時々の世情を風刺する「政治漫画」を、毎日新聞紙上で38年間連載した所ゆきよしさん(享年76)が世を去り、16日で1年になる。所さんの政治漫画は2頭身にデフォルメされた政治家たちが、とぼけたセリフを放つことで時事問題の滑稽(こっけい)さや深刻さを浮き彫りにしてきた。
時あたかも、自民党総裁選と立憲民主党代表選のまっただ中。存命なら今の政治をどう描いただろうか。所さんの政治漫画の世界をシリーズで振り返る。(肩書は紙面掲載当時)【田中成之】
第1回は、岸田文雄氏(現首相)が新総裁に選出された前回の総裁選、2021年の作品を紹介したい。現職だった菅義偉首相が総裁再選の断念に追い込まれた状況が今と重なる。
衆院解散見据え、神経戦
この年、最重要の政治日程は7~9月の東京オリンピック・パラリンピックと、菅氏の総裁任期満了(9月)、衆院議員の任期満了(10月)の三つだった。衆院解散が総裁選の前なのか、後なのか。その時期をにらんだ神経戦が繰り広げられていた。
21年6月ごろまでは「ポスト菅不在」とされる中、菅氏の総裁再選が確実視されていた。しかし、7月から新型コロナウイルスの「デルタ株」の感染者が急増し、重症者数の増加による医療体制の逼迫(ひっぱく)も相次いだ。
菅政権の対応は「後手後手」と批判され、内閣支持率は急低下。このため、8月8日の東京五輪閉幕を機に退陣する「五輪花道」論の観測も出たが、菅氏はなお続投に意欲を示していた。同月15日掲載の作品では、菅氏をリレー選手に見立て、「ポスト菅」にバトンを渡さずに走り続けようとする姿を描いた。
加速する「菅おろし」
事態が急変したのは同月22日の横浜市長選だ。菅氏の地元で、菅氏が支援した候補が敗北。衆院任期満了を目前に菅氏の「不人気」が表面化したのを機に「菅おろし」が加速した。
菅政権で無役だった岸田氏は同月26日に総裁選への出馬を正式表明。その際、「幹事長をはじめとした党役員の任期は連続3年まで」とすることを打ち出した。二階俊博・自民党幹事長の在任期間が5年を超えていることに当時の党内では不満が渦巻いており、そこを突いた「公約」だった。
総裁再選に向けた環境が急速に悪化する中、菅氏は9月3日に総裁選不出馬を表明。同月5日掲載の作品では、地面の穴を見つめる菅氏と二階氏のこんなやりとりが風刺として表現されている。
二階氏「これは私が抜けた後の穴かな」
菅氏「違います。私が掘っちゃった穴です」
二階氏「墓穴か」
「小石河連合」の行方は
菅氏の退陣表明を受け、河野太郎行政改革担当相が出馬を表明。さらに高市早苗前総務相も意欲を示した。ただ、高市氏は独力では国会議員20人の推薦人確保が厳しく、国家観の近い安倍晋三前首相の支援で出馬にこぎ着けた。
同月12日掲載の作品では、安倍氏の肩の上に乗る高市氏を見て、河野氏が「麻生さんにのりたい」とうらやむ様子が描かれている。
総裁選には野田聖子幹事長代行も立候補し、4人の争いとなった。
河野氏は菅氏が支援し、陣営には石破茂元幹事長、小泉進次郎環境相が加わり「小石河連合」とも呼ばれた。投票は初回では決着がつかず、1位の岸田氏と2位の河野氏の決選投票となり、岸田氏が新総裁に選出された。
こうした総裁選の構図から、岸田政権では菅氏や「小石河」が冷遇される一方、岸田氏勝利に貢献した麻生太郎氏が副総裁に就任。麻生派の甘利明氏は幹事長に起用され、安倍氏とともに「3A」と称されるようになった。
しかし10月末の衆院選で甘利氏が小選挙区で落選(比例で復活当選)。甘利氏は幹事長を辞任し、茂木敏充外相が後任となった。茂木氏自身、幹事長在任中も「ポスト岸田」への意欲をにじませ続け、岸田首相との関係は最後まで緊張をはらんだものとなった。
今回(24年)の総裁選で「小石河」は「連合」を組まず、個別に出馬した。茂木氏は9月4日の出馬記者会見で、防衛と子育てに関する増税の停止と政策活動費の廃止を表明し、岸田政権を支える幹事長の立場と矛盾すると党内から批判を受けている。
9月16日から銀座で遺作展
所さんの命日である16日(月)から「所ゆきよし遺作MANGA展」(毎日新聞社後援)が東京・銀座の画廊「GINZA GALLERY STAGE―1」(東京都中央区銀座1の28の15)で始まります。12時~19時。最終日の21日(土)は16時まで。入場無料。
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