ドル建ての名目GDP(国内総生産)で日本を抜き、世界3位の経済大国になったドイツ。そのドイツで4月16日、ドイツの連立与党の一角を占める自由民主党(FDP)があるイベントを主催した。その場で、ドイツ経営者連盟(BDA)とドイツ銀行の代表が、ドイツ人はもっと働くべきであると警鐘を鳴らしたことが話題となっている。
大幅に減少したドイツ国民の労働時間
ドイツ国民の労働時間は、この10余年で着実に減少している。具体的には、2010年から2023年の間に、ドイツの就業者の週当たりの労働時間は、36時間程度から34時間程度まで2時間ほど減少した。また就業者から自営業者を除いた雇用者の週当たりの労働時間も、40時間程度から37時間程度まで3時間ほど減少した。
欧州を中心にロシア、トルコ、新興国のマクロ経済、経済政策、政治情勢などについて調査・研究を行うエコノミストによるリポートではなぜ、ドイツ人は働かなくなったのか。ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)が2023年11月に発表した分析によると、その背景には、若い世代を中心に、働き方が多様化していることがあるようだ。学業や育児、介護との両立、共働き世帯の増加といった社会の変化を受けて、ドイツの労働時間は減少することになったとのことである。
社会のニーズの変化を受けて労働時間が減少すること自体は当然の成り行きであり、日本も共通するところである。問題は、労働時間の減少に見合わないほど、賃金が増えてしまったことにある。実際にドイツの就業者の平均月給の変化を確認すると、2010年から2023年の間に2400ユーロから3500ユーロと、ほぼ1.5倍になった。
消費者物価で実質化した平均月給は、2010年を100とした場合、2023年は108.5なので、かなり割り引かれる。それでも、労働時間の短縮との対比で考えれば、実質ベースでの月給もそれなりに増えているといえよう。これが労働生産性の改善を反映した現象なら大いに結構なことだが、少なくとも経済界はそう認識してはいないようだ。
ドイツを含めた先進国は、戦後のベビーブーマー世代のリタイアに伴う労働供給の減少という課題に直面している。ドイツの就業者数は、2010年から2023年の間に3650万人から4200万人と550万人増加したが、今後数年にわたって続くベビーブーマー世代のリタイアを考慮に入れれば、それでもなお、人手は足りない状況である。
一方で、就業者の労働時間は減少している。そのため、ドイツの経済に必要な労働投入量(=就業者数×就業者当たりの労働時間)を確保するには、就業者数を増やすか、就業者当たりの労働時間を増やすか、あるいはその両方を行う必要がある。とはいえ、就業者を増やそうとしても、すでに人手不足であるため、それは困難な選択である。
また賃金を増やそうにも、企業の業績に見合った範囲でしか、賃金を増やすことはできない。反して、労働時間に見合うだけ賃金を減らすという選択肢もあるが、労働者にとっては受け入れがたい選択となる。少なくとも賃金に見合う水準まで働く時間を増やさないと経済活動は維持できないと、ドイツの経済界のトップは主張しているのである。
最強労組は週休3日の導入を提案
このように危機感を強める経済界をよそに、労働界には労働時間のさらなる短縮を図ろうとする動きもある。例えば、金属産業の労働団体IGメタル(IG Metall)は、週4日勤務制の導入を提案している。IGメタルはドイツ最大の労組であるため、その社会的な影響力は大きい。それに、IGメタルは政治的な影響力が大きいことでも知られる。
実際にIGメタルは、オラフ・ショルツ首相を擁する社会民主党(SPD)のスポンサー団体でもある。支持率低迷に喘ぐSPDであれば、IGメタルの意向を優先し、週4日勤務制の導入を後押しするかもしれない。そうすれば、ドイツ社会全体で週4日勤務制が拡大して、ドイツ人がますます働かなくなる事態となりかねない。
いずれにせよマクロ的に見ると、ドイツ人は確実に働かなくなっている。かつてはそうした傾向を、ドイツの付加価値労働生産性の「高さ」に帰する評価が多かった。しかし目下のドイツの経済界の反応からは、むしろその付加価値労働生産性の「高さ」は、ドイツ経済の実勢に比べると労働者の賃金が「高過ぎる」ことを意味するものといえよう。
特にショルツ政権が誕生した2021年12月以降は、最低賃金が消費者物価の伸びを上回るテンポで引き上げられている。加えて、ドイツ人の労働時間は過去に比べると減少しているのだから、ドイツ経済の高コスト化はこの間に一段と強まったことになる。これではドイツでの投資に慎重になる企業が増えるのは当然といえる。
突き詰めると、今のドイツ経済に本当に必要な政策は、実質為替レートの切り下げなのだろう。しかしユーロを導入したことで、ドイツ自らの意思で通貨を切り下げることは不可能となった。そのため、財政緊縮を強化して需要を冷やし、国内の物価を下げるしか術はない。しかし、そのようなことは、バラマキを重視する左派のショルツ政権の下では不可能だ。
かといって、仮にドイツで次期政権が右派の立場となっても、デフレ政策は国民に苦痛を強いるため、政治的なハードルが高い。資本生産性や全要素生産性(TFP)が伸びれば話は別かもしれないが、そもそも企業がドイツ経済への投資に慎重である以上、そうした展開も望みにくい。何もしなければ、経済停滞の長期化は免れないことになる。
労働時間を増やすか所得を減らすか
ドイツに残された手段は、今働いている人々の労働時間を増やしていくか、それとも、働き方に応じた水準まで所得を減らしていくか、あるいは、その両方を進めていくかの3択となる。いずれも痛みを伴うわけだが、痛みが偏らないように、労働時間を増やしつつ所得の適正化を図るバランス戦術が、最も現実的な対応策なのかもしれない。
ドイツ経済は、一見すると順調に成長しているように見受けられるが、一方で経済の高コスト化という看過できない問題を抱えている。その高コスト化は、再エネと天然ガスに偏ったエネルギー政策の失敗によってももたらされているが、同時に労働政策の失敗も大きな要因になっていることが、一連の事実から窺い知れるところである。
いずれにせよ、ドイツ人は働かなくとも豊かな暮らしを実現しているという肯定的な評価は、ドイツ経済の実態を正しく描き出してはいないように見受けられる。
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