なりすまし立候補!? SNS上で拡散

「知事選に出馬しました」

旧ツイッターのXで発信されたこの投稿。

発信者は実際には立候補しておらず、“なりすまし”の候補者だ。

今回の東京都知事選挙では56人が立候補したが、このほかに実際には立候補していないにもかかわらず、独自に立候補を表明した人がSNS上で複数、確認できた。

このほかにも、「都知事選に参戦決定!政治献金を!」と呼びかける発信もあったが、この投稿者も都知事選挙の立候補者ではない。

さらに、「問題解決のために全力で動く」と書かれた選挙ポスターのような画像を掲載して立候補を表明したり、「○○党」と掲げて出馬表明したりする投稿も確認できたほか、YouTubeにも同様の動画が掲載された。

これらの投稿は拡散され、確認できただけでも合わせてXで200万回以上閲覧されて、多くの人の目に触れていた。

こうした投稿に対しネット上では、実際の候補者ではないことを見極めて批判する人がいる一方、「応援しています」「投票します」といったコメントもあり、実際の立候補者だと勘違いしているとみられる人も出ている。

掲示板のポスターにも…

東京都選挙管理委員会は都内1万4000か所余りにポスターの掲示板を設置。

NHKが確認したところ、この掲示板にも、実際に立候補していない人が自らの名前や写真を載せたポスターを掲示している所が複数あった。

中には、クリアファイルに自分のポスターを入れ、掲示板の外側に画びょうで貼り付けているケースも。

公約のような記述もあり、一見すると、これらの人が立候補しているようにも見える。

“有力候補” 実はAI!?

さらに、こんなまぎらわしい投稿も見つかった。

旧ツイッターのXで「有力候補」などと、使われがちなキーワードを入力して検索すると…

「有力候補見つけました」と上位に表示された。

青いパネルをバックにマイクを前にして何かを話しているような女性の写真。襟には金色のバッジを付けている。

しかし、この女性の画像は、ほかのSNSアカウントにも投稿されていて、専用のソフトで検証すると、生成AIによって作られた可能性があるという結果が出た。

650回以上リポストされ、200万回以上閲覧されている。

都知事選が注目を集めていることに便乗して、表示回数を伸ばそうとしていたようだ。

総務省「直ちに公職選挙法に違反するとは言えないのではないか」

公職選挙法を所管する総務省は、実際に立候補していない人が独自に立候補表明することについて、次のように回答している。

個別の事案について回答できないが、一般論としてSNS上で立候補を装ったことのみをもって、直ちに公職選挙法に違反するとは言えないのではないか

また、選挙ポスターの掲示について林官房長官は記者会見でこう述べた。

掲示場は、候補者以外が使用できるものではない。候補者が使用する選挙運動用ポスターの記載内容を直接制限する規定はないが、ほかの候補者の選挙運動を行うことや、虚偽事項が公表された場合には公職選挙法の処罰の対象に、また、ほかの法令などに触れる場合には処罰の対象となるもので、捜査機関により判断がなされるものと認識している。

専門家「背景にアテンションエコノミー」

こうしたフェイク情報が広がる原因として専門家が指摘するのが、ネット上の注目が収益につながる「アテンションエコノミー」と呼ばれる考え方だ。

YouTubeは動画の再生回数に応じて広告収入を得ることができるほか、旧TwitterのXは去年、一定の閲覧数(インプレッション)を獲得した投稿から収益を得られる仕組みを導入。

ほかにも、ブログやホームページに誘導することでアクセスに応じた広告収益が得られたり、自らの知名度を高めることでほかのビジネスに誘導して、収益を得るケースもある。

このように、人々の関心を集めることが利益につながる仕組みが広がったことで、中にはフェイクや誹謗中傷を含む過激な内容を発信して、より注目を集めようとするケースも出てきている。

「本当に立候補した人の情報が薄まる」

デジタルと選挙に詳しい明治大学の湯浅墾道 教授はこう指摘する。

都知事選挙には、非常に知名度の高い候補者も大勢立候補している訳で、自分の知名度を上げる、あるいは自分の出したコンテンツに対する注目を集めるという意味では、すごく大きなチャンスだ。

内容が正しかろうが間違っていようが、とにかくなるべく多くの人たちの注意を引きつけて、少しでも見てもらえれば、それで見てもらう人数に比例してお金が稼げるようになっていく、そういうビジネスモデルが普及してきてしまっている。

さらに湯浅教授は、こうしたアテンション エコノミーが及ぼす選挙への影響も懸念している。

正式に立候補していないのに『立候補しました』と偽る人間が増えれば増えるほど、ある意味で本当に立候補した人の情報がその分薄まって、希釈化されていく悪影響が出る。実際にその人の名前を投票するというようなことが起きれば、有権者の選挙権にも悪影響が生じる。

専門家「政治不信招くおそれ 公選法 見直す時期」

また、選挙制度に詳しい日本大学法学部の安野修右 専任講師は、これらの行為が与える悪影響について、次の3点を指摘する。

1 選挙・政治への信頼喪失
2 投票が正しく反映されない
3 選挙結果にも影響与える可能性

選挙に対して不真面目な言動が増えると、真面目に選挙自体に行くことをバカバカしく感じてしまい、長期的には“選挙への信頼感”が損なわれ、政治不信につながることが懸念される。また“なりすまし立候補”を信じて投票してしまった場合、無効票になってしまうし、特に僅差の選挙結果の場合にはなりまし行為の無効票が結果に影響を与える事態も想定される。

その上で、公職選挙法を時代に即した形に見直す時期に来ていると指摘する。

公職選挙法にネット選挙運動が規定されたのは10年以上前だ。候補者に対する規制が主で、当選を目的としない“なりすまし立候補”や、SNSや動画サイトで頻繁にやりとりできる“ネット環境”に十分対応できておらず、対策が必要だと思う。

今回の都知事選では、公職選挙法が想定しない問題が生じているとして、法律の見直しも含めて対応を検討する動きが各党からも出ている。

貴重な1票を有効に

「SNS上には“フェイク”情報が紛れ込んでいる」

投票にあたり、SNSなどで情報を得る場合はこう認識し、事実かどうか分からない情報は安易に拡散しないようにしてください。

万が一、実際の候補者でない人の名前を書いて投票するとその票は無効票になります。

最終的に、投票所にある候補者一覧表で確認し投票を行うことが、私たちの貴重な1票を有効に行使することにつながると思います。

(7月6日のサタデーウオッチ9で放送予定)

(取材:ネットワーク報道部 内山裕幾・金澤志江 / メディアイノベーションセンター 斉藤直哉・吉水優里子)

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