岸田首相が14日、首相官邸にパリオリンピックの金銀銅メダリストを招き懇談した際の選手との様々なやりとりが話題となっている。実はこの懇談では、翌日に自民党総裁選不出馬を表明することになる岸田首相が選手に対し、戦略や勝利の秘訣に関する質問を次々に投げかけていた。そして選手たちの首相への丁寧な対応が際立つと同時に、スポーツ強化予算の重要性も垣間見える面会となった。
今回の面会には金メダルだけで20個、銀と銅も含めて45個と国外開催大会での最多メダルを獲得した計66人のメダリストが参加し、岸田首相と約45分間にわたって懇談した。岸田首相は面会の冒頭、「メダルがかかっているような決勝とか準決勝、日本の時間では大体真夜中でしたので、日本中の国民がずいぶん寝不足に悩まされましたが、そんな悩みも吹き飛ばすくらい皆様は素晴らしい元気や勇気を日本の全ての国民に与えてくれたと心から感謝しています」とメダリストたちに謝意を示した。
選手団からは2大会連続で個人の金メダルを獲得した柔道の阿部一二三選手が挨拶し、「私自身の一歩踏み出す勇気は家族だと思っています。家族がいつもそばにいてくれて、本当に苦しいときに温かい言葉をかけてくれて、いつも背中を押してくれるのが、僕自身一歩踏み出す勇気になったなと思っています。これからもオリンピアンとして、そしてメダリストとして、誇りを胸にオリンピックムーブメントの推進に寄与していきたい」と語った。
そして懇談タイムに入ると、自身もハンマー投げの金メダリストである室伏スポーツ庁長官の進行で岸田首相が各競技ごとに、選手に質問していく方式で会話が進んだ。
まず体操で金メダル3つを獲得した岡選手に岸田首相は「大きな怪我を乗り越えて三冠を得られたことを振り返ってどんなふうに思っておられるか」と尋ねた。岡選手は「オリンピックがあると思いながら、本当に強い思いを持って毎日トレーニングを重ねてきて3冠と銅メダルの獲得ができたので大変嬉しく思っています」と答えた。
橋本選手に対しては、逆転で金メダルに輝いた体操団体で、一時はミスなどで下位に沈んだことに言及し「気持ちを取り乱さずに頑張られた。なにか秘訣があったか」と尋ね、橋本選手は、後半に日本選手の得意種目が残っていたという冷静な分析を交えつつ「(主将の)萱選手が最後まで諦めるなという言葉を選手全員にかけていたからこそ、みんなで諦めることなく最後の鉄棒で大逆転が生まれたんじゃないか」と答えた。
続いて、飛び込みで日本史上初のメダルを獲得した玉井選手に対し、岸田首相はメダルを決めた最後の競技の時の気持ちというシンプルな質問を投げかけ、玉井選手は「最後、自分の得意である種目を、自信を持って悔いの残らないように飛び切ろうという思いで、たくさんの歓声だったり、応援してくださる日本の方々の思いをのせて最後一本飛び、綺麗だったなと思う」と語った。
そして大会終盤に怒濤の金メダルラッシュを見せたレスリングについて岸田首相は「日本のレスリングの強さはどこにあるんでしょうか?その秘訣を教えてもらえますか」と質問した。
40年ぶりにグレコローマンでの金メダルを獲得した文田選手は「今まではやっぱり全日本に入ってから世界を目指す。全日本チャンピオンになってから世界とどう戦うかっていうことを考えている選手が多かったけど、今はもう大学生のときから世界の選手と一緒に練習することで、早い段階で世界を見て競技に打ち込めているので、それが今回もすごくメダルラッシュに繋がったと思っている」と世界を視野にした強化策を勝因に挙げた。
一方、女子の藤波朱理選手は「日本レスリングの強さは歴史にあると思う。自分自身も小学校の頃にオリンピックを見て自分もこうなりたいなと思って今までやってきましたし、そういった先輩方の活躍に夢をもらう夢の引き継ぎっていうのができているのかな」と答えた。
続いて、団体女子で銀メダルを獲得した卓球について岸田首相は、あと少しまで追い詰めた絶対王者・中国との激闘に触れた上で、4年後のロス五輪への抱負を尋ねた。早田ひな選手は「中国はもう本当に昔からずっと強くて、中国代表でオリンピックを取った選手がそのままコーチになって、いろんなことを受け継いで私達よりもいろんなことを学んで金メダルを取っていくのかなと思っている。勝ちたいと思っても勝てる選手ではない。でも4年後も心技体智全てを究極に揃えてリベンジしたい」と中国の強さの秘訣を挙げつつ4年後の金メダル奪取を誓った。
岸田首相は続いてセーリングの選手に「海上でどんな工夫をして銀メダルに結びつけたか」を尋ね、岡田・吉岡両選手は「可能な限り短い言葉で正確に相手に伝わるのかというコミュニケーション」をメダルの要因に挙げた。
そして92年ぶりのメダル獲得という快挙をなしとげた馬術チームに岸田首相は「『初老ジャパン』という言葉がマスコミでもとりあげられた」と触れた上で、競技の舞台がベルサイユ宮殿だったことについて尋ねた。大岩選手は「宮殿の湖の橋を馬と一緒に駆け抜けるという貴重な経験をさせていただいた。今回92年ぶりということで、我々は馬術関係者の悲願でしたので、それを達成できたことは本当に嬉しい」と語った。
続いて女子ダブルスと混合ダブルスでメダルを獲得したバトミントについて、岸田首相はダブルスの難しさと工夫について尋ねた。志田千陽選手は「お互いの意見が違うときもありますし、2人の調子がすごくいいっていう時はあんまり多くはなかったりするけど、そういう時にしっかり2人でコミュニケーションをとってやることを心がけています」と応じ、渡辺選手は「どちらかが頑張るだけではなくて、2人でどうやって勝つかっていうところを考えながら、思いやりを持ってプレーすることが大事だと思っています」と勝利の秘訣を語った。
さらに、日本が史上初めてメダルを獲得した近代五種について、岸田首相は、勝利に必要な総合力について工夫していることは何かを質問した。佐藤選手はフェンシングについては専門の選手と一緒に合宿や練習をして強化してきたことをあげ、様々な人の支えがメダルの要因だと語った。
スポーツクライミングについては、岸田首相は「面白いなと思って見ていた。実際に競技をやる立場でスポーツクライミングの魅力は何か」と尋ね、銀メダルを獲得した安楽選手は「どう登るか考え、失敗を繰り返しながら登る、その過程自体が楽しくて魅力ある」と応じた。
「自分の踊りをステージに置いてくる」
今回初めて実施されたブレイキンについて岸田首相は「即興で音楽に合わせてダンスする。素人が考えても想像を絶するような難しさがあると思うが、どんなトレーニングを積んでいるのか」と尋ねた。AMI選手は「ブレイキンは、当日は音楽も何がかかるかわからないし、対戦で相手によってムーブも変えないと行けない。その時にならないと何がおきるかわからない中で戦っている。私自身は、ブレイキンは自己表現だと思っていて勝ち負けだけがすべてではなく、自分の踊りをそのステージに置いてくる。自分をステージでプレゼンするのを一番大事にして踊っている。自分に向き合う時間、自分の強み、何を表現したいのかを考えながら自分に向き合って練習している」と語った。
ここで、室伏スポーツ庁長官がAMI選手と岸田首相に「総理、AMI選手は即興が得意ということで、我々と、場を和ますのもいかがでしょうか」と、ダンスに関するコラボの提案をぶっ込んだ。ただAMI選手は、「拍手をいただいて恐縮なんですが、ちょっとスーツじゃ踊れないので、機会があればぜひまたお願いします」と丁重に断り、室伏長官も「失礼しました」と恐縮。岸田首相は「上手にやんわり断られた」と笑い、会場も笑いに包まれた。
続いて柔道について岸田首相は、体重が上の階級とも戦う場面があった団体戦について、階級差を克服する秘訣・要因は何か、団体戦における戦略はあったのか」と尋ねた。角田選手は「二階級上の選手とはじめて戦うときは怖さがあり足が震えた。ただ、チーム戦ということで皆さんから勇気をもらい背中を押してもらえて思い切り戦うことができ勝つことができた」と語り、村尾選手は「それぞれが個人戦の気持ちで挑んでいるが、加えてチーム全体でつないでいこうという思いが戦略になっていった」と語った。
そしてフェンシングについて岸田首相は「日本がこれだけ飛躍した原動力はなんだったんでしょうか?秘訣は何だったのか」と尋ね、加納選手は「フェンシングは外国人コーチに指導してもらっている。外国人コーチから技術や戦術を教えてもらい、それを日本人が自分なりにアレンジして自分のものにして戦っているので最近飛躍的に伸びたと思っている」と説明。江村選手は「今回結果が出たが、急に何かを変えたというより組織をあげて10年以上前から全種目勝てるようにと取り組み、外国人コーチを呼んでサーブルを指導いただいたが、10年以上経って結果につながった」と語った。
室伏長官は「フェンシングは国の施策を有効活用していただき、ナショナルトレーニングセンター、また現地でもそういう施設があり有効活用していただいている。他の団体も参考になる」と指摘した。
最後にスケートボードについて、岸田首相は「今や日本の新しいお家芸とも言える競技になった。日本の強みは何だと思いますか」と尋ね、堀米選手は「日本のスケートボードの強さは、東京五輪以降スケートボーダー人口が増えて、若いスケーター、才能あるスケーターが一杯でてきて、その環境が日本の強い部分だと思うし、ストリートカルチャーも魅力的で、日本でしか出せないかっこよさもある」と答えた。吉沢恋選手は「日本人の強さは、日本でのスケートボードをできる、教えてもらえる環境があること、日本人の諦めないところと努力し続けられる所だと思う」と語った。
その後、岸田首相は、メダリストひとりひとりに「おめでとうございました」などと声をかけながら握手し、馬術チームには「舞台も美しく、テレビで映えていた」、近代五種には「種目が変わるというからまたがんばってください」、ブレイキンには「見ていて楽しかった」などと声をかけた。
さらに柔道チームとの握手では「テレビで見るのと実際は大きさも違う」と感想を述べると、ウルフアロン選手から「(首相も)テレビで見るより大きくて。強そう」と突っ込みを受けた。さらに斉藤立選手が岸田首相に「サインとか…ちょっと欲しかった」と本気ともジョークともつかない水を向けられると、岸田首相は「(柔道選手は)サインする方だから…」と苦笑。斉藤選手は「背中に書いて欲しかった」と粘ったが、岸田首相は「まだまだこれから晴れ舞台もあると思うのでがんばってください」と懇談をしめくくった。
選手・指導者総勢744名 海外五輪では最大の選手団
このように、和気藹々とした面会となったが、気になったのは、岸田首相が、各選手に勝利の秘訣や、困難な状況の克服について多く質問していたことだ。翌日、電撃的に退陣を表明した岸田首相だが、これまでの政権運営と今後の政局も見据えて、戦略的な部分への興味に基づいた質問が多かったのかもしれない。
もうひとつ目を引いたのは、メダリストや選手団幹部が、岸田首相に対し非常に丁重に対応していたことだ。そもそも選手団の帰国早々に首相官邸に招かれるのもあまり例のないことで、面会後に阿部一二三選手は「挨拶、緊張しました。東京(オリンピック)の時にこうやって訪問したりとか挨拶したりがなかったので、本当にこういう場所に来られて、しっかりメダルを持って挨拶できたというのは本当に嬉しく思う」と語り、藤波朱理選手も「直接こうやって金メダルを持って挨拶することができてすごくうれしく思います」と語った。
メダリストたちにとって、岸田首相はもちろん、母国のトップリーダーとして敬意を払う相手であり、直接称賛と感謝を受けるのは嬉しいのはもちろんだろう。一方で、それだけではない重要な要素もある。面会の冒頭、日本選手団の団長で、JOC専務理事や日本陸連会長を務める尾縣貢氏は次のように語った。
「チームジャパンは選手・指導者総勢744名という、これまで海外で行われたオリンピックでは最大の選手団を組織して、金20個、銀12個、銅13個、合計45個のメダルを獲得しました。そして入賞数は115。これはひとえに日本政府、そして日本スポーツ振興センター、そういった組織のご協力のもと、各競技団体が長年にわたり継続した努力の成果だと思っております。この場をお借りしましてこれまでのご尽力、ご支援に心から感謝を申し上げます」
尾縣氏はこのように、スポーツ予算を差配する政府や、totoなどのスポーツ振興くじを運営し、収益金を握るスポーツ振興センターへの感謝に触れた。スポーツ団体にとって政府からの支援は非常に重要なものだ。実際、今回岸田首相が尋ねた勝利の秘訣についての答えとして、海外遠征を含めた世界のトップレベルとの交流、外国人指導者の招聘、組織的な強化策、若手時代からのエリートスポーツ教育などがあげられたが、どれもそれなりのお金がかかるものだ。
政府は「スポーツ立国」を掲げ、ナショナルトレーニングセンターの設立などトップアスリートの育成強化に取り組んできた。卓球の平野美宇選手が、閉会式でアスリート育成の過程で一緒だった他競技の仲間と再会できたことを喜んでいたのも、この育成が成果を挙げているひとつの証左と言える。特にフェンシングの躍進は、太田選手の銀メダル獲得のころから、組織的な強化が効果を上げていて、室伏スポーツ庁長官が他団体の参考になると言及したように、組織的な選手育成システムの重要さを物語っている。
2024年度のスポーツ予算は約360億円 右肩上がり
スポーツ予算は、基本的に右肩上がりで増えていて今年度は前年度費で微増の約360億円となっている。このうちトップアスリート育成の予算は約100億円だ。ただ現在は、東京五輪という育成の大きな目標から3年が経ち、世界各国もさらに選手強化を図る中で、こうした育成システムをさらに強化していけるかが問われる段階に入っている。岸田首相は面会の中で次のように語った。
「何よりも皆さんが次の舞台で一層活躍ができるために、様々な環境整備に努めていきたいと思っていますし、そうしたことを通じて皆さんをより一層応援させていただきたいと思っています。来年(2025年)9月には東京で世界陸上があります。2年後には名古屋でアジア大会が予定されています。そして4年後には次のオリンピック、ロサンゼルス大会が待っています。ぜひ今日この場に来てくれたメダリストの皆さん、そしてそれに続く新しいアスリートの皆さんにも4年後に向けてより一層成長してもらって、そして次の舞台でも活躍してもらえればと心から期待しています」
岸田首相はこのように支援の姿勢を示したが、国民の大事な税金を無駄なく適切にアスリートの育成・強化に使えるか。そして国内での各競技の人気向上や一般国民の健康増進なども含めたスポーツ文化をより定着させることができるか。真のスポーツ立国に向けた取り組みは、このパリ五輪の感動をきっかけにさらに重要度を増しそうだ。
【執筆:フジテレビ政治部デスク 髙田圭太】
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