バイデン大統領と岸田首相(写真:AFP=時事)

政治改革国会での与野党攻防から逃れるように、岸田文雄首相が8日から1週間の日程で、国賓待遇での訪米に打って出た。自民党の大苦戦が確実視される「4.28トリプル補選」を控え、「派手な首脳外交での存在感アピールで、苦境打開を狙った乾坤一擲の訪米」(側近)だったが、結果的に党・内閣の支持率大幅上昇にはつながらず、ネット上では「感傷旅行」と皮肉る書き込みも相次いだ。

「国賓訪米」のハイライトとなったのは9日(現地時間)から11日(同)にかけての日米首脳会談、アメリカ議会演説と、その前後の公式・非公式夕食会。「事前の想定を超える大歓迎」(官邸筋)に、岸田首相はとっておきの笑顔とジョークをちりばめたスピーチで応じ、「国内では起こらない拍手喝采」(同)に得意満面だった。

帰国後は厳しい政権運営に直面

ただ、14日午後の帰国後は、すぐさま厳しい政権運営に直面。一部世論調査で内閣支持率は微増となったが、ほぼ1年前のウクライナ電撃訪問を受けての急上昇には程遠く、トップリーダーとしては「天国から地獄に転げ落ちるような環境変化」(自民長老)に苦しむ状況だ。

16日にはトリプル補選が告示されたが、「政治と金」での自民議員の辞職による衆院東京15区と同長崎3区は、いずれも自民が不戦敗。残る同島根1区は有数の保守王国で、細田博之前衆院議長の死去に伴う「弔い選挙」にもかかわらず、野党統一候補の元衆院議員との与野党対決は「自民劣勢」(選挙アナリスト)との見方が多数派だ。

このため政界では「全敗なら会期末解散どころか、自民内で岸田降ろしが始まる」(閣僚経験者)とのぶっそうな臆測も飛び交う。にもかかわらず、岸田首相自身は「相変わらず意気軒高で、今後の政局運営にも自信満々」(側近)とされる。

「一世一代の晴れ舞台」で事前準備に没頭

今回の岸田首相の国賓待遇での訪米は、2015年の安倍晋三元首相(故人)以来、9年ぶり。外務省幹部は「11月に大統領選を控えるバイデン大統領が、岸田首相を国賓待遇で招待したのは、岸田政権の外交・安保政策をアメリカ政府が高く評価しているためだ」と胸を張る。だからこそ岸田首相も、「訪米直前まで、一世一代の晴れ舞台での存在アピールへの事前準備に没頭していた」(官邸筋)というのだ。

なかでも、岸田首相が力点を置いたとされるのが日米首脳公式夕食会。訪米から3日目の10日(日本時間11日)、岸田夫妻の歓迎のため、バイデン夫妻が大統領迎賓館で主催したものだが、その中でメディアが注目したのが、ゲストの有名歌手・グループによる歌唱シーンだった。

日本から招かれたのは、国際的にもファンが多い音楽ユニット「YOASOBI」、そしてアメリカからはジル夫人お気に入りの歌手ポール・サイモン氏だった。代表曲は「恋人と別れる50の方法」、デュオ「サイモン&ガーファンクル」の「サウンド・オブ・サイレンス」。

特に後者は、半世紀以上前に世界的に大ヒットした映画『卒業』の主題歌として知られる。関係者によると、サイモン氏はジル大統領夫人が大好きなアーティストで81歳の大統領とは同世代。さらに、岸田首相も同氏の曲を好んで鑑賞していることを踏まえての人選だったとされる。

ただ、その代表曲「サウンド・オブ・サイレンス」は、世界中の観客が涙したとされる最後の場面で流れる物悲しい主題歌だ。しかも、日本側は「YOASOBI」だったため、同行記者団の間では「両首脳は“夜遊び”の果てに、秋には共に(大統領と首相から)“卒業”するとの未来を暗示している」との皮肉めいた反応が語られていたとされる。

一方、この公式晩さん会の翌日の11日午前(日本時間12日未明)、アメリカ連邦議会の上下両院合同会議での岸田首相の演説とその反応も、日本のメディアがこぞって取り上げた。日本の首相としての議会演説は、2015年の安倍晋三元首相(故人)以来、2人目だったが、岸田首相がいつものメモの棒読みではなく、議場内を見回しながらふんだんにジョークを盛り込んで語り、随所でスタンディングオベーション(立ち上がっての拍手喝采)を受けたことが、大きな話題となったからだ。

まず、演説の冒頭に、岸田首相が「日本の国会では、これほど素敵な拍手を受けることはまずありません」といたずらっぽい笑顔でジョークを飛ばすと、議会内は盛大な笑いと拍手に包まれた。さらに岸田首相は、自らが小学校時代をニューヨークで過ごしたことを紹介したうえで、当時のアメリカでの人気アニメ「原始家族フリントストーン」の決め台詞にも触れて再び笑いを誘うなど、「生真面目さが売り物のはずの岸田首相の、新たな一面」(官邸筋)を披露してみせた。

「中国批判」に議員が総立ちで拍手したが…

その一方で、いまアメリカ側が大きな関心を持っている、軍事や経済、先端技術などでの中国との競争について、岸田首相は「中国の姿勢や軍事動向は、国際社会全体の平和と安定にとって、これまでにない最大の挑戦をもたらしている」などと訴え、これも議会内が総立ちで拍手した。

ただ、こうした岸田首相の一連の“訪米パフォーマンス”については「今回の首脳会談は『日米同盟の深化』の掛け声の下、軍事的な一体化が推し進められた。日本周辺での有事発生の際には、在日米軍ではなく、自衛隊が主体的に役割を果たすことを世界に発信した格好だが、国内論議も十分でないだけに、厳しい批判を招く」(政治ジャーナリスト)との指摘も少なくない。事実、16日には国会審議で野党側が厳しい追及を展開した。

今後の国会日程をみると、18日に衆院、19日に参院の本会議で、今回の訪米報告とそれに対する質疑が行われるが、岸田首相が防戦に大わらわとなる場面も想定される。さらに、来週の22日に衆院、24日に参院の予算委で「政治と金」に関する集中審議が予定されている。

そのうえで迎える4.28トリプル補選が“自民全敗”となれば、「岸田首相の求心力はズタズタになるのは確実」(自民幹部)との見方が支配的。にもかかわらず、岸田首相周辺からは「すべて想定内で、岸田首相は会期末解散に突き進む考えは変えていない」(岸田派幹部)との強気の声が漏れてくるだけに、与党内には「連休前後は何が起こるかわからない」(公明党幹部)との不安が広がるばかりだ。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。