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 最低賃金1500円をいつまでに、どうやって達成するか。1500円か1500円以上か…。
 選挙期間に入って最低賃金の議論が盛り上がってきた。もはや各党の公約の事実上の標準装備になっている。なお、もともと新自由主義的政策色が強い維新は扱っていない。

 日本の最低賃金は10月から各地で順次引き上げられ、時給で最低951円(秋田)から最高1163円(東京)まで、全国平均1055円(+51円)になったばかりだ。

主要国2000円前後、豪州は2300円台…

 冒頭のグラフは主な国の最低賃金を為替換算(年平均値、2024年は最近値)して国際比較した。
 目を疑う差だ。日本は先頭グループから完全に“周回遅れ”。前から低めだったのがもう追いつかない…あきらめようか…。スポーツ中継ならスイッチを消したくなる局面だ。
 物価水準などを加味したら若干見栄えは良くなるが“周回遅れ”は同じだ。

 主要先進国で日本の倍の2000円前後、オーストラリアに至っては2300円台。
 現地オーストラリアにワーキングホリデー、言ってしまえば“期間限定の出稼ぎ”に日本の若者が殺到して仕事が見つからないといった問題が生じたのも当然の帰結と言える。

 日本で働いてもほかの国並みになるようにしたい立場を堅持するならば、1500円はあくまで第一段階の目標と言わざるをえない。
 しかも今直ちに1500円になってもほかの国に追いつかない。今後もほかの国では引き上げが続く可能性が高いから、為替が超円高に振れないかぎり、劇的に差が埋まることは当面ないだろう。

現在の政府目標は「2020年代に1500円」

 最低賃金への風当たりが強いと意識した石破総理は「2020年代に1500円」と表明し、これが現在の政府目標と言える。岸田前政権の「2030年代半ばまでに1500円を目指す」から前倒しした。
 これに沿って2029年に1500円にするには、単純計算で来年以降の5年間平均で約7.3%ずつ上げるペースになる。

 ペースによっては、最低賃金近くで人を雇う企業では対応が間に合わず、経営が成り立たなくなる所も出てきて逆効果ではないかという議論もある。
 一方で、これらの厳しい企業はたたむか方向転換をしてもらって新陳代謝につなげることが結局は日本経済の強化につながるという意見も強い。

 この問題でよく韓国で数年前に最低賃金を急激に引き上げた影響のために失業率が上昇して失敗したという話が引き合いに出される。しかし、中長期のデータでは過大な影響はなかったという見方も有力で、判断は分かれている。

経済界から「払えない企業はダメ」の声も

 賃金を払うのは経営者側であるから経済界の反応は複雑だ。
 中小企業が多い日本商工会議所の小林健会頭は最低賃金引上げの方向性に異論はないとしながら、支払い能力の点から慎重な姿勢を示す。
 構造改革に意欲的な経済同友会は3年以内に1500円の達成を要望し、新浪剛史代表幹事は「払えない企業はダメ」と言い切って話題を集めた。
 経団連の十倉雅和会長は「チャレンジングであってもいいが、達成不可能であれば混乱を招く」と間に入る。

 ただ経済界のこれまでの姿勢からすると、1500円への引き上げに向けた時期を短くすることは受け入れざるをえないとみて、期間・企業支援等の“条件闘争”に入っていくと見ていいのではないか。

貧困対策であり経済対策

 そして何よりも働く側にとっては最低賃金はセーフティーネットだ。
 しかし最低賃金で満足な暮らしができることは実際にはほとんどなく、これだけが収入だと最低限に近い生活の維持しかできない。
 厚生労働省の調査(ことし5月、民間委託)では、最低賃金近くで働く非正規労働者で時給が上昇した人のうち4分の3が「最低賃金が上がったから時給が上昇した」と答えた。
 同じく4分の3が「今後も最低賃金を上げるべき」。そのうち6割の人が「現在の額では生計を維持するために十分な水準でない」と思っているという。
 この数字をまず貧困対策として重く受け止める必要がある。

 もちろん、金額が十分でないために、学生や専業主婦のパート・アルバイトとか、年金では足りない高齢者といった、実際は別の収入がある人が最低賃金で働いているケースも多い。“ちょっくら働きにでも行くか”と近所の従業員募集の貼り紙を見ると、「時給〇円〜」の数字が見事なくらいに最低賃金の動きとリンクしている。
 これらの収入を補う人たちにとって賃金上昇は消費に直結する。その意味で本来は社会政策だった最低賃金問題が今や経済対策、もっと言えば景気対策にもなっている。

政治的な賭けの道筋を見極める

 最低賃金は本来雇用における労・使つまり民・民の契約への介入で、引上げたころで政府や自治体にとって直接の費用が要らない。
 しかし廃業や雇用の移動は社会政策として、最低賃金近くで働く労働者の作業効率化やイノベーションのための投資は経済政策として支援するべきだろう。これらはまさに財政支出によって担うべきものだ。

 もちろん賃金負担で経営が厳しくなる企業にも一定のモラトリアム(猶予)は必要だ。ただしそのまま維持することまで認めるべきでないだろう。
 相場どころか最低賃金も出せない企業は他人を雇う形でのビジネスとしてもう成立していないのだ。逆に言うと最低賃金で精いっぱいの業界は生産性を上げるための効率化・合理化が必要だ。間違っても政府や自治体が賃金の恒久的な支援をする事態に至ってはいけないと思う。

 経済指標が主要国に比べて見劣りする今の日本で、最低賃金の大幅引き上げそのものが政治的な賭けだ。
 国の将来をあきらめたくない有権者としては、その達成のために合理的な道筋が政策で示されているか見極める必要がある。
(テレビ朝日デジタル解説委員 北本則雄)

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