1954年7月1日から自衛隊創設70年になるのを前に、6月30日付の朝日新聞朝刊2面の「視点」で、「これまで日本の安全保障政策は、米国が日米協力の青写真を描き、日本がその宿題をこなすように防衛力を強化してきた」と記述しました。
- 【視点】「防衛力あっての外交」を問い直す 膨らむ予算、費用対効果の吟味を
読者の方から「本当にそうなのか。もうちょっと具体例を示して欲しい」との声がありましたので、今回は、「青写真」として米側が示した具体的な提言の内容と、日本が「宿題」をこなす様について、お話ししたいと思います。
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「アーミテージ・ナイ・リポート」の提起
ブッシュ(子)政権における米国の対日政策の青写真が描かれたのが、後に国務副長官を務めたリチャード・アーミテージ氏とジョセフ・ナイ米ハーバード大教授ら超党派のグループによって、対日政策の指針として2000年に策定された「米国と日本:成熟したパートナーシップに向けて」と題した、いわゆる「アーミテージ・ナイ・リポート」です。
- 「米国と日本:成熟したパートナーシップに向けて」
日米は、米ソ冷戦には勝ち抜いたものの、冷戦後は双方が共通の安全保障協力の目標を見失ったとし、真の脅威とリスクの可能性をもたらすと指摘。橋本龍太郎首相とクリントン米大統領によって出された1996年の日米安保共同宣言についても「ハイレベルでの注意が維持されず、(安保共同)宣言のみが宙に浮き、結果として、日米は、貧弱な政策のすり合わせに戻ってしまった」と述べています。さらに、97年の新ガイドラインについても「日本の役割を拡大するための終着点ではなく、出発点となるべきだ」と、「日本周辺事態」の枠組みをさらに超えた日米協力を促し、「日本は従来のドナーの立場を超えて国際的なリーダーシップをとるならば、リスクを負うことを覚悟しなければならない」と日米同盟の将来像に期待感を示しました。
この提案が、いかにその後の日本の対米・安全保障政策に影響を与えたのか。リポートで指摘した「宿題」と、それへの日本のレスポンスを見れば、明確です。2000年に指摘された11項目について、政権ごとの日本政府の対応を見ていきましょう。
小泉政権 有事法制を整備
①(米リポートの提言)「日本が従来のドナーの立場を超え、国際的リーダーシップをとるなら、リスクを負う必要がある」
→(日本政府の対応)国連平和維持活動(PKO)協力法の枠組みを超えた、時限立法の特別措置法を作り、インド洋やイラク本土への自衛隊派遣(01年、04年)
②「有事法制法の成立を含め、新たな日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の鋭意実施」
→有事法制の整備(03年)、米軍再編の具体化と任務・役割・能力を確認(05年)
③「日本はPKOに従事する他国に負担をかけぬよう、1992年に課した制約を解除する必要がある」
→PKO協力法における国連平和維持軍(PKF)への参加凍結を解除(01年12月7日)
④(提言)「日米ミサイル防衛協力の範囲を拡大する」
→日本政府が弾道ミサイル防衛の導入を決定(03年12月19日)
⑤「(冷戦後の)日米関係は、方向性を見失い、焦点と一貫性を失った」
→日米安全保障協議委員会(2プラス2)で、日米の「共通戦略目標」を確認(05年2月19日)
⑥「日本での政治的変化は、日米関係を試すと同時に、再活性化させる比類なきチャンスをもたらす」
→小泉純一郎首相・ブッシュ米大統領による蜜月関係の構築と、日米同盟の深化
⑦「新ガイドラインは、同盟関係において、日本の役割拡大の終着点ではなく、出発点となるべきだ」
→日米安全保障協議委員会(2プラス2)で合意された「日米同盟:未来のための変革と再編」で、日米の任務・役割・能力を確認(05年10月29日)
⑧「米軍3軍と日本の自衛隊とのゆるぎない協力体制の確立」
→「日米同盟:未来のための変革と再編」で、自衛隊と米軍による施設・区域の共同使用や共同統合運用調整の強化などを確認(05年10月29日)
⑨「米国の能力が維持される範囲内で、日本での米軍の軍事基地を減らすよう努力すべきである」
→「日米一体化」による在日米軍再編合意(05年10月29日)
⑩「日本の指導者は、機密保持のための新たな法律について、国民的・政治的支持を得ることが必要だ」
→秘密保全罰則強化のための自衛隊法改正(01年10月29日)
安倍政権 集団的自衛権の解釈を変更
⑩「日本の指導者は、機密保持のための新たな法律について、国民的・政治的支持を得ることが必要だ」
→小泉政権での自衛隊法改正による秘密保全罰則強化に加え、安倍政権で特定秘密保護法を整備(13年12月6日)
⑪「日本が集団的自衛権行使を禁止していることは、同盟への協力を進めるうえで制約になっている」
→日本政府が従来の憲法解釈を変更し、集団的自衛権を認めることを閣議決定(14年7月1日)
このようにしてみると、米側が要求した主な11項目のうち、10項目について、日本は小泉政権下の01年から06年までのうちに米側の要求をこなし、残りの項目についても、安倍政権が「宿題」に取り組んだことが分かります。皮肉も込めて新聞記者の立場で言えば、米側が何を要求していて、それに日本政府がいつ答えを出すのか、に注目してさえいれば、特ダネが狙えるといったわけです。
なかでも、小泉政権での有事法制、安倍政権での集団的自衛権行使をめぐる政府解釈の変更と、特定秘密保護法制定は、日本の安保政策にとっても大きな転換点となるものでした。
日本が自ら提唱した「FOIP」
日本が米国に先駆けて提唱したものもあります。安倍政権が16年に打ち出した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP:Free and Open Indo-Pacific)」戦略です。オバマ政権で対中政策が揺らぐなか、中国の習近平(シーチンピン)国家主席が13年に提唱した、世界的な経済圏拡大のための「一帯一路」構想に対抗する形で発表。法の支配や航行の自由、自由貿易などをインド太平洋地域で推進する方針を掲げました。当初は「戦略」と呼んでいましたが、表現を緩めて包摂的なメッセージとするため、「構想」と言い換えました。
トランプ米政権も日本の方針に賛同し、19年に米国防総省が発表したインド太平洋戦略は、日本より対中強硬姿勢を強く打ち出しました。同じFOIPでも、日米で温度差があるのが実態です。
ただ、最近は再び、「米側が対日要求し、それを日本が実行に移す」といった構図に戻りつつあります。防衛費の国内総生産(GDP)比2%への大幅増や、敵基地攻撃(反撃)能力の保有などがそれです。
先に新聞に掲載した「視点」で、私は「日本は主体性を失い、あるいは失ったふりをして政治家や官僚が米国の外圧を利用し、『戦後安保のタブー』(元外務省幹部)破りを進めてきた」とも指摘しました。例えば、自衛隊のイラク派遣が議論されている際も、米政府高官から「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(陸上部隊を派遣せよ)」との発言があり、イラク特措法で3自衛隊をイラクに派遣したことがあります。この背景には、世論の喚起を狙って、あるいは官邸を動かすために、自民党幹部が米高官に耳打ちして、米側から発信させたことが知られています。このように、米国という外圧を使って、安保政策を進めることが少なくありません。また、北朝鮮や中国の脅威を奇貨として、防衛装備品導入を進めてきたきらいもあります。日本の弾道ミサイル防衛導入が議論されていた時、北朝鮮が弾道ミサイルを発射したのをみて、防衛省幹部は「これで弾道ミサイル防衛の予算がとれる」と満面の笑みで語ったのを見て、違和感を覚えたことがありました。
日本は、時に「米国の要求」と「対中脅威」という外圧を使いつつ、外務省幹部がいう「安保のタブー」を破って、安保政策を変化させてきました。ただ、こうした手法はもはや通用しません。なぜなら、危機が起きれば、即座に日本が戦場になりかねない状態まできているからです。日本が、国民の生命・財産をどう守り、国益をどのように確保していくのか。それは、米国のシナリオに沿って日本が行動することでも、時に外圧を使いながら「安保のタブー」破りを重ねていくことでもありません。むしろ「安保のタブー」を破った後に、どのような展望を持つのか、そうした先を見通しながら、日本独自に戦略を練るという問題意識がいま求められているのだと思います。(編集委員・佐藤武嗣)
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