静岡県議会議長に辞職届を提出した川勝平太知事(中央)=10日、静岡市葵区(岩崎叶汰撮影)

静岡県の川勝平太知事の電撃辞任に伴う知事選が5月9日告示、同26日投開票という日程で実施される。川勝知事は、静岡では国や巨大企業に対して軋轢(あつれき)を恐れずにものを言ってきたイメージが定着しているが、全国的にはリニア中央新幹線静岡工区の着工を認めなかったことでよく知られている。そんな知事が辞任することから、これでリニア問題は一段落すると思われがちだ。しかし、現実はそう簡単な話ではない。むしろ混迷を極めているともいえるが、その背景には静岡県ならではの2つの事情がある。

南アルプスの生態系を守る

第1点は、長らく続いた川勝知事のリニア問題への対応から、県民の環境意識が極めて高まっているということだ。

環境保全に対する意識の高まりは世界的な傾向であり必要なことだが、静岡に限ると、静岡工区がある〝南アルプス〟の生態系を守るという意識が高い。

地元経済の繁栄を熱望する企業経営者らも「リニアができれば東海道新幹線の増便も期待できるが、環境対策をないがしろにしてリニアの完成を急ぐのはよくない」という。静岡市やその近隣など、いわゆる中部地域ではこうした声が強い。

ただ、取材を進めると、このような傾向は川勝知事がきっかけこそつくったものの、川勝知事を信望しての話ではないのかもしれない、とも思う。

静岡県庁

というのも、川勝知事は当初、工事に伴う大井川の水量減少に懸念を示した。「命の水を守る!」という発言に代表されるものだが、これなどは大井川の水を利用してきた中部地域の問題であり、浜松を中心とする西部地域や沼津を中心とする東部地域には影響が及ばない。川勝知事は順次争点を環境問題や工事の際の残土問題に拡大してきたが、なぜ一挙に全県にリニアへの懸念が広まったのかは謎だ。

川勝知事は令和3年の4選をかけた知事選でリニア工事の弊害を強調し、95万票超を獲得して当選。自民党の前参院議員との一騎打ちで33万票もの差をつけて圧勝している。

この現象について、ある県内の識者は「川勝氏の人気というよりも、JR東海が不人気なのだろう」と漏らす。県内には新幹線の駅が6つもあるが、それらの駅に停車する「ひかり」や「こだま」のすぐ横を「のぞみ」が勢いよく通過していく。「その屈辱感を口にする県民は多い。しかも、これは県内全域で共通している」(県内識者)という。確かに、県内ではこうしたことがよく話題になる。

「一丸」となれない地域性

これに加えて、今後大きな課題となるのは地域間の分断や対立をどう防ぐのか、という点だ。実はこれが最大の難題といえそうだ。

静岡県は西部、中部、東部・伊豆地方の3つに大別される。これらはおおよそ遠江国、駿河国、伊豆国という別の国として発展し、明治の廃藩置県でも別々の県となった経緯がある。

江戸時代には幕府の軍事戦略上の政策で橋がなかったために往来が少なく、大井川の西(西部地域)と東(中部地域)では言葉や文化にも違いがある。富士川の西(中部地域)と東(東部地域)では電力の周波数が今でも異なっている。と同時に、この大きな地域のくくりで、いまだに地域間の分断が起きることもあり、川勝知事についても「西部ひいきだった」(静岡財界関係者)との声が聞かれる。

街頭で「オール静岡」の重要性を訴える大村慎一氏=14日、静岡市葵区の静岡駅北口周辺(青山博美撮影)

今回の知事選には、元総務官僚で元副知事の大村慎一氏と前浜松市長の鈴木康友氏が出馬を表明しているが、大村氏は静岡市(中部)出身、対する鈴木氏は浜松市(西部)出身だ。大村氏は静岡財界の一部が支援するが、知事が公選になった昭和22年以降は静岡市など中部地域出身知事が出ていないこともあり「中部出身の知事誕生は悲願だ」(同)ともいわれる。一方の鈴木氏は浜松財界が支援している。

このため、県議会の各会派や県内のさまざまな団体などでは、統一候補選びが難航。どちらかに絞ると、地域ごとの分断や対立にも発展しかねないため、その対応に腐心している。それこそリニア問題どころではないのだ。

静岡県知事選への立候補を表明する前浜松市長の鈴木康友氏=15日午前、静岡県庁(青山博美撮影)

県内では、最大都市の浜松市も、県庁所在地の静岡市も「人口減少など同様の課題を抱えており、一丸となって取り組む必要がある」(静岡市の難波喬司市長)が、静岡県にとっては何かと露見しやすい地域色の調整がまずは最重要課題といっても過言ではない。(青山博美)

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