知事や国会議員などの選挙に立候補する場合、一定の供託金が必要になる。当選する意思のない人が売名のために立候補するのを防ぐ。供託金を出し、法的な条件を満たせば誰でも立候補ができる。過去最多の56人が立候補した今回の東京都知事選はその仕組みの限界を示した。

NHKで放映された東京都の小池百合子知事の政見放送

知事選や衆院小選挙区、参院選挙区に出馬するための供託金は300万円だ。供託金は得票数が一定の水準を超えなければ没収される。知事選の場合は有効投票総数の10%以上が必要になる。

当選を狙わなくても、事実上300万円の供託金と引き換えにいろいろなことができる。メリットの一つとして自らの主張をテレビなどで自由に訴えられる政見放送がある。

「大事なことなのでもう一度言わせてください」と動画配信サイトのチャンネル名を連呼する。机の上にのぼる。「私とLINEで友達になってください」と話し途中で衣服を脱ぐ――。奇抜な政見放送が問題視された。

政見放送は1回5分30秒と決められており、NHKで都知事選の場合、候補者1人につき首都圏で早朝と深夜にそれぞれ放送された。

300万円を失っても出馬するのは宣伝効果が300万円を上回るとみるからだ。広告料金の換算業務などを手がけるニホンモニター(東京・港)によると、早朝と深夜の5分30秒ずつの広告換算額はあわせて2300万円にのぼる。

自民党の梶山弘志幹事長代行は一部の政見放送について「公職選挙法が想定しない問題が生じている」と指摘した。

知事選の供託金は公選法で1950年に3万円と規定された。物価の上昇とともに引き上げられたが、92年に現在の300万円となったのを最後に32年間変わっていない。供託金の引き上げが方策として議論される可能性もある。

過去には逆の引き下げ論が提起された。自民、公明両党は2008年に衆院小選挙区などに立候補する場合の供託金引き下げを盛り込んだ公選法改正案を国会に提出したが、廃案となった。

海外で供託金制度を取り入れている例は少なく、制度があっても金額は日本より低い。英国は下院選の供託金がおよそ10万円。カナダは下院選で10万円ほどの供託金を設けていたが、違憲判決が出て廃止した。

署名制度を採用する国もある。ドイツは下院選小選挙区の候補者は選挙区の有権者200人以上の署名を必要とする。

今回の都知事選で売名の動きが増えた背景にはSNS(交流サイト)の普及もある。動画での収益が目的ではないかと疑う例もみられた。

動画関連事業を手がけるエビリー(東京・渋谷)の分析によると、都知事選で関連する動画コンテンツは増加した。

配信サイト「ユーチューブ」を例にとると、動画の本数は前回の20年選挙がおよそ1000本だったが、今回は1900本ほどとほぼ倍増した。候補者の街頭演説などを短く編集した「切り抜き動画」も目立った。

選挙情報サイト「選挙ドットコム」を運営するイチニ(東京・渋谷)の高畑卓社長は注目されることがお金につながる「アテンション・エコノミー」が選挙に広がり「陣営ではない第三者がビジネス目的で拡散した動画が選挙戦に影響を与える可能性がある」と指摘する。

SNSには候補者を平等に扱うルールはない。特定の候補だけの情報が大量に発信されることも投票行動を左右しうる。

高畑氏は「従来の選挙手法だけでは太刀打ちができなくなる。各党は見せ方を工夫する必要がある」と強調する。SNS上の「バズり」が既成政党や組織の型にはまった選挙のあり方を駆逐する時代が来るのだろうか。

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