所ゆきよしさんが毎日新聞に掲載した作品(1988年7月10日掲載)

 時々の世情を風刺する「政治漫画」を、毎日新聞紙上で38年間連載した所ゆきよしさん(享年76)が世を去り、16日で1年になる。所さんの政治漫画は2頭身にデフォルメされた政治家たちが、とぼけたセリフを放つことで時事問題の滑稽(こっけい)さや深刻さを浮き彫りにしてきた。

 時あたかも、自民党総裁選と立憲民主党代表選のまっただ中。存命なら今の政治をどう描いただろうか。所さんの政治漫画の世界をシリーズで振り返る。(肩書は紙面掲載当時)【田中成之】

 岸田文雄首相に総裁再選を断念させた大きな要因は、自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件だ。東京地検特捜部が捜査を始めた際は、「リクルート事件以来の大疑獄になる可能性がある」と党内を動揺させた。

 リクルート事件は、1988年に発覚した汚職事件。リクルート社の子会社「リクルートコスモス」の未公開株が賄賂として政界、官界、財界に譲渡され、株式の店頭公開により政治家らが売却益を得る構図が明るみに出た。

 当時の世論は「ぬれ手であわ」と激高し、裏金問題で沸騰する今の世論と通底する。リクルート事件に揺れた政界を、所さんはどう描いたのか。

カモメの「黒いカゲ」

 事件の発端は6月18日の朝日新聞報道。川崎市助役にコスモス株が譲渡されていたことをスクープした。この後、政治家も株の譲渡を受けていた実態が相次いで報じられるようになる。

 7月10日掲載の「黒いカゲ」と題する作品に描かれたカモメは、当時のリクルート社のシンボルマークだ。

 「カゲ」の中にいるのは、左端の中曽根康弘前首相から反時計回りに宮沢喜一副総理兼蔵相、竹下登首相、安倍晋太郎・自民党幹事長、渡辺美智雄・党政調会長、森喜朗元文相、加藤紘一元防衛庁長官。いずれもコスモス株の受け取りや周辺の関与が報道されていた。

 野党は国会で閣僚を激しく追及した。当時は消費税創設を含む税制改革法案が国会で審議中。コスモス株受け取りに秘書が関与しながら、税制法案を所管している宮沢氏への追及は特に激しかった。

所ゆきよしさんが毎日新聞に掲載した作品(1988年12月4日掲載)

 この年のNHK大河ドラマは「武田信玄」。語りを担当した若尾文子さんが各回を「今宵(こよい)はここまでにいたしとうござりまする」と締めくくる言葉が流行語になっていた。

 12月4日掲載の作品は、この流行語を宮沢氏がテレビの中で発し、土井たか子社会党委員長らが怒り冷めやらぬ様子を描いた。

「リクルート議員」排除で刷新狙う

所ゆきよしさんが毎日新聞に掲載した作品(1988年12月11日掲載)

 宮沢氏は秘書に関する答弁で国会審議が行き詰まり、12月9日に蔵相を辞任。それでも竹下首相は税制改革法案の成立を諦めず、参院での審議開始にこぎ着けた。

 当時は中年男性が小指を立てながら「私はこれで、会社をやめました」とつぶやく禁煙グッズのCMが話題になっていた。

所ゆきよしさんが毎日新聞に掲載した作品(1988年12月25日掲載)

 同月11日掲載の作品では、宮沢氏の指紋のカモメ模様で辞任の原因を描き、さらに竹下首相が蔵相辞任を機に野党から法案審議入りの「約束」を得つつも、それが竹下内閣の「花道」になるかもしれないとの政界の見立てが描かれている。

リクルート事件に関連した政界の動きを伝える毎日新聞の紙面(1988年12月11日)

 竹下首相は局面打開のため、内閣改造で「リクルート議員」を排除し、「刷新感」を出すことを狙った。2023~24年に政界を揺るがした裏金事件で窮地に立たされた「裏金議員」の扱いと似たものがある。

 消費税導入を柱とする税制改革法案は88年12月24日に成立し、政界の雰囲気は「リクルート後」の各派勢力の伸長に関心が移っていた。

所ゆきよしさんが毎日新聞に掲載した作品(1989年4月9日掲載)

 同月25日掲載の作品では、竹下首相が派閥領袖(りょうしゅう)らに「改造人事」という名の鍋を振る舞う様子で政界の駆け引きを表現している。

強まる内閣退陣要求

所ゆきよしさんが毎日新聞に掲載した作品(1989年4月23日掲載)

 税制改革を反映させる89年度予算案の編成は越年作業となった。国会審議は難航を極め、新年度が始まっても野党の審議拒否などで成立の見通しが立たなかった。

リクルート事件について報じる毎日新聞の紙面(1989年4月23日)

 89年4月9日掲載の作品は、海でカモメの群れに囲まれて難破しそうになる船で政権の苦境を表現。審議前進の焦点は、中曽根氏の証人喚問が実現するかどうかだった。

 予算案成立を目指す竹下首相は、野党の取り込みを図ってさまざまな働きかけを続けたが、竹下内閣退陣を目指す野党の対応は硬かった。

 同月23日の作品掲載時は連続幼女誘拐殺人事件が未解決で、犯行告白文を書いた「今田勇子」の人物像が注目されていた。社会の警戒感は極限に達しており、「知らない大人にはついていかない」と強く呼びかけられていた。

所ゆきよしさんが毎日新聞に掲載した作品(1989年5月14日掲載)

 この作品の掲載時に、竹下首相がリクルート社の江副浩正会長から5000万円を借りていたことが発覚。世論の猛反発に押され、竹下氏は予算成立後の退陣を表明せざるを得なかった。

難航する後継選び、参院選惨敗

 自民党で「ポスト竹下」選びが始まったが、有力議員が軒並みコスモス株を受け取っていたために難航。白羽の矢が立ったのが「硬骨」「清廉」で知られていた伊東正義・自民党総務会長だった。

 しかし伊東氏は「本の表紙だけ変えてもダメだ」と総裁就任要請を一蹴。5月14日掲載の作品では、伊東氏が「あんなところにすわれるか」とぼやき、首相執務室のカーペットの下に中曽根氏と、「ハラケン」と呼ばれた原健三郎衆院議長が隠れている様が描かれている。

 中曽根氏は同月25日の衆院予算委員会での証人喚問を経て離党に追い込まれた。原氏はリクルート社から献金を得ていたことなどで6月1日に議長を辞任した。

 自民党は「無色」だった宇野宗佑外相を後継総裁に選んで7月の参院選に臨んだが、獲得議席36の惨敗を喫することになる。

9月16日から銀座で遺作展

 所さんの命日である9月16日(月)から「所ゆきよし遺作MANGA展」(毎日新聞社後援)が東京・銀座の画廊「GINZA GALLERY STAGE―1」(東京都中央区銀座1の28の15)で始まります。12時~19時。最終日の21日(土)は16時まで。入場無料。

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