7日投開票があった東京都知事選は、過去最多の56人が立候補した。この影響で6月20日の告示日、前代未聞の事態が起きた。ポスター掲示板の「枠」が足りなくなった。(この記事は後編です)

NHK党が「販売」した掲示スペースが同一デザインのポスターで占められた掲示場=6月20日午後、東京都千代田区で

◆「N国から枠を買った」と支局に電話も

 ―有権者に「顔」を売るポスター掲示板。貼る場所が足りなくなるなんて、本当にひどい話だった。 I 一部の候補者が掲示板の端っこにポスターをクリアファイルを使って貼ることになった。枠外のポスターは折れ曲がったり、取れかかっていたり、クリアファイルの中に水蒸気がたまったり…。候補者の名前や顔が見えにくかった。

クリアファイルが取れかけているアキノリ将軍未満氏のポスター=7月5日、東京都千代田区で

 ファイルに入れて粘着テープや画びょうで止めるのが手間になり、掲示板にポスターを貼るより時間がかかったようだ。ある候補者は「ポスターを貼るのに通常の3~4倍時間がかかる」と憤っていた。別の候補者は時間が足りず、結局200枚ほどポスターを貼れなかったという。「全部貼れていれば、もっと票を集められた」とこぼす。  複数の候補者が「不公平だ」と都に損害賠償を求める裁判を起こした。今後の動向が注目だ。 J もともと予定していた掲示スペースの半分を独占したのは「NHKから国民を守る党」。寄付という形で「枠」を売ったため、選挙に無関係なポスターが目立った。女性、動物、N国党の党首…。わけがわからない。60代の女性2人組は、枠外のポスターに目をやり「あちらが気の毒。譲ってあげればいいのに」と話していた。同じ思いの人は多かっただろう。 K 「N国から枠を買って、素晴らしいポスターを貼ったから見てほしい」と支局に電話があった。長く選挙を取材しているが、こんなことは初めて。行ってみると、「投票率向上案を提案します」という自説や、本人が企画したイベント告知…。これって選挙?

拡張用のクリアファイルの説明をする職員

J 掲示板を増設しなかった都選管の対応には、掲示板を設置、管理する区選管から不満や憤りの声が上がった。事前に連絡もなく、問い合わせた際に担当者は「え?」と驚いていた。掲示板がここまでクローズアップされたことはなかった。インターネット、スマートフォンが当たり前の時代、公選法のあり方を考える必要がある。

◆「萩生田隠し」も「八王子なら大丈夫」と自民に甘え

 ―七夕は都知事選だけではなく、都内9選挙区で都議補選もあった。8選挙区で候補者を擁立した自民党は2勝6敗と大敗した。派閥パーティーの裏金事件の影響はやはり大きかった。
L 裏金事件で役職停止処分を受けた自民都連会長の萩生田光一衆院議員のお膝元の八王子市では、自民新人が5万票もの差をつけられた。萩生田氏は「私も先頭に立つ」と言っていたが、告示前の決起集会や、大物国会議員を呼んだ屋内の演説会はマスコミをシャットアウト。陣営は世間への「萩生田隠し」に必死になっていたように思える。  ―大物議員って誰? L 石破茂元幹事長、河野太郎デジタル相、小泉進次郎元環境相ら。9月の総裁選候補とも目されている面々だが、票には結びつかなかった。党員向けのアピールだったのでは、とうがった見方もできる。

支援者らに陳謝する馬場貴大さん(左)と萩生田光一さん=八王子市で

 自民関係者は「ここは萩生田帝国。ついにその牙城も崩れ始めたかもしれない。何とか立て直さなければ」と声をひそめた。萩生田氏が先頭に立っている以上、自民への逆風は募るばかりだが、自民関係者は萩生田氏への忖度(そんたく)ばかり。「いくら自民とは言え、八王子なら大丈夫」という甘えがあったように見えた。  ―9選挙区のうち、足立区だけが自民と立憲民主党の新人候補者による与野党一騎打ちだった。 M 立民新人が762票差の激戦を制した。区議選でトップ当選した銀川裕依子さん(38)は突然の擁立だったが、立民都議がゼロだった都東部の「城東エリア」で一矢報いた。自民党都連幹事長を務めた高島直樹都議が亡くなり実施された選挙で、裏金事件の逆風の中で議席死守が最重要課題だった。告示日に応援に駆け付けた小渕優子選対委員長も党への不信感を拭い去ろうと「自民党はしっかり変わる」と強調したが、有権者は「高島さんが長年築いてきたものがあるが、裏金事件が引っかかる」と冷ややかだった。  ―昨春の区長選を巡る公選法違反事件で、区長や岸田政権で法務副大臣だった衆院議員が逮捕された江東区も注目だった。 N 都議会自民党の都連幹事長も務めた元職の山崎一輝さん(51)は本命とされ、開票日の夜の事務所では楽観ムードが広がっていた。ところが伝えられたのは、無所属新人の当選確実。「ゼロからの再出発」を掲げて補選で勝ち、次の衆院選で地元の候補者を擁立し、足場を固める計画に一転黄信号が灯った。  支援者や業界団体向けの集会に組織力を動員した一方、「無党派層」の取り込みには消極的だったように思う。山崎さんは「私の力ではどうにもならないことがあった」と裏金問題に触れたが、果たしてそれだけが理由だったろうか。  ―小池知事が特別顧問を務める地域政党「都民ファースト」は3人が当選。1人は知事の秘書で「妹分」の荒木千陽さん(42)だった。 O 荒木さんは知事選告示から都議補選告示までの8日間、緑色のジャケットを着て小池知事の選挙カーに乗ったり、街頭で小池都知事を応援するチラシを配布したりし、有権者への露出を増やしていた。自民陣営からは「法的にはギリギリセーフだとしても、真面目にルールを守っている自分たちにとってはずるい」という声もあった。

当選を確実にし、支援者の前であいさつする荒木千陽氏=東京都中野区で

 対する自民候補は、知事選で小池知事を応援する党方針とのねじれに苦しんだ。最終日、茂木敏充幹事長が応援に入るはずだったが雷雨で間に合わず、運にも恵まれなかった。

◆演説が中断するほどの妨害、「ひとり街宣」の動きも

 ―4月の衆院東京15区補選で、つばさの党による選挙運動の妨害行為があり、ピリピリムードの陣営もあった。
A 小池知事の街頭演説は、小池都政を批判する人や他陣営の支援者などによる演説の妨害がひどかった。「公約達成0小池」などのプラカードを掲げた人々から、「小池やめろ」「うそつき」などの激しいコールが度々起こり、小池さんの演説が約30秒ほど中断する事態になったことも。怒号や警察官による誘導の声によって演説が聞こえにくいことも多かった。  ―選挙戦では、「ひとり街宣」と有権者が駅前に立ったりして投票を呼びかける動きも広まった。 O 30~50歳代の女性が多く、都内各地の駅改札前やロータリーなどで「都知事を変えよう」などと書かれたピンク色のチラシを持っていた。蓮舫さんの支持者が多かったようだ。

駅前で都知事選への投票を呼びかける岸本聡子杉並区長

 投票日前日、中野駅前でチラシを掲げ歩いていた女性は「自分の意見を言えない社会がおかしい」ときっぱり。交流サイト(SNS)でも「#1人街宣」が広まっていた。組織票や政党とは関係なく、生きづらさや政治への変化を望む一人一人の声が連帯していく息吹や希望を見た気がした。


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