されれば、アメリカの外交政策の予見可能性は再び下がる。そうした状況を、ただ指をくわえて見ているわけにはいかない。日米同盟関係強化をうたう共同声明の内容とは裏腹に、日本政府内にはアメリカに対する不安や不信感が渦巻いており、「日米同盟一本やり」という考え方は姿を消している。

だからこそ逆説的な話ではあるが、アメリカに対しては大統領が誰になろうとも良好な関係を維持できるよう万全の関与を提示するが、同時進行で仮に日米関係が不安定化しても他の国々との関係を構築することで、危機をしのぐことができるようにしておくのだ。

アメリカだって多極化を進めている

実は、似たようなことをアメリカ自身も進めているのは周知の事実である。

一昔前のようにアメリカが号令をかければ同盟国が黙ってついてくるという時代は終わった。そのため米英豪のAUKUSや日米豪印のQUADをはじめ、さまざまな国家グループを作って自らの限界を補い、リーダーとしての立場を維持しようとしている。まさに「プルリラテラリズム」の時代なのである。

もちろん、こうした外交は過渡的なもの、一時的なものであって、中長期的な地域の安定や世界秩序などを構築できるわけではない。

日本の場合はアメリカの政権がどう変わろうとも、日本の安全保障を実現するため、言いかえれば中国に対する軍事的抑止力を何とか維持して最悪の事態を防ぐための当座しのぎの政策である。

問題はそれが軍事に偏り過ぎていることであろう。

主要国と中国との関係を見ると、最も緊張関係にあるアメリカはブリンケン国務長官と王毅外相が電話を含め会談を繰り返すなど、閣僚クラスの要人が頻繁に接触し、各分野での交渉や協議を続けている。

欧州との関係にも変化が生まれており、今年に入ってオランダのルッテ首相が訪中し、4月にはドイツのショルツ首相が訪中した。そして習近平主席のフランス訪問も検討されている。

ところが日中の間ではほとんど、目立った動きがない。抑止力というこぶしを振り上げるだけでは悪化した関係を改善し、安定した関係を作ることはできない。

日中韓会談をきっかけに中国と直接対話すべき

外交は硬軟織り交ぜて国益を実現しなければならない。安保一辺倒の対応は愚策である。今回の日米首脳会談で「日米同盟はかつてない高み」と合意したのであれば、次は中国と直接対話をする番である。

幸い日中韓首脳会談を5年ぶりに韓国で開催する動きが本格化している。3カ国の首脳会談が実現すれば、それに合わせて岸田首相と李強首相の会談も実施できる。

それをきっかけに日本から首相の訪中を始め首脳の相互訪問を提起するとともに、福島原発の処理水の海洋放出を受け中国が日本産の水産物輸入を全面的に停止している問題などの懸案を一つ一つ話し合い、解決していくべきときにきている。

外交は力と力の勝負ではない。知恵と知恵のぶつかり合いの世界である。内政問題に翻弄される日々を送っている岸田首相だが、外交では、訪米の次はそろそろ中国に対して積極的に打って出なければならないだろう。

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