法曹関係者らに送る文書に自署する升永英俊弁護士

 国政選挙で有権者1人当たりの票の重みに不平等が生じる「1票の格差」の解消を目指し、15年前から訴訟に取り組む弁護士がいる。升永英俊さん(82)だ。1年後の参院選を見据え、この問題への関心を高めるため、8月中に約2万人の法曹関係者らに手紙を送る作業を進めている。何がベテラン弁護士を駆り立てるのか。(大杉はるか)

◆一通一通自署、裁判官や弁護士、学者、記者へ

 「ようやく1万通まできました」。印刷された文書の束を前に升永さんは語った。一通一通、文書の冒頭にペンで自署する作業を6月から続けている。文書の送り先は裁判官、弁護士、憲法学者、訴訟を取材した記者ら。ぜひ読んでほしいと「親展」と表示した封筒に入れて発送する予定だ。

国会議事堂(資料写真)

 文書は升永さんが取り組む「人口比例選挙請求訴訟」の意義を説明する内容だ。本文の最初には「人口比例選挙請求訴訟は、卑弥呼以来歴史上初めて、主権を自分のものにする行動です」と書いた。そして、こんな文言が出てくる。「日本は、国民主権国家ではなく、国会議員主権国家です」 憲法で主権は国民にあるはずだが、どういうことか。

◆半数未満の得票で過半数の議席

 現行の衆参両院の選挙制度では、議員1人の当選に必要な有権者数に差があり、1票の価値が平等ではない。結果として、有効投票の半数未満しか得票していない自民、公明両党が、国会で過半数の議席を得て与党になっている。  例えば、2021年の衆院選で、自公両党の得票率は比例で47%、小選挙区で49%なのに、63%の議席を獲得した。22年の参院選でも、得票率は比例で46%、選挙区で45%だったが、59%の議席を占有した。

投票の様子(資料写真)

 升永さんはこの現状は民意を反映していないと、強い危機感を抱いている。  憲法は「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」で始まる。国会については「全国民を代表する選挙された議員で組織する」と定め、「(議事は)出席議員の過半数で決し」とある。   だが実際は、得票率が半分未満の与党が過半数の議席を使って首相を選出し、予算や法律を成立させている。升永さんは指摘する。「日本は多数決ではなく少数決の国だった。少数決で権力を握るのは弊害だよ」

◆米留学で同級生の意識の高さに衝撃

 30代のころ、米コロンビア大のロースクールに留学し、米国人同級生らの政治意識の高さに衝撃を受けたという升永さんは09年、仲間の弁護士と、1票の格差の観点から、国政選挙ごとに無効を求める訴訟を始めた。訴訟の最終的な目的は人口比例選挙の実現だ。  ただ最近では、最大格差が2.08倍だった21年の衆院選、3.03倍だった22年の参院選について、升永さんらが無効を訴えたが、最高裁は相次いで「合憲」と判断した。  参院の場合、15年に「鳥取・島根」と「徳島・高知」の合区を決めた後は大きな法改正をせず、3倍程度の格差が常態化している。

最高裁大法廷(資料写真)

 最高裁は判決で「さらなる格差是正は喫緊の課題」としたが、国会で見直しは進まず、来年の参院選も現行制度で実施されそうだ。  升永さんは「本格的に制度を見直さずに参院選をしたなら、最高裁は少なくとも『違憲状態』判決を出すべきです。今回の文書は最高裁裁判官に耳を傾けてもらうため」と話す。その上で、参院選に衆院比例と同じ11ブロックに分けた選挙区制を導入する方法を提案する。この仕組みだと格差は1.1倍の実質的な人口比例選挙になり、「国民主権」に近づくためだ。

◆「憲法通りの権力移動を」

 2万通もの文書に自署して郵送するのは、手間も費用もかかる。升永さんは厳しいまなざしで語る。「日本の歴史を振り返れば、主権はいつも治者にあった。ポツダム宣言を受諾して、国民主権になったと思っていたが、実際はそうではなかった。史上初の憲法通りの権力移動を目指しているんだから、それは大変なことですよ」 

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