反イスラエル気運が高まるイラン、イスファハンでイランの旗を掲げる少年(写真・Rouzbeh Fouladi/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ)

ガザ戦争が勃発して半年が経過した。イスラエルが掲げた3つの戦争目標「ハマスの壊滅」「人質全員の奪還」「ガザ地区からテロの脅威を排除」はいずれも達成できていない。

拉致されたイスラエル人の人質133人は、今もガザのどこかに監禁されている。エジプトやカタールなどを介して粘り強く人質解放交渉が行われてきたが、膠着状態が続いている今、手詰まり感は否めない。ハマスは人質の生死すら明らかにしていない。

イスラエル北部ではこの半年間、ハマスに同調したレバノンを拠点とするイスラム武装組織ヒズボラが3000発以上のミサイルをレバノンからイスラエルに向けて撃ち込んでいる。今も8万人に及ぶ北部住民は避難生活を余儀なくされている。

イランが育てた武装組織

ヒズボラは1982年、イスラエルの軍事作戦に対する抵抗を機に誕生した。活動の中心拠点であるレバノンは、イスラエルの北と国境を接している。イランが資金提供して設備が整えられ、軍事訓練もイランが行ってきたという、言わばイランが育てた武装組織である。

イランはハマスにも資金提供していると言われ、イエメンのフーシ派もイランの影響下にある。「抵抗の枢軸」と呼ばれるこれらの武装組織が、2023年10月7日のハマスによるテロ襲撃以降、イスラエルに対してミサイル攻撃を続けている。

2024年4月1日、事態が大きく動いた。シリアのイラン大使館の敷地内にある関連施設が爆破され、イラン・イスラム革命防衛隊の精鋭部隊とされるクッズ部隊のモハンマドレザ・ザヘディ司令官を含む7人が殺害された。公式発表はないが、イスラエルによる攻撃と見て間違いないだろう。

ザヘディ司令官はイランのイスラム革命防衛隊の上級幹部で、シリア政権やヒズボラとの連絡役であり、ヒズボラへの武器供給の責任者だった。イスラエル国内のあらゆるテロ事件にも関与したと見なされている人物である。

それから2週間後の4月14日、イランは報復として無人機約170機、弾道ミサイル120発以上、巡航ミサイル30発以上をイスラエルに向けて発射した。イランがイスラエルを直接攻撃したのは初めてのことである。未曾有の攻撃規模に世界では緊張が走った。

イスラエルはこの規模の攻撃に対応するのは難しいと言われていた。しかし発表によると、迎撃率は99%で大きな被害はなかった。

南部の砂漠に住むベドウィンの少女が迎撃された破片に当たって重傷を負い、今も治療中である。直接的な人的被害として報告されているのはそれくらいで、イスラエルはほぼ無傷で未曾有の攻撃を乗り切った。

なぜ不可能と思われた迎撃に成功し、被害を最小限にとどめることができたのか、その理由はいくつか挙げられる。

まず、イランが放ったミサイルや無人機の半分以上はイスラエルに届かなかった。発射に失敗、あるいは途中で迎撃されたためだと言われている。

イランの攻撃に多国間で対応

アメリカ、フランス、イギリス、ヨルダンなどが迎撃作戦に参加し、エジプト、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンなどのアラブ諸国も協力したと現地メディアは報じた。この中にはイスラエルと国交のない国も含まれるが、自国領土が危険にさらされるのを阻止するというのが建前である。

アラブ諸国がイランの攻撃に際して、秘密裡にアメリカと情報共有していたことも明らかになっている。サウジアラビアやUAEは戦闘機に領空を開放し、レーダー監視情報を共有し、場合によっては自らの軍隊を提供することも約束していた。対イラン防衛網とも呼べる同盟が機能したと言える。

さらに攻撃の2日ほど前、イランがカタール、トルコ、スイスなどに攻撃の日付を伝えたとイラン自身が明かしている。当然この情報はアメリカやイスラエルの知るところとなり、十分な防衛体制を整えることができた。

実際、イギリスとフランスの外務省は、4月12日にイスラエルへの渡航延期勧告を出している。情報が共有されていた傍証である。

イスラエルの防空システムが機能したことも大きい。防空システムとしては「アイアンドーム」が有名だが、このシステムでは弾道ミサイルを迎撃することはできない。今回は、対弾道ミサイル迎撃システム「アロー」が活躍した。

アローは、中距離弾道ミサイルを大気圏外で迎撃することができる。1991年の湾岸戦争でイラクからスカッドミサイルの攻撃を受けたイスラエルが、開発を続けてきた防空システムである。

イランは4月14日の攻撃直後、国連代表部の公式SNSで「イランの軍事行動は、シオニスト政権によるダマスカスにあるわが国の外交施設に対する侵略に対抗するもの」であるとし、この攻撃によって「本件は終結したと見なすことができる」との声明を出した。

そして、「イスラエル政権が再び過ちを犯すようなことがあれば、イランの対応は非常に厳しいものとなる」と述べ、イスラエルに対して報復を控えるようメッセージを発した。

このイランの攻撃は、G7をはじめ世界から非難されるところとなった。イスラエルは「自分たちの方法と時期で必ず報復を行う」と宣言した。アメリカは報復の連鎖に歯止めをかけるよう、イスラエルに自制を求めた。

イスラエルが再度イランを攻撃

イスラエルにとっては、イランが大規模攻撃に踏み切ったことにより、世界の世論を味方につけることができた。加えて、反イランという共通項でアラブ諸国との連携も確認することができた。それまで世界に吹き荒れていた反イスラエルの嵐は弱まった。

報復を宣言したとはいえ、思わぬ成果を得たイスラエルは、ここで自制したほうが得策だと筆者は考えていた。しかし中東には中東のルールが存在する。次の攻撃を阻止するために、何らかの対応を取らなければならない。

イスラエルの国是は「全世界に同情されながら死に絶えるよりも、全世界を敵に回しても生き残る」ことだと言われる。世界にどう見られるかよりも、自国の安全は自分たちで守るというのが基本的なスタンスなのである。

2024年4月19日、イランで無人機3機が撃墜されたとのニュースが報じられた。イラン中央部の都市イスファハン近郊の空軍基地がターゲットにされた。イランのレーダーシステムが、イラン領空に侵入した航空機を検知しなかったと言われており、イラン国内から発射された可能性があるという。

この件に関してもイスラエルは沈黙を貫いているが、イスラエルによるものだろう。4月18日、イスラエルがアメリカに対して、24時間から48時間以内にイランを攻撃する予定である旨を伝えたとの情報もある。

イランに対してどの程度の攻撃を仕掛けたのか、どの程度の被害があったのかは明確ではない。イスラエルを飛び立った戦闘機がシリア、イラクの上空を抜けてイランを攻撃したとの指摘もある。

ただ、イランの攻撃に比べるとかなり小規模なものだった。イランのアブドラヒアン外相は「空爆やドローンの攻撃ではなく、おもちゃのようなものだった」と述べている。

両国とも戦争の拡大は望んでいないが…

イラン・イスファハン州には核施設があるが、イラン国営テレビは「核施設に被害はない」と報じている。今回の攻撃は、イスラエルがイランの防空システムをかいくぐり、核施設を射程に収めているとのメッセージだと取る向きもある。

現状を見る限り、イスラエルもイランもこれ以上の戦争拡大は望んでいない。それでもなお、イスラエルとしてはハマス、ヒズボラ、フーシ派という抵抗の枢軸を影で操るイランを「表舞台」に引きずり出すために、一連の攻撃を行おうとしたのか。

何正面もの戦いを強いられているイスラエルにとって、強大な軍事力を誇るイランへの直接攻撃はかなり危険な賭けである。けれどもイランという「ラスボス」を世界の批判にさらさせ、孤立させることが目的だと考えれば、おおむねその作戦は成功していると言える。

イスラエルの外交・防衛筋の中には、「イランは大規模な戦争の準備をしてきた。彼らは戦争への意欲を高めつつあり、われわれが戦略的に対処しなければ、本格的な戦争に巻き込まれることになる」と警鐘を鳴らす人もいる。

2024年4月23日~29日、イスラエルではペサハ(過越祭)を迎える。ユダヤ教3大祭りの1つで、モーセ率いるイスラエル民族が「出エジプト」したことを記念する重要なお祭りだ。

この機会にイスラエルがさらなる攻撃を受ける可能性はゼロではない。ガザでのハマスとの戦いに加え、「危険な賭け」に出たイスラエルは今後、戦火が拡大するかどうかの岐路に立たされている。

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