田内学(以下、田内):後藤さんは最近『転換の時代を生き抜く 投資の教科書』という本を発表されました。僕も昨年『きみのお金は誰のため――ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』という本を出しました。最近、お金や投資の本がすごく増えているように感じています。
『きみのお金は誰のため: ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」【読者が選ぶビジネス書グランプリ2024 総合グランプリ「第1位」受賞作】』(東洋経済新報社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします後藤達也(以下、後藤):今年から新NISAも始まりましたし、日経平均株価も史上最高値を突破したりと、一種のブームのようなものが起きているように感じています。
田内:ただ、今、本屋さんの棚にあふれている本の中には、「このタイミングで、投資しなきゃまずい」と煽っている本が多いと感じています。ちょっとした違和感というか、危機感みたいものを覚えています。
こういう煽りに乗って投資を始めると、中にはうまくいく人もいるかもしれないけれど、煽られて始めた結果、損をしてしまう人も多数出てしまいそうです。「危ないな」と感じてしまうのです。
後藤:私も煽りには賛同できないし、リスクがあることもしっかり伝えるべきだとは考えています。
ただ、日本ではこれまで、投資にしても資産形成にしても、あまりに関心が抱かれてこなかったように思います。
後藤氏「”ボーっとしてるとやばい”という切迫感が」
後藤:今は株高だし、新NISAも始まりました。またGAFAやNVIDIAなど、イメージの湧きやすいすごい企業が存在感を増していたり、円安が進んでインフレにもなっているので、「ボーっとしてると、やばい」という切迫感が高まりつつあるように思います。その結果、投資や資産形成を意識しようという人が、過去数十年の中で圧倒的に多くなったというか、増えるいろんな条件が揃ってきているのだと思います。
『転換の時代を生き抜く投資の教科書』(日経BP)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプしますこの流れに乗って、国民も自分の資産をノーリスクの預貯金に固定するだけではなく、投資にもある程度ふりわけていく流れができればいいなとは、私は思っています。
ただ、一方でこういう条件が揃って新規参入者が増える時期には、はずみがつきすぎて、とんでもないリスクの取り方をしてしまったり、手を出してはいけないような金融商品に手を出して、大けがをしてしまう人が現れるのも確かです。
特に大きく構造転換するときには、大げさに物事を言う人が出てくるし、そういう人のほうが、SNSにしてもYouTubeにしても「いいね」やアクセスを取りやすいんですよね。その結果「もっと見てもらいたい」とさらに大げさになっていって、場合によっては誇張や嘘が蔓延してしまうことにもなりかねません。
後藤:そうなってしまうと、投資や資産形成に瞬間的なブームが起こっても、結局、痛い目にあってしまう人が続出して、長続きはしません。
ですので、長い目で健全に資産形成の文化とか、金融リテラシーが広がってほしいなと思っています。
後藤氏「投資のお金はガソリンでしかない」
田内:僕自身、銀行にも預金はしているのですが、銀行員から「預金だけではもったいないので、投資しませんか」とすすめられることがあり、そういう誘いにすごく違和感を覚えています。なぜなら、預金に利息がつかず、結果的にもったいないことになってしまっているのは、僕をはじめとした預金者のせいではないからです。
田内 学(たうち・まなぶ)/社会的金融教育家。1978年生まれ。東京大学工学部卒業。同大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。2003年ゴールドマン・サックス証券株式会社入社。以後16年間、日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。2019年に退職後、執筆活動を始める(撮影:今井康一)本来、銀行というものは、資金ニーズのある相手にお金を融資し、その対価として金利を稼ぐのが役割です。でも、今の日本では大企業だけでなく中小企業も長年投資を控えてきたこともあり、内部留保金が潤沢で、あえて銀行から融資を受ける必要がない会社が増えています。もちろん余裕のないところもあるのですが、全体としては新規の資金ニーズが不足しているように思います。
その結果、資金が銀行の金庫に眠ったままになってしまって、利息を預金者に還元できない状況になってしまっているわけです。
こういう資金需要がない状況で、僕たちが株などのリスク資産に投資をしたところで、実体経済なんて変わらないと思ってしまうのです。
後藤:資金使途が思いつかない企業に、無理やり株を発行させてお金を注入するのも変な話なので、個々の企業が頑張るしかないですね。この件に関しては、他者が何かできる問題ではないので、自助努力にならざるを得ないでしょう。
後藤 達也(ごとう・たつや)/経済ジャーナリスト。1980年生まれ。2004年から18年間、日本経済新聞の記者として、金融市場、金融政策、財務省、企業財務などの取材を担当し、2022年3月に退職。経済ニュースを「わかりやすく、おもしろく」をモットーに経済や投資になじみのない人を念頭に、偏りのない情報の発信を目指している(撮影:今井康一)投資のお金というのはガソリンでしかないので、エンジンが大きくならないと、ガソリンだけいくら渡しても意味がないですから、難しいところですよね。
田内:なので、以前から政府も言っている「貯蓄から投資」へというスローガンには、ずっと違和感を覚えていたんです。
例えばある会社の株を所有すれば、その会社の資本配分、つまり資本家に返される金の一部をもらうことができるというのが、最もベーシックな投資とリターンのあり方です。しかし、先のスローガンのように、ただ貯蓄からリスク資産への投資を促すことで、日本の実体経済が復活・再生するのか、疑問しか湧かないのです。
後藤氏「新興国などに日本のお金が流れるのは自然」
後藤:おっしゃられた経路での日本経済への貢献は、期待できないでしょう。
特に、今回の新NISAでも今のところ日本株にはあまりお金が回っておらず、海外に日本の資本が流出しているという状況です。さらに、先ほど話に出てきたように、国内では旺盛な資金需要がそもそもありません。
個人の資産形成や国民の1人ひとりの経済に対する意識が変わるという、ふわっとした意味では意義があると思うんですが、それ自体が日本の企業の競争力を高めるかというと、そうはならないでしょうね。
2人の対談は動画でも収録(撮影:今井康一)でも、新興国を含めて世界にはいろいろな資金需要があるので、そこに日本のお金が流れていくのは、自然なことのようにも思います。新興国も含めて国境を越えて資金需要のある企業にお金が回りやすくなることにつながるし、そこで何かのプロジェクトがうまく回れば、日本の国益そのものにはつながらないかもしれないけれど、世界全体としてはなにがしかのメリットが生まれて、その果実は投資家にも戻ってくる。
そうなれば、リスクを恐れて縮こまったまま、利息の全然つかない銀行に預け続けるよりはいいのではないかと、私は思います。こんなふうに、個人の資産形成にとっても、世界の経済活動とか、国境を越えて考えればいいんじゃないのかなと思います。
田内:銀行が取れないリスクを、個人が取るっていうことですか。
後藤:そうですよね。そもそも銀行って基本、そんなに海外には投資できないですし。
後藤氏は銀行の課題についても指摘する(撮影:今井康一)田内:だとすると銀行の存在意義って昔よりも小さくなっていますよね。
後藤:銀行の仕事はお金を集めて融資するということだけではなく、フィンテックとかも含めていろんなサービスがあるので、そこでフィービジネスをどう広げていくかは課題だと思います。
いずれにせよ、国民から預金でお金を集めて、日本国内のお金の足りない企業や個人に貸すというのは、ビジネスとしてはどう考えても時代遅れですし、これからもシュリンクするでしょう。
田内氏「円安は日本経済の大きなリスクになる」
――最近の経済トピックスで、気になることはありますか?
田内:僕は為替レートが気になります。
後藤:為替レートもいろいろな論点があると思いますが、田内さんのご関心はどういうところですか?
田内:ここ数年、急激に円安が進みました。こういう状況になると、日本からの輸出が増えてもいいのに、逆に貿易赤字が膨らんでいます。貿易赤字を埋めるほどには増えていません。
一方で、都心部を中心に不動産価格が急騰し、数年前に比較して売り出し価格が倍になっている物件も珍しくなくなっています。
為替レートが気になると語る田内氏(撮影:今井康一)知り合いから聞いた話ですが、「こんな値段で、買う人がいるのかな?」と疑念を持っていた物件に引き合いが10件もあって、内見に案内したらすべてのグループが中国本土か台湾の人だったとのことです。
為替が円安に振れると、海外の人の目には日本の不動産が割安に映るので、どんどん価格が上がってしまいます。不動産業界にとっては喜ばしいことかもしれませんが、日本で暮らしている僕たちにとっては買いにくくなってしまうだけなので、決して喜ばしいことではありません。
後藤:私も日本が新興国に逆戻りして、生活水準を保つのが難しくなるのではないかという懸念は持っています。
田内:そんな状況の中で、新NISAが始まったのですが、新NISAではオールカントリーやS&P500のETFに人気が集まっていると聞きます。
これらの投資は当然、外貨で行われます。外貨で投資する人が増えれば、所得収支が増える。実際に日本は昔から所得収支が多くて、貿易赤字以上の黒字があるおかげで、経常収支はプラスです。所得収支が増えて、貿易赤字とある程度打ち消しあって、経常収支はプラスに保てるかもしれません。
しかし、実際に中身を見ていると、所得収支が多い企業は現地に工場などを持っていたりするからリターンが多くなっているだけなので、そこで得られた利益はなかなか円に戻ってくるものではありません。
また、個人でも外貨で資産を作っている人は富裕層が多く、彼らがドルを買うことによって円安になると物価が上がってしまって、富裕層ではない人たちの生活がより一層苦しくなってしまいます。
このように考えると、ここ数年進んでいる為替の円安は、トータルでは日本にプラスになっていないように思えるのです。
後藤氏「長期的にはもっと円安が進むリスクも」
後藤:日本の貿易の力が弱くなってしまったのは認めざるを得ない事実ですね。例えば2000年ぐらいのころを振り返ると、ほとんどの人がNECやパナソニック、または東芝といった国内メーカーの携帯電話を使っていました。でも、今のスマホはアップルのiPhoneやサムスンなど海外メーカーのものです。
そんな状況なので、円安になったからといって日本メーカーの輸出が増える時代ではとうになくなってしまっているのですよね。
むしろ、日本人が海外のものを買ったりとか、あるいはサービス面においても、グーグルやアップルを経由したサブスクを利用したり、YouTubeを見たりして、海外企業の売り上げ増に貢献しているのが実態です。
為替のダイナミズムで言うと、従来は、円安が進めば外国の人が「もっと日本の電化製品を買おう」とか、あるいは、日本人もグーグルのサービスを使うのではなくて、「日本オリジナルのサービスを使おう」となるはずなのに、そうならなくなってしまっています。この流れは止まらないように思います。
正直、半年とか1年後の為替水準がどうなるかはよくわかりませんが、先ほどのような状況が変わらないのだとすると、長期的にはもっと円安が進むリスクも頭においておいたほうがいいですね。
(構成:小関敦史)
中編、後編の対談記事はこちらから(後編は日経BOOKPLUSに掲載)
【中編】投資ブームを煽る「誇張や断定」とどう付き合うか
【後編】注目の著者が激論「投資教育の是非について」
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