岸田文雄首相が訪れた和歌山市・雑賀崎漁港の演説会場に爆発物が投げ込まれた事件から1年となった15日、暴力で政治家の活動を制限させようとするテロ行為に対し、厳しく非難する声が与野党で相次いだ。遊説中の一国の首相に対する殺人未遂という前代未聞の行為で、令和4年7月8日に凶弾に倒れた安倍晋三元首相の銃撃事件からわずか9カ月後だっただけに警備体制への批判もくすぶる。爆発物を投げ込んだ犯人を真っ先に取り押さえた地元漁師らの行為には感謝の声が漏れた。
民主主義根幹なす選挙に暴力行為
「選挙における街頭演説は、当事者の主張を国民が直接聞くことができる点で重要な意義を持つ。民主主義の根幹をなす選挙の中で、暴力行為は断じて許されるものではないということを申し上げたい」
林芳正官房長官は15日の記者会見で、1年を迎えた事件を振り返り、改めてこう強調した。
事件は昨年4月23日投開票の衆院和歌山1区補欠選挙の期間中に発生した。自民候補の応援のため漁港の演説会場に駆け付けた首相に向かい、木村隆二被告(殺人未遂などで起訴)から筒状の爆発物が投げ込まれた。
セキュリティーポリス(SP)が首相の近くに落下した爆発物を払いのけ、首相を避難させた後、爆発音が響く。聴衆と警察官の計2人がけがをしたという。犯行直後の被告を真っ先に取り押さえたのは会場に居合わせた地元の漁師らで、警察官らも被告を拘束し、首相は事なきを得た。首相はそのまま千葉県市川市に向かって、千葉5区補選の自民候補の応援演説を敢行した。
自民党の中堅議員は「首相が襲われた事件にも関わらず、忘れかけられているようにも感じる。事件から学ぶ教訓は多い。政治家が有権者と触れる機会が大きく制限されたのも問題だ」と漏らす。
安倍氏の事件があったばかりだ
要人警護を巡っては、安倍氏の事件を受けて、警察庁が警護の基本事項を定めた「警護要則」を改定。都道府県警の警護計画を警察庁が事前審査する方式に変更し、警護の人員も大幅拡充した。その矢先の岸田首相の事件だった。
自民党の佐藤啓参院議員は産経新聞の取材に「要人警護にあたっては、要人と聴衆双方の安全確保が図られなければならないが、そのための主催者と警察の緊密な連携が十分とは言えない状況」と苦言を呈す。自民の若手は「安倍氏の事件があったばかりではないか…」と苦々しげに語る。
佐藤氏は「テロにいかなる理由も正当性も与えてはならない」と強調する。佐藤氏は安倍氏が銃撃された当日の事件現場にいた。
自民の細野豪志元環境相は産経新聞の取材に、2度の襲撃事件を受けて警備が強化されたことについて「政治家の街頭演説はやりづらくなったのは民主主義のインフラが傷ついた状況だといえる」と語る。細野氏は、安倍氏の事件直後から犯人を美化しかねない一部の風潮を強く批判してきた。
民主主義守った〝英雄ベスト〟
首相が襲われた和歌山の事件を巡っては、木村被告が2発目を投げ込もうとする中、会場に居た漁師らが命の危険も顧みずに、被告の頭に腕を回して押さえ込むプロレス技のヘッドロックをかけた。漁師の1人が着用していた白黒の雪の結晶の柄のベストは「英雄ベスト」と呼ばれ、インターネットオークションで高値を付けるようになる。
自民の若手議員も首相を救った行為に謝意を示し、「漁師という命の危険もある仕事についているからこそ即座に体が反応したのだろう。日本の良識のような人だ」と称賛する。細野氏も漁師に対して「警察が警備できなかった犯行を防いでくれた」と語った。
社民党幹部は周囲に「テロは許すことはできない。事件の背景が明らかになっておらず、木村被告の動機の解明が必要なのではないか」と語っている。(奥原慎平)
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