公立学校で、本当に大丈夫なのか――。
そんな不信感のようなものが今、首都圏の中高生の間にじわじわと広がっている。背景にあるのが、教員の不足や働き過ぎの問題だ。子どもたちは、自分たちへの対応がおざなりにされているのではないかと疑いの目を向ける。
27日投開票の衆院選で、各党は「教員の待遇改善」などを掲げるが、子どもたちは何を思うのか。2人の中高生の現実から、求められる対策を探る。
また交代? 1年で4人の英語教員
東京都立晴海総合高校3年の秀島知永子(ちえこ)さん(18)は、高1の秋のことを今も思い出す。
英語の授業で、初めて見る教員がやってきた。入学当初から教わってきた女性教諭が産休に入る前の引き継ぎだった。
ところが、それから年明けまでの間に、担当教員はさらに2回代わった。たった1年間で4人の英語教員に教わることになった。
「産休は悪くないけど、予定されていたことでしょう?」
理由は、詳しくは分からない。2人目の教員が去るときは「(契約の)期限が来たから」と説明を受けた。4人目は、校長が「ツテ」で見つけてきたという元塾講師の男性だった。
ニュースで目にしたことがある「教員不足」。産休や育休、病休などによる欠員を補充できないことを言う。将来の仕事として、教職に関心があった秀島さん。「そんなに先生って見つからないんだ」と初めて実感した。
学習の評価は大丈夫?
一方で、モヤモヤした気持ちも残る。「短い期間で教壇を離れてしまうから、生徒に向き合おうとする気持ちがあまり伝わってこなかった」
高2のときも似たようなことがあった。
家庭科の教諭が産休を取ると、今度は代替の教員が来なかった。別の家庭科教員が2クラス合同で授業を受け持ち、その教員は二つの教室を行ったり来たりした。例年なら先にあるはずの調理実習が別の教員が補充されるまで後回しになり、掛け持ちしやすい座学が前倒しされた。
秀島さんが通う高校は、指定校推薦や総合型選抜(旧AO入試)で大学進学を目指す生徒が多く、成績を5段階で評価する「評定」がカギになる。
評定について、学習指導要領は「知識・技能」や「思考力・判断力・表現力」と並んで、授業での発言や提出物など日ごろからの「主体的に学ぶ態度」を評価するよう学校現場に求めている。生徒たちは「マイナス評価」をされないよう、定期試験の点数だけでなく、教員の目も気にする。
だからこそ、秀島さんの不安は大きくなる。
先生が何度も交代しているのに、継続して学んだことや努力、それをどうやって公平に評価するんだろう――。
秀島さんは2023年、一般社団法人「日本若者協議会」のメンバーとして、教員の労働環境改善のための予算拡充などを求める約3万筆の署名を都に提出した。「当事者が政治に声を上げないと伝わらない。公立でちゃんと学べる環境を整えて」と訴える。
「私立に行くしかない」と女子中学生
関東地方に住む市立中学3年の女子生徒(15)は、公立高校ではなく私立高校への進学を希望している。いじめ対応や進学指導について、公立に心細さを感じていることがその理由の一つだ。私立学校でも学校によっては教員不足の問題があるが、公立のような深刻さはない。
中1のときにもらった通知表には、5段階評価で最低の「1」と「2」が並び、同学年200人弱で下から3番目という順位だった。
小学生の頃は多くの科目が3段階で一番良い「◎」だったから、もともと勉強が苦手なわけではない。
つまずいた理由は、はっきりしている。
中学に入学して間もなく、「不細工」「死ね」などと容姿や存在そのものを否定するいじめを受け、不登校になった。加害者側の女子生徒と好きなアイドルが一緒だったことが、かんに障ったらしい。
親が被害を訴えると、担任は加害生徒を呼んで注意し、「もうやらない」という反省が伝えられた。学校に通えるようになったものの、クラスに戻るのは心が苦しく、別室登校になった。
「先生は忙しそうだから……」
それなのに今、校内では自分の苦痛は「終わったこと」になっていると感じる。別室登校が続いているのに、学校側が対応している形跡がないからだ。
思い当たる節はある。
学校では、心身の健康を生徒がタブレット端末で毎日記録するアプリを導入している。教員が生徒の異変にすぐ気づけるようにするためだ。
その日の気分を4段階の「天気」から選ぶ。気分が最も悪い「雷」、次いで悪い「雨」が多いと「教育委員会から電話が来る」と教員は神経質になる。「『雷』と答えないで」という教員の軽口を聞いたことも。だから、この女子生徒は「仕事を増やさないように」と、気分が最も良い「晴」をいつも選ぶ。
先生たちは部活動や授業準備でいつも忙しそうで、疲れている。個別相談がしたければ「アポ」を取ることが必要で、最近は高校入試の志望動機を相談したかったが「まず書いてきて」と言われてしまった。
私立進学で家計に負担も
そうしたなか、自分を奮い立たせ「いじめられた人のせいで、自分の人生を変えられたくない。見返したい」と別室登校でも勉強を頑張ってきた。
成績は学年で50~60番目の順位となり、中3の1学期は「オール4」に近い成績を収めた。
でも、学力に見合った公立高校への入学は難しい。立ちはだかるのは、内申書の壁だ。公立高校入試では内申書の比重が小さくない。この女子生徒の場合、不登校時代の成績が響き、進学先候補の一つだった公立高校は筆記試験で仮に満点近く得点しても合格ラインに達しない。
公立高校では学力よりも「3ランク」くらい偏差値の低い高校しか手が届かず、内申が不要な私立高校しか進路の選択肢に入れにくくなった。一方、私立は寮があって進路指導も面倒見もよさそうな点が気に入り、今は私立高校を第1希望にしている。ただ、私立は授業料について自治体の「高校無償化」の支援策はあるものの、それ以外の施設使用料や寮費などの負担がある。家のお金のこと、2人いるきょうだいのことを考えると、私立を選ぶことに抵抗もある。
「内申が低い人のなかにも事情があるし、途中から頑張り始めた人もいる。内申を不可欠にすることで、道が狭まる子がいることを知ってほしい」と願う。
「待ったなし」の教員不足対策
「ブラック労働」というイメージが定着してしまった教育現場の問題。それを大人が解決できぬまま、そのしわ寄せは着実に子どもたちへと向かう。
教員の欠員について、文部科学省は21年度に初めて調査した。4月の始業日時点で、全国の公立の小中高と特別支援学校の5・8%にあたる1897校で教員の欠員が生じていた。産休などで欠けた教員の代役となる「臨時的任用教員」(非正規教員)を補充できないためで、欠員数は全国で計2558人に上った。
その後の文科省調査でも、教員不足が「前年度より悪化している」と回答する教委数が「改善した」を上回り続ける。
教員が不足する理由の一つに、職業として人気がなくなっていることがある。
公立学校教員の採用試験の倍率は低下傾向だ。全国の都道府県・政令市教委などによる23年度の採用試験倍率は3・4倍で、ピーク時(00年度で13・3倍)の4分の1に下落して過去最低になった。志望者が減っているためで、正規教員を不合格になった人らが登録する臨時的任用教員の数も先細りし、欠員が生じれば穴埋めが困難な状況だ。
公立学校教員はどれだけ働いても残業代が支払われない。労働基準法が適用される国立、私立学校の教員とも異なり、極めて珍しい立場と言える。公立学校教員には、自己研さんなど勤務時間にとらわれない自発性が期待されているためだ。
残業代の代わりに、給料月額の4%を「教職調整額」として上乗せ支給することが教員給与特別措置法(給特法)で定められている。このため、どれだけ働いても「自主的なもの」と解釈され、長時間労働が問題化している。これが「定額働かせ放題」と批判されるゆえんだ。
文科省は24年夏、教職調整額を4%から13%に引き上げる方針を示したが、現職教員からは給料の増額よりも仕事の削減を求める声が大きい。
各党も活発議論、専門家「教育の質維持を」
外国籍や発達障害など配慮が必要な子の増加、オンライン上で複雑化するいじめ、「モンスターペアレント」への対応、そして現行の学習指導要領による授業コマ数の増加……。教員は異口同音に「仕事が増えた」と言う。
衆院選では、教員の待遇改善策も論点になっている。与党が「教職調整額の大幅引き上げ」や「教員の大学(学部生)での奨学金返還免除や減免」などを公約に掲げるのに対し、野党からは「教員の授業の持ち時間に上限を設定」や「給特法の廃止」などが示されている。
早稲田大の油布佐和子名誉教授(教育社会学)は「教員の多忙さを放置すれば、高い志を持つ優秀な人ほど学校現場に落胆して教壇を降りてしまう。教育の質を維持するためには、長期的な視点から教員の人数を増やしたり、仕事を減らしたりする方法が検討されるべきだ」と指摘する。【深津誠】
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