海外でインフラ事業を手がける企業を支援する官民ファンド「海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)」が、2023年度決算で約799億円の巨額損失を計上した。累積赤字は約955億円に上る。クーデターが起きたミャンマーでの事業や安倍晋三元首相がトップセールスした米国の新幹線事業の先行きが見えないためだ。インフラ輸出が日本に成長をもたらすと、採算性やリスクの評価が甘いまま、国策として突き進んだツケではないか。(山田祐一郎、岸本拓也)

新幹線N700S=2021年

 JOINは6月25日、23年度決算を公表した。約799億円の損失のうち事業件数で目立ったのがミャンマーだ。最大都市ヤンゴンでの3件の都市開発事業で計約179億円を占めた。

◆ミャンマー インフラ事業の最中にクーデター

3件は、商業施設などを整備する「ヤンゴンランドマーク事業」「ヤンキン都市開発事業」、そして軍事博物館跡地に複合施設を建設する「Yコンプレックス事業」だ。各事業とも21年2月にミャンマー国軍が起こしたクーデター後、国内の混乱を受け、安全上の理由などから中断している。  アジアの開発問題に取り組むNPO法人「メコン・ウォッチ」は特に、Yコンプレックス事業を問題視してきた。「施設を建設するのは軍が管理する土地であり、土地の賃料が市民に残虐行為を続ける軍を利することになる」と木口由香事務局長が訴える。  国防省が所有する1万6000平方メートルの土地にオフィスや商業施設、ホテルからなる複合施設を建設する計画で、総事業費は3億3250万ドル(約518億円)。JOINとフジタ、東京建物が、ミャンマー企業と現地で事業会社を設立して進めていた。JOINは56億円を出資したほか、47億円の債務保証をしている。

◆支払った借地料が国軍の活動に使われた可能性

 メコン・ウォッチによると、クーデター前、年間218万ドル(約3億4000万円)の借地料が国防省に支払われたとみられる。その金は国軍の活動に使われた可能性がある。  JOINによると、クーデター以降、借地料の支払いは止まっているという。21年4月の国会答弁で、JOINの武貞達彦社長は「用地は国防省と契約を結んでいる」と述べ、国軍に直接資金が流れておらず、問題はないと主張していた。だが、米国は23年、市民を弾圧する国軍を武器調達などを通じて支えているとして、国防省を金融制裁の対象としている。木口氏は「JOINの説明の根拠が崩れている」と指摘する。  また事業中断を受け、東京建物やフジタは21年度中に損失を計上していた。JOINは守秘義務を理由に損失を公にしてこなかったが、今回、民間企業を後追いする格好で公表に転じた。

ミャンマー・ヤンゴンの市庁舎周辺=2022年撮影(資料写真)

 木口氏は「大部分を公的資金に頼っていながら、情報公開に後ろ向きで説明責任を果たしていない」とJOINの姿勢を疑問視する。さらに「今回の公表も損失について触れているだけで、事業が抱える問題についての見解が見られない。人権リスクの高い国での事業には十分な検証が必要だが、リスクを軽視している」と強調する。

◆JOIN担当者「状況を見守るしかない」

 「こちら特報部」が17日、損失公表の経緯を問い合わせると、JOINの担当者は「ミャンマーで総選挙が行われれば情勢が変化する可能性があったため、22年度までは損失として計上しなかった。23年8月までに実施するとされた総選挙が延期されるなど、回収の見込みが立たないことから今回、損失として計上し、公表した」と説明する。  ただ、総選挙といっても、民主派の政治家らを拘束した国軍が、民政移管を装うために実施しようとしているもの。事態を収束させる解決策とはなり難い。  今後、事業はどうなるのか。担当者は「現時点では状況を見守るしかない」と述べるにとどまった。

◆「官民」と言っても「民」の出資は2%のみ

 JOINは、インフラ輸出を成長戦略に掲げた第2次安倍政権下の14年10月に官民の共同出資で設立された。官民と言いつつも、民間の出資比率はわずか2%。その実態は、ほぼ国の丸抱えだ。事業報告によると、設立以来、海外の交通や都市開発などのインフラ事業44件に計約2561億円を投融資してきた。  今回、JOINはミャンマーだけでなく、安倍元首相がトランプ前大統領に売り込んだことで知られる米テキサス州の高速鉄道事業でも約417億円もの損失を計上した。

◆アメリカ新幹線計画は現地企業が債務不履行

 15年11月にテキサス州ダラス—ヒューストンを結ぶ新幹線計画を進める現地企業への出資を決め、用地買収を進めていた。しかし、コロナ禍などの影響で現地企業が債務不履行状態に。

斉藤鉄夫国交相=2023年5月、国交省で

 23年8月、全米鉄道旅客公社(アムトラック)が支援に乗り出し、米政府も補助金支給を決めた。計画は一歩前に進んだものの、JOINは「債権回収に向けた道筋が不確実」として、投融資全額の損失計上を迫られたという。  さらに、ブラジル・リオデジャネイロ州での鉄道事業でも81億円の損失を出した。15年12月、三井物産とJR西日本と共同出資したが、コロナ禍や治安悪化によって利用が低迷した。契約に基づいて州政府から営業補償を得られるはずが、州政府は財政悪化を理由に支払いを再三拒否。事業の継続が困難になり、全損計上に追い込まれた。  巨額損失を受け、国交省は7月中に有識者会議を立ち上げ、年内をめどに経営改善策などをとりまとめる方針を示した。改善策が出るまでの新規支援は見合わせる。斉藤鉄夫国交相は6月末の会見で「有識者会議では、そもそもの存在意義から議論していただく」と話し、JOINの休廃止も選択肢になり得るとの認識を示した。

◆主要15の官民ファンドのうち累積赤字は9「全体としては失敗」 

知的財産戦略本部であいさつする岸田首相(右から3人目)=6月

 官民ファンドは、第2次安倍政権以降に各省庁がこぞって設立したが、その多くが赤字だ。内閣府によると、23年3月末時点で、主要な15の官民ファンドのうち、JOINやクールジャパン機構など9ファンドが累積赤字を計上している。  明治大の田中秀明教授(財政政策)は「出資には損失リスクがあるとはいえ、10年もかけて、これだけ赤字のファンドが多いということは、全体としては失敗と言わざるを得ない」と総括し、こう続ける。

◆「アベノミクスに乗じた天下り先づくり」

 「そもそも投資や目利きのノウハウのない各省が縦割りでファンドを乱立させたこと自体、アベノミクスに乗じた天下り先づくりと言われても仕方がない。損失を見過ごしてきた出資者たる財務省の責任も重い。見込みのない赤字ファンドの損失がこれ以上広がる前に統廃合すべきだ」

安倍晋三首相=2016年8月、首相官邸で

 官民ファンドの赤字を回収できなければ、将来的に国民の「損」になる。官民ファンドに対する国側の出資は、財務省が管理する「産業投資」の資金などが充てられている。その主な原資はNTTや日本たばこ産事業(JT)といった政府が持つ株式への配当金で国民の資産だ。事業への投資の損失は、国民資産の目減りを意味する。  経済ジャーナリストの磯山友幸氏は「官民ファンドは、大半を国が出資しているにもかかわらず、『民間事業なので』と言って、適切な情報開示がなされず、チェック機能も働いていない」と指摘し、有識者会議では監視機能の強化につながる議論を期待する。  「現状は、役所にとって使い勝手の良いポケットになっている。公金を投じている以上、JOINだけでなく、ほかの官民ファンドを含めて、第三者や国会が常時監視する仕組みが必要だ」

◆デスクメモ

 JOINは当面、新規支援を見合わせるという。だが今回の損失公表と同日、ベトナムでの都市開発事業への支援決定を発表している。木口氏は「駆け込みで不誠実」と批判する。確かに疑わしい動きだ。有識者会議が中身ある議論をするのかを含め、推移を注視する必要がある。(北) 

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