現代の国際社会は、民主主義国と権威主義国の分断が進むとともに、米中主導の二項対立から距離を置こうとする国家群も少なくない。その結果、世界には幾つもの「ミシン目」が生まれ、放置すれば裂けてしまう危うさをはらんでいる。
「法の支配」が担うのは、こうしたミシン目を包摂し、再び結びつける役割だ。とりわけ国際法違反のコアクライムを処罰・抑止するICCは、「法の支配」における最後の砦と呼ぶべき存在である。
ホロコースト根絶が出発点
ICCとは、ジェノサイド(集団殺害)・戦争犯罪・人道に対する罪・侵略犯罪の4つのコアクライムに対し、国際法に基づいて個人を裁く常設の国際裁判所である。
第二次世界大戦後、ナチスによるホロコーストの実態に衝撃を受けた国際社会は、1948年、国連でジェノサイド条約を採択した。ジェノサイドは多くの場合、強権的指導者の支配や関与の下で行われるため、国内裁判所の機能はほぼ期待できない。そこで、この条約において国際刑事裁判所の必要性が確認されたことが、ICC発足の起源となる。
しかし、その後の冷戦構造はICCの実現を阻み、根拠条約たるICC規程が採択されたのは1998年、実際に活動を開始したのは2003年のことであった。冷戦とその終了、そして1990年代の内戦や地域紛争における人道危機の激化を背景に、ジェノサイド条約における合意の実現までには約半世紀を要した。
2024年6月現在、ICCは124の加盟国をもち、地域別にみるとアフリカ33、アジア太平洋19、東欧19、中南米28、西欧その他25である。安保理常任理事国5カ国のうち、米国・中国・ロシアの3カ国は加盟していない。経費は国連に準じた分担率で加盟国により運営されるため、現在まで日本が最大の分担金拠出国となっている。
活動開始から約20年を経た2023年7月、ウクライナ戦争におけるプーチン露大統領の刑事責任を問うべくICCが逮捕状を請求・発布したことは大きな国際ニュースとなった。逮捕状発布は、対象者に「コアクライムの容疑者」というレッテルを貼ることと等しい。そして、逮捕協力義務を負う加盟124カ国への事実上の渡航制限を意味する。この点、逮捕状発布後の昨年11月に124番目の加盟国となったアルメニアは、プーチン大統領との一種の決別を覚悟したとみることもできるだろう。また、軍人を含む自国民が国際裁判所で裁かれることを嫌ってICCに加盟していない米国も、この逮捕・捜査に関しては即座に支援を申し出るなど、共感の輪が広がった。
「イスラエルの犯罪」で割れる西側諸国
他方、イスラエル・ガザ戦争をめぐって、ICC検察局が今回、ネタニヤフ首相を含むイスラエルとハマス両陣営指導者の逮捕状を請求したことについては、西側諸国の間でも反応が割れている。
歴史的にイスラエルを擁護してきた米国は、「言語道断」(バイデン大統領)と即座に強く反発した。6月4日には、逮捕状請求への対抗措置として、共和党多数の連邦議会下院本会議でICC職員らに制裁を科す法案が賛成多数で可決された。こうした米国の姿勢は、プーチン大統領への逮捕状発布時との違いを際立たせ、同国のダブルスタンダードを可視化する副作用を生んでいる。
欧州では、フランスやスペインが直ちにICCの独立性に対する支持を明言した。ところが、ドイツは「(ICCの)手続きは尊重する」としつつも「(イスラエルとハマスが)同等であるかのような誤った印象を与える」とスタンスの違いを見せた。ICCの主任検察官であるカーン氏の母国、英国のスナク首相にいたっては「ICCにそんな権限はない」と明確に批判する側に回った。
日本政府は、「刑事裁判の手続きに関わる問題であり、ICCの判断について政府として予断することは差し控えたい」(上川陽子外相)と、現時点では曖昧戦略をとっている。ただし、様子見がいつまでも通用するわけではない。
プーチン大統領の逮捕状請求から発布までが25日間(2024年2月22日請求、3月17日発布)であったことを考えると、今回は罪数も被疑者も多いとはいえ1カ月ないしは数カ月のうちにICC裁判部の判断が出るだろう。仮に逮捕状発布となれば、少なくともこの時点で日本は最低でも「加盟国として条約上の協力義務を粛々と果たす」という姿勢を明らかにする必要がある。ICCの現所長・赤根智子氏を送り出している国としての見識も問われる。
前述の通り、ICCはその設立の起源をホロコーストに持ち、人類として耐え難いコアクライムの犯罪者を処罰し抑止することを目的とした国際裁判所である。ポーランド侵攻の1週間前に発せられたヒトラーの言葉「Who, after all, speaks today of the annihilation of the Armenians?(結局のところ、アルメニア人の虐殺を誰が覚えているものか)」を知っている人も多いだろう。ジェノサイドは記憶と記録の根絶により、歴史から犯罪の痕跡を消去し、指導者たる犯罪者の不処罰をもたらす。こうした不処罰の常態化がヒトラーによるホロコーストを生んだ。そして、この歴史の反省を背景に締結されたのがジェノサイド条約であり、その処罰を担保するためのICCであった。
こう考えていくと、現在イスラエルの指導者が、ガザ地区での民間人殺りくを執拗に継続し、国際社会からの度重なる停戦要求も聞き入れず、ついにはICCから「民間人に対する意図的な攻撃指示」そして「飢餓を戦争手段にした」コアクライム容疑者として逮捕状を請求される事態に至ったことは、歴史の倒錯とも言える状況だ。
しかしむしろ、ジェノサイドの被害を象徴する存在であったイスラエルであれ、一見国際犯罪とは無縁に見える「平和国家」であれ、いかなる国家もコアクライムの潜在的な加害者であり、被害者でもあることの証左とみるべきだろう。自国内に巣くうヘイトクライムなどの萌芽を直視する国こそが、コアクライムへのエスカレーションを抑止できる国なのではないかとも思える(したがって、「我が国の実情に鑑みれば、この集団殺害犯罪を設ける実態的な必要性というのが必ずしも非常に大きくない」=2013年11月5日衆議院法務委員会=というような政府答弁は、説得力を欠くと筆者は考えている)。
パレスチナ自治区ガザ最南部ラファで、イスラエル軍による攻撃を受けた避難民キャンプの現場に集まる人々=2024年5月27日(AFP=時事)
日本が担うべき役割は
このような状況下で日本は、単にICC規程の一加盟国としての義務を果たす以上の役割を果たすべきだし、果たすことができると考える。
なぜ「果たすべき」なのか。それは日本が、世界の共通価値基盤として「法の支配」を訴える以上、その司法的保障の砦であるICCは国際インフラとして死活的に重要だからだ。昨年日本が開催した主要7カ国(G7)広島サミットの共同声明において、国際的な共通価値、あるいは自由で開かれたインド太平洋の基盤として繰り返し言及されたコンセプトはあくまで「法の支配」であった。他方、民主主義の概念は、「G7の」中核的価値ないしはAI(人工知能)ビジョンの基盤として登場するなど、使用する文脈が慎重に限定されていた。バイデン大統領が「民主主義サミット」における招待国の選別において、自国基準の押しつけであるとアジアで不評を買った記憶もいまだ新しい。世界の共通価値基盤として「法の支配」をハイライトさせた日本政府の方針は、時宜に沿ったものである。だからこそ、その司法インフラとしてのICCを支持・強化していくことが必要なのだ。
では、なぜ「果たすことができる」のか。なによりも、ICCに対する人的・経済的貢献の大黒柱は日本である。ICC加盟以来、3期にわたって連続して裁判官を輩出してきた。さらに本年の所長選挙では赤根智子判事が当選し、今後4年にわたってICCをリードしていく。最大の経費分担国であるという経済的貢献のみならず、深い人的貢献を行ってきた日本は、その立場に伴う責任を果たすことができる。まさにICCの未来を左右する国家の一つと自己認識すべきだろう。
国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子裁判官=2023年7月撮影(時事)
そこで、日本からさらにICCを支持・強化していくための3つの具体策を提起しておきたい。
第1にジェノサイド条約の締結である。国連加盟193カ国中、153カ国が加盟している同条約に、日本は非加盟である。「コアクライム中のコアクライム」であるジェノサイドを防止・処罰する伝統的な国際枠組みから外れている状態は早急に解消すべきである。
第2に、ジェノサイド条約は、加盟各国にジェノサイドを処罰する国内法整備を求めている。日本の刑法には現在「ジェノサイド」罪は存在しない。加盟にあたっては、既存の刑法の「殺人」や「誘拐」で賄う「省エネ」対応で済ませるのではなく、そのジェノサイドの歴史的経緯と条約の趣旨にのっとり、国際社会の共通法益を適切に掲げた「ジェノサイド」罪の新設を含む特別刑法の整備を進めるべきだ。
第3に、ICCはオランダのハーグに本部を持つが、そのアジアブランチを日本に置く機運が高まっている。これまでアフリカ諸国の事件をハーグで裁くことが多かったICCだが、その構図の偏りとそれによる反発も課題となってきた。いかなる国も潜在的被害国であり潜在的加害国である。今後、対象事件はアジアへと移ってくることも当然考えられる。その場合、アジアで起こった非人道行為を国際裁判にかける唯一の拠点が欧州のハーグでよいのか、という問題もでてくるだろう。「平和と司法の都市」としてICCやICJ(国際司法裁判所)などの本部を複数擁するハーグだが、日本はまさにアジアにおける「人道と司法の国家」として拠点を担う適格性を有しているのではないか。もし日本が担うこととなれば、それは日本の国益と国際益にかなう。
国家主権の壁と弱者の尊厳
ネタニヤフ首相への逮捕状請求は、各国に対し、力による現状変更や許し難い非人道行為を国際法に基づいた「法の支配」で規律する覚悟を問うている。その規律は国家主権のベールを突き通すからこそ、時に各国の政治的思惑と齟齬(そご)を来たし衝突する。しかし、政治的思惑から独立しているからこそ、強国のパワーバランスの狭間で理不尽に奪われてきた人々の尊厳を回復できる可能性を持つ。
この構図はすなわち、脆弱(ぜいじゃく)さを抱える国がICCを必要とする一方、強国ほどICCに反発する構図へと反映され、それは加盟国分布にも如実に表れている。
翻って日本は、経済も安全保障も相対的に安定した強い基盤を持ちながらも、ICC加盟国として大きな貢献をしてきた。同時に、自国の政治的思惑を押し付けず国際約束を守る国としてかけがえのない評価を獲得してきた。だからこそ、「民主主義」の押し付けでミシン目ができた世界を、人道的な「法の支配」で癒し包摂することができるのだ。
国際社会において、この「法の支配」を貫徹するため、最後は主権のベールを突き通してでも弱者の尊厳を回復するためのインフラがICCである。このICCは、政治の不条理から独立して使命を全うすればするほど、存在感は増し、しかし存在基盤は揺らぐ。それでもなお、どの国のどの時代に生まれても、人間は人間らしく扱われなければならないことの司法的保障機関として、国際社会はますますICCを必要としている。このICCの独立と判断に対する尊重を提唱し、行動で示す。これがいま、日本に求められている時代の役割といえるのではないか。
おりしも赤根ICC所長が6月10日、所長就任後初めての来日を果たし、政府要人との会談や若者との意見交換に臨む。激動のICCを率いるリーダーとして、日本に届けるメッセージに耳を澄ませたい。
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