当初は「石丸現象」を予想だにしていなかった。  東京都知事選で前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏(41)が165万票を集め、立憲民主、共産両党の支援を受けた蓮舫前参院議員(56)を追い抜いて2位になった。  世代間格差の深刻さは理解していても、若年層が無名に近い候補にこぞって飛び付くほどの飢餓感を持っているとは認識していなかった。  日本は後に生まれる世代ほど「損」をする社会だ。公的年金をはじめとする社会保障では若い人ほど負担と給付の損益が悪化する。現在は65歳以上1人を現役世代2人で支え、これから数十年間で高齢者1人を支える現役世代の人数は1人に近づいていく。  若年層は年長世代がつくった社会にいや応なく暮らす。長期の経済低迷の中で育ち、好景気を知らない。にもかかわらず、高度成長期やバブル経済を経験した上の世代に年金を「仕送り」しなければならない。不公平に感じたとしてもやむを得ない。  だが、これまで若年層の投票率は低かった。政治行政への不満や関心がさほど強くないのか、諦めているのか、どちらかだと受け止めていた。今回、積極的に応援したい政党や候補者がいなかっただけなのだと見方を改めた。  では、なぜ石丸氏は若い世代から支持されたのか。「後講釈」が政治談議のネタになれば幸甚である。  少なくとも政策が要因ではない。石丸氏が訴えた若年層支援や少子化対策は、小池百合子知事(72)に比べて具体性に乏しかった。若年層が期待したのは個別の政策でなく、社会の閉塞(へいそく)感の打破だろう。  石丸氏は市長在任中、議会との対立を交流サイト(SNS)にさらし、地方都市の旧弊と戦うイメージを自ら演出した。都知事選では既成政党を「政治屋」と敵視する姿勢が、旧世代に対する若年層の反感と響き合った。  「炎上」を辞さずに耳目を引く手法は、お騒がせユーチューバー系候補者と共通するが、銀行員、市長の経歴によって実社会での突破力も備えていると若い世代に映った。新聞・テレビに対する邪険な態度も、従来型のマスメディアを重視しない若年層には小気味良いに違いない。  次期衆院選では、若い世代が推したくなる政党や候補者は現れないかもしれない。だからといって「与野党どちらも嫌」と棄権すれば、高齢者が選挙と政策に影響力を持つ「シルバー民主主義」は強まるばかりだ。  もとより完璧な政党や候補者は望むべくもない。むしろ一つの政党、一人の政治家に社会の変革を委ねるような世論一色になる方が危うい。民主主義は、より「マシ」な政治を選ぶ仕組みである。  石丸現象は若年層も政治に熱くなることを示した。これを機に政治参加を定着させたい。次代を担う主権者が、より「マシ」な未来を自ら選ぶために。


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