メディアが内向きになる中、国際性と中立的な視点で、読者の信頼を獲得している。

デジタルの有料購読者数は100万人を超える。成長の秘訣はどこにあるのか(写真:Getty images)1888年に英国ロンドンの金融街シティーで創刊した、経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)。特徴的なサーモンピンク色の同紙は、世界を代表する経済メディアとして知られている。世の中を驚かせたのは、2015年の日本経済新聞による買収だ。教育事業を手がける英ピアソンから日本経済新聞が約1600億円でFTグループの全株式を買い取った。ただし親会社が代わってもデジタルを推し進める戦略に変更はなく、成長は加速している。FTグループの2023年の売上高は5.1億ポンド(約980億円・前期比11.2%増)、営業利益は2900万ポンド(約55億円・同4.2%増)と、デジタル購読者数の拡大を軸に業績を拡大している。新聞とデジタルを併せた有料購読者数は142.3万人(23年末時点)で、ライブイベントなどその他サービスの購読も合わせたグローバルの有料ユーザー(Global Paying Audience=GPA)数は260万人に達する。新興勢を含め多くのメディアが苦境に陥る中、FTはいかにビジネスモデルを転換してきたのか、そして日経傘下でどのように成長していくのか。来日中のジョン・リディングCEOに聞いた。

FTをどのように変えてきたか

――日経新聞がFTを買収すると発表してから、9年近く経過しました。今の会社の状況について教えてください。

非常に力強いモメンタム(勢い)だ。会社創設史上初めて年間の売上高が5億ポンド(約960億円)超となり、有料購読者数も過去最高に到達した。

今は明確にサブスクリプション(購読)の開拓に重点を置いている。購読してくれる読者との強い結びつきが報道機関にとって最も重要な指標であり資産だ。

――2006年に社長に就任して以降、FTをどのように変えてきましたか。

私がCEOに就任して以来、組織全体、ビジネスモデル全体が抜本的に変革された。2007年時点では売上高の69%が新聞広告で、残りがほとんど新聞販売収入。デジタルの売上高はまだ計測できる段階ではなかった。

今では、購読・広告ともに売上高の3分の2がデジタル経由の収入で、50%以上がデジタル購読の収入だ。デジタルだけの有料購読者に限っても、すでに100万人を超えている。

昔は単なる新聞社だったのが、今では映画やポッドキャストなどを展開するマルチメディア企業になったのも大きい。2021年にFTのロンドン本社に小さな博物館を作ったが、そこには大きな古い印刷機がある。以前は地下にあり、私が入社したときにも使っていた。その印刷機があった場所は、今ではマルチメディア・デジタル・スタジオになっている。いかに早く大きく変化してきたかがわかる。

日経のオーナーシップは安定している

――2015年から親会社となった日経新聞とはどのような連携を行っていますか。

John Ridding/イギリス・オックスフォード大学で哲学、政治経済学の学位(優等)を取得。30年以上にわたりFTの編集職および幹部職として勤務。2006年からFTグループCEO(写真:FT提供)

日経新聞とのパートナーシップは広く深くなっている。ビジネス面ではさまざまな分野で緊密に協力し、イベントも一緒に開催している。広告やマーケティングに限らず、共同で購読サービスも提供している。

日経新聞の傘下でわれわれの成長は加速している。その要因として、日経という安定したオーナーシップがあることが大きい。

コロナが拡大し始めた2020年の初めに私は日経新聞の幹部と話をした。質の高いジャーナリズムと購読者数の成長という長期戦略を維持するか、それとも利益を守るか。利益を守るならばコスト削減をしなければならない。彼らは即座に長期戦略を維持すると言ってくれた。

長期的な視野に立ち、緊急の課題に直面しても長期戦略を維持できるオーナーを持つということは、非常に稀有な強みといえる。

アメリカやヨーロッパの多くの世界的メディアグループは上場している。彼らは四半期ごとの収益目標を達成しなければならず、短期的な業績へのプレッシャーにさらされている。アメリカでは市場環境が悪化する中で多くの人員削減も行われている。

日経新聞には決断力もあった。日本企業はコンセンサス重視で、意思決定に時間がかかるイメージがある。しかし、ニュースメディアでは、あまり時間をかけずに素早く実行する必要があり、日経新聞が迅速な決断を下せることが、FTにとって非常に重要だった。

――日経新聞の決断が早いというのは具体的にどういうことですか。

例えば、(コロナ禍におけるサプライチェーンの混乱などで)インフレが起こったときに、社員に対してどう対応すべきかで悩んでいた。われわれとしてはインフレがやがて落ち着くとわかっている中で、基本給与の大幅な引き上げは避けたかった。

当時は業績が予算を上回っていて、日経新聞に余剰利益の一部を使って一時金を支払うことはできないかとお願いした。それなら、インフレにも柔軟に対応できるからだ。日経新聞は迅速にOKを出してくれた。

――ピアソン傘下の時代には、業績へのプレッシャーがありましたか。

誤解しないでほしいのは、今も我々には数値的な目標があり、力強い業績を目指さなければならないということだ。競争力のあるビジネスを行って、良い利益を上げたい。

前オーナーのピアソンは良いオーナーだった。日経新聞のように、彼らは編集の独立性を本当に理解しており、それは最も重要なことだった。しかし、ピアソンは上場しており、株主から四半期ごとの目標達成のプレッシャーをかけられていた。そのため、長期的な視野に立ってFTの戦略をサポートすることが難しかったのだと思う。

法人向けの売り上げがドライバーに

――日経新聞とFTのカルチャーの違いについてどのように考えていますか。

FTにとって良かったのは、日経新聞が「ニュース」を理解していることだ。ピアソンはすばらしい会社だったが、明らかに教育ビジネスの会社で、ニュースというよりも教育に非常に熱心だった。

日経新聞とFTのメンバーで話すと、お互いのことを本当によく知っており、深い関係を持てる。不思議なことにカルチャーの違いを感じず、ニュースの話題ではむしろカルチャーの親近感を感じる。

――FTにとっての強みは何でしょうか。

FTの大きな強みの1つは、企業向けにコンテンツのライセンスを販売している「FT Professional」の部門があることだ。FT Professionalの有料読者は、全体の有料読者のうち75%を占めている。

企業購読者と非常に深い関係を持てたことも、近年の成功の要因の1つだ。我々は企業の情報ニーズを理解して、ツールやサービスを開発し、彼らの顧客や競合他社に何か動きがあったときにアラートを出すこともできる。

企業購読者の契約更新率はほぼ100%だ。今は世界中に約4000の企業顧客がいて、競争上の優位性になっている。

――長期的には、企業購読のほうが個人よりも重要になってくるということですか。

企業と個人はどちらも重要だ。しかし、個人向けのサービスは非常に競争が激しい。

特にアメリカでは価格競争が激しい。アメリカのライバル社の中には非常にアグレッシブな価格キャンペーンを展開しているところもある。週25セントや週50セントで読める、というようなオファーを送ってくる。

われわれはFTのサブスクリプションの価値を信じているので、ARPU(ユーザー1人当たりの平均単価)は非常に高い水準を維持しているが、明らかに厳しい競争をしている。そんな中でFT Professionalはユニークな資産だと思う。

さまざまなフォーマットを用意

――オーディオコンテンツに注力しているのはなぜですか。

基本的な考え方として、読者がどのようにFTの情報を消費したいかは読者次第だ。われわれだけでなく、多くの報道機関がマルチメディアでのさまざまなフォーマットに対する需要が高まっているのを目の当たりにしている。

読者は朝、新聞を読みたいと思うかもしれないし、通勤途中の車の中でポッドキャストを聴きたいと思うかもしれない。ビデオを見たいかもしれない。われわれのアプローチは、さまざまなメディア・フォーマットを通じて、読者の多様なニーズを満たすことだ。

例えば今は、オーディオ分野での急速な成長に直面している。アメリカはオーディオの最大の市場で、昨年11月の月間リスナー数は79.5万人に達しており、年成長率では270%の強力な成長分野だ。中でも「FT News Briefing」は非常に人気の番組となっている。

オーディオやビデオ以外に若い読者から好評を得ているのが「FT Edit」だ。FT Editは8つの記事のセレクションだ。FTの通常サブスクリプション(月額6000円程度)は新規ユーザーにとっては間違いなく高い。FTにあまりなじみのないユーザーのために、少量の情報で低価格(月額800~1000円程度)のサービスのチャンスがあると考えた。

リディングCEO(写真右)と並ぶ、日経の岡田直敏会長(左)。幹部同士の交流も活発に行われているという(写真:FT提供)

――無料、あるいは安価なコンテンツと通常コンテンツが競合してしまう可能性はありませんか?

われわれはコアとなるサブスクリプションモデルの解約を最小限に抑え、カニバリゼーション(共食い)を起こさないことを強く意識している。実際、カニバリゼーションが起きているという事実はない。

むしろオーディオ等でFTのコンテンツに慣れ親しんだ人たちが、より多くのコンテンツを求めて有料購読者になっている。カニバリゼーションのリスクを冒すというよりは、より多くの人々をFTに引き込む方法だと考えている。

今年2月に設立を発表した「FTベンチャーズ」では、マルチメディア・ジャーナリズムに関連する技術開発企業に投資をしていく。すでに投資しているCharter(チャーター)という会社では、働き方に関するメディアやリサーチを手がけている。

ダイナミックな時代ではイノベーションが重要だ。われわれが新聞にとどまっていたら今頃大変なことになっていた。

購読に限らない(イベントや専門サービスを含めた)FTのサービス全体にお金を支払ってくれる有料のユーザー(Global Paying Audience=GPA)数は今年3月末時点で260万人だが、2028年までに300万人を目指す。日経新聞と合わせたGPAでは2030年までに1000万人を目指している。

党派的なアプローチには限界

――ウォール・ストリート・ジャーナルやニューヨーク・タイムズなどの競合紙と比較したFTの強みは何でしょう。

先ほど述べた長期的視点でのオーナーシップのほかにも、重要な差別化要素がある。

党派にこだわらないジャーナリズムを貫く(写真:記者撮影)

それは「国際的」な視点だ。FTは徹底してグローバル化している。FTはアメリカ版もあれば、アジア版もヨーロッパ版もあるが、世界中のビジネスパーソンに一貫した視点を提供するために、それらは非常に似たような内容になっている。

ライバルたちはそれをあまりやっていない。ある意味では、彼らはより地域的、あるいは国内的な視点を持っており、その傾向はますます強くなっている。

われわれが独立したバランスの取れた報道を重視する一方、ライバルたちは少し「党派的」なアプローチになっている。

近年は、ナショナリズムや党派政治に対する懸念があり、中立性が非常に重要なアドバンテージになっていると思う。

ニュースメディアが持続可能であるためには

――バズフィードがニュース部門を閉鎖するなど、10年前は期待されていた新興のウェブメディアがここにきて苦戦しています。なぜだと思いますか。

ニュースメディアが強固で持続可能であるためには、サブスクリプションのような何らかの読者収入が必要だ。広告に依存しすぎると、苦戦を強いられる。広告によって収益が上下するようでは、長期的な戦略的決定を下すことはできない。

われわれの広告収入はかなり好調だが、それは強固な購読者基盤を持っているからだ。『タイム』誌の偉大なヘンリー・ルースでさえ、何年も前に、出版物において重要なのは広告主との関係性ではなく読者との関係性であるべきだと言っていた。

広告モデルとサブスクリプションモデルのどちらか一方が良いということはなく、広告のみで成功することもできる。新興メディアは読者との関係の深さやブランド力が十分ではなく、ビジネス基盤を構築するのに苦労したのだと思う。

2022年にリブランディングを行った生活・スタイル系雑誌の「HTSI(以前の名称は「How To Spend It」)」。2024年4月からは「THE NIKKEI MAGAZINE  HTSI翻訳号」として日経の購読者向けに配布されている(写真:記者撮影)

 

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